65.とてもブラックな新人研修

 ステータスで確認した結果、この“烙印狩り”というジョブはどうやら、相手のカルマ値に応じて効果が変動するようだ。

 相手のカルマ値が悪に偏っていればダメージが増大し、善に偏っていればダメージが低下する。

 しかし、善だとしても悪事に加担していればダメージが増える。

 そんな効果が記載されていた。


「――ところで、この組織って名称はあるんですか?」

「特に無いですね。符合と合言葉で仲間かどうかを判断しているので。……強いて言うのなら、ジョブ名でもある“烙印狩り”でしょうか」


 バーテンダー風の男――ジン゠リックマンというらしい――から合言葉や符合を教えられ、セナは忘れないようにメモをして保存した。


「キリエ、彼女を今日の仕事に連れて行ってあげてください。口頭で説明するよりも、直接見聞きした方が早いでしょう」

「分かった。狩人としての基礎と応用は出来ているらしいから、その辺の教育はしなくていいか?」

「ええ」


 それから“烙印狩り”の拠点を後にし、夕暮れ時に改めてキリエと合流する。

 セナはプレイヤーだから、街中だろうと一々装備を変えたりはしない。普段着を買おうと考えたことはあるが、変えない方が冒険者ので。


「お前、ずっとその格好なのか……?」


 キリエは変装していたようで、どこからどう見ても無害な一般人といった様相だ。

 しかし、路地裏で変装を解けば、たちまち暗殺者といった出で立ちとなる。体中に暗器を仕込み、夜の闇に紛れる黒色で全身を覆っている。


「さて、これから仕事に取りかかるわけだが……その光輪はどうにかならないのか?」

「……? あ、どうすればいい、のかな……?」

「レギオンに任せて」


 とても目立っていた光輪が、レギオンの影に覆われて見えなくなる。

 どろりとした粘性のある物体を被っている状態なので、頭が少し重たく感じる。

 いざとなればレギオンの影に潜れば解決するので、まあいいかとセナは思った。


 夜になり、二人は素早い動きで屋根の上に登ると、そのまま目標の屋敷目掛けて疾走する。

 セナは先導するように走るキリエの様子から、自分が遠く及ばない実力者だと理解した。


 彼は、どれだけ走ろうが跳ぼうが、一切の音を生じさせずにいる。

 セナもなるべく音を出さないよう心掛けているが、接地する瞬間の音はどうしても殺しきれない。

 だから、その音すらも立てずに走れるキリエを、格上だと判断した。


「――ここだ」


 立ち止まり、姿勢を低くするキリエ。セナも同じく姿勢を低くした。

 レギオンはすでに影の中に潜っているので問題無い。


「……目標は家令だ。侍女や護衛は無視していい。当主もな」


 胸元から黒い便箋を取り出し、内容を再確認したキリエが言う。


「かれい……ってなんですか?」

「……執事の中で一番偉い奴だ。当主一族より下の身分だが、秘書を兼ねている場合が多い。目標になった理由は、職権乱用だ。よくあることだな」


 渡された便箋の中身を読み、セナはとりあえずなるほどと頷いた。

 キリエに返すと、彼は再びそれを仕舞う。


「ヘマはするなよ」


 そして、キリエの姿が消える。

 ……いいや、消えてはいない。消えるように錯覚させる歩法だ。実際、セナはばっちりと目で追えている。


「(あれって、ジジさんから教えてもらった歩法……? ちょっと違うけど、すごく似てる)」


 理由は分からないが、自分と同じ技術を体得しているらしい。

 セナも歩法を使って敷地内に侵入した。


「きり……」


 キリエはすっと唇に指を当てる。喋るなということだろう。

 二人は物陰に身を隠しながら、壁に沿って音を立てずに歩く。窓から明かりが漏れているので、中にいる人たちはまだ起きているようだ。

 時刻は夜の八時、寝るにはまだ早い。


「(わっ、凄い手慣れてる)」


 裏口らしき扉の鍵を解錠し、キリエは中の様子を確認する。そして、誰もいないと判断するやいなや、素早く身を潜り込ませた。

 セナもそぉっと中に入る。


 屋敷の中はとても広く、人もたくさんいるようだが、キリエが進むルートには何故か誰もいない。

 幸運……ではなく、事前調査をしたか、内通者でもいるのだろう。


 目当ての部屋に辿り着くと、キリエは武器を抜いた。

 セナも彼に倣って武器を抜く。室内戦だが、セナは役割分担のために弓を構えた。


「――入れ」


 軽く三回ノックすると、中から若い男の声がした。

 同時に、数名が動く気配もする。


「こんな夜更けに何の用件、が――!?」


 これまでの隠密行動はなんだったのか、大胆不敵に扉を蹴破ったキリエはある人物目掛けて武器を投げつけた。

 それは、老年だが背筋がしっかりしている男だ。立ち居振る舞いから、確かに偉そうな雰囲気を感じる。


 机に向かっていた若い男……少年と形容できるほど年若い当主は、突然の出来事に狼狽えている。

 対して家令は、咄嗟に避けることで致命傷を回避した。


「お、お前たち、無礼だぞ! ここは僕の……じゃなくて私の執務室だ! 何者だ!」


 当主に問いに答える者はいない。

 この場にはいるのは逃げる者と武器を構える者……そして、烙印を押された者だけだ。

 何も分からないのは、当主だけだった。

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