66.そこはかとない縁
「お、おい爺や、何が起きているんだ!?」
当主の言葉を無視して戦いが始まる。
キリエは暗器を手に姿勢を低くして突進する。歩法を応用しているのか、距離感がいまいち掴めない走り方だ。
家令はどこか焦りを感じさせる様子で、懐から武器を抜いて応戦する。
「おいっ!」
「……坊ちゃんはお逃げください。こやつらはルドミア卿の手先でしょう」
セナは彼が何を言っているか分からない。だって嘘を言ってるから。なので矢を射った。
今は仲間がいるので範囲攻撃は控えているが、《プレイグポイゾ》は使用している。
掠るだけで重篤な状態異常に罹る攻撃は、当たるかどうかに関わらず、するだけで相手への圧力となる。
「坊ちゃんお早く――」
「標的はお前一人だ。理由は分かるだろ」
「っ、何を言っているかさっぱりですなぁ!」
老年とは思えない身のこなしでキリエの攻撃を躱す家令だが、セナの援護によって徐々に傷を負っていく。
少年は狼狽えた様子で、それでも当主としての役目を全うするためか、護衛を呼び出した。
「……その暗殺者を捕らえよ! 早く! 爺やがやられてしまう!」
「え、当主様じゃなくて……? あいや、了解です!」
呼び出された護衛は、狙われているのが家令であることに疑問を覚えたが、命令は命令なので唯々諾々と従う。
邪魔されると面倒なので、セナはレギオンに足止めを指示した。
レギオンの影は瞬く間に広がり、部屋の出入り口を塞ぐ。窓も出入り口として使えるので当然塞いだ。
護衛たちはなんとか中に入ろうとするが、レギオンの影もまたレギオンであるので、適度に反撃することで時間を稼いでいる。
そして……決着はすぐに着いた。
「ぐぅ、ぅぅ……」
「終わりだ」
足、腹、腕、それぞれに暗器が突き刺さっている。返しが付いた、殺意の高い暗器だ。
護身術程度の技は持っていたようだが、戦いを生業とする者には遠く及ばない。
キリエは命乞いや遺言を聞くことなく、即座に彼の命を絶った。
「戻るぞ」
キリエは家令の死を確認すると、セナに見せた便箋とは別の封筒を取り出し、執務机の上に置く。
そして暗器を回収して、窓を開けるようセナに指示を出した。
二人は来たときと同様に、夜闇に乗じて脱出する。
屋敷は今頃、キリエが残した情報によって混乱していることだろう。
「……あれって何だったんですか?」
「証拠だ。然るべき所に提出すれば罰が下されるだろうが……したところで逃げられるのがオチだ」
実際、組織の設立当初はそんな問題が発生したらしい。
なので今は、万全を期すために殺害を前提として行動していると、キリエは言った。
「終わったぞ」
「分かりました。報酬はいつも通りで大丈夫ですか?」
「ああ」
“烙印狩り”の拠点に戻った二人は、マスターであるジン゠リックマンに報告をする。
報酬はすでに支払われていたようで、キリエはマスターから硬貨の入った袋を受け取った。
そして、セナにも袋は渡される。額面にすると二〇万シルバーだった。
「――セナ、少し訊きたいことがある」
帰ろうとした時、セナは声を掛けられた。相手はキリエだ。
「……あの歩法、誰に習ったものだ? 俺が知る限り、アレを教えられるのは俺以外にもういないはずだ」
「ジジさんに教わりました」
その問いにセナは嘘偽り無く答える。
神域に招かれた、そこでジジから様々な技術を叩き込まれたこと。その叩き込まれた技術の中に、彼がいう歩法も含まれていること。
「そうか。俺のと少し違っていたのは、オリジナルを学んだからか」
「そうだ、私も聞きたかったんです。キリエさんのは誰から教わったんですか?」
「……親だ。もう死んでいるがな。一族秘伝の技術だったんだが……生み出した本人から習ったのなら、言うことはない」
彼はそう言うと、拠点を去っていった。
セナは少し考えてから、彼がジジの子孫ということに気付いた。いや、もしかしたら弟子の子孫かもしれないが、ジジという人物に関係のある家系なのは確実だ。
偶然の出会いではあるものの、何かしらの縁を感じるセナ。
それから宿に帰ると、セナは運営からお知らせが届いていることに気付いた。
内容はイベント開催日時のお知らせだ。イベント内容も附記されている。
「(これは……どうなるのかな)」
メインイベントである対人戦の他に、生産プレイヤーでも楽しめるようにミニイベントも用意されているようだ。
その一つに、なんとも不敬なものが含まれているのを見て、セナは複雑な感情を覚える。
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