64.烙印を狩る者たち
扉の先にあったのは、上と同じく酒場だった。しかし、あちらより豪奢で煌びやかな内装である。
椅子に座っている者たちも、上と比べるとかなりの実力者だろう。セナはそう感じた。
「――ここにいるのは全員訳あり、混沌陣営の信奉者だ。マスター、例の奴連れてきたぞ」
「分かりました。酒は飲みますか?」
「仕事があるのに飲めるか」
セナを連れてきた男は、隅っこの席に座った。懐から暗器らしきものを取り出して手入れを始める。
「お嬢さん、こちらの席へ。ああ、影の中にいる貴女も出てきていいですよ」
「……だってさ、レギオン」
カウンターに座ると、マスターがグラスに入った液体をセナに渡す。
毒が入っている可能性を考えたが、そもそもセナに毒物の類は効かないので、飲むことにした。
酒ではないことは匂いで判断したが、未成年なのでたとえ酒でもジュースとして判定されるだろう。
「……度胸はあるみたいですね」
「だって効かないですし」
そう告げると、バーテンダー風の格好をしているマスターは周囲に目配せをした。すると、剣呑な雰囲気を纏っていた者たちが態度を軟化させる。
値踏みをされていたのだろう。
セナを連れてきた男が小さく息を吐いたのを、耳聡く捉える。
「――へぇ、その子が新人候補?」
「ナターシャ……」
「いいじゃん値踏みは終わったんだし。入るかどうかはこの子次第っしょ」
ナターシャと呼ばれた女性がセナに絡む。
光沢の無い黒いローブで体を覆っているが、隙間から除くのは妖艶な衣装と殺意の高い暗器だ。
「……なら、説明役は任せました」
「だってさキリエ」
「俺は勧誘しただけだ」
マスターは咎めようとしたが、同性ということで任せることにした。それと、セナを連れてきた男はキリエというらしい。
ナターシャはちぇーと言いながら、セナの隣に座った。
「じゃあ、まずあたしらが何者なのか、からかな。あ、蜂蜜酒ちょーだい」
どこか呆れた様子を醸し出しながら、マスターはオーダー通り蜂蜜酒を提供する。
ナターシャはそれを舌で舐めるように嗜みながら説明を始める。
「あたしらは私腹を肥やす権力者から財を奪ったり、殺したり、或いは誰かの復讐を代行する組織だね。混沌陣営の信奉者らしく、秩序に逆らう義賊ってところ」
「……悪い人なんですか?」
「まあ、口さがなさ奴は暗殺組織だ無法者だって言うけどね。実際、そっちの噂を信じて依頼してきたクズ野郎もいたさ」
ナターシャの様子から、それを忌々しく思っていることが感じ取れる。
「世の中は綺麗じゃない。秩序に属する神々のお陰で人々は平和に暮らせているけど、壁の外に出れば危険地帯ばかり。同じ人でも格差があって、貧しい奴は追い出される。傲慢な富者は市井を見下すし、汚れたお手々は汚れたまんま……」
セナは黙って聞いている。
グラスをつまむように持ち上げて、黄金色の液体越しにナターシャは寂しそうに語る。
「あたしらはさ、とっくに堕ちて汚れた犯罪者。人を殺して財を得て、それをばらまいて循環させる。せめてもの良心として、汚れきったクズ共を狙っているけど、大義名分には程遠い……」
「……ナターシャ、酒に酔って主観ばかり語るのは悪癖だぞ」
「任せるんじゃなかったの?」
「駄目そうだから代わる」
ナターシャを無理やり退かして、キリエが実情を語り始めた。
「……俺たちの仕事は基本、殺しだ。何処の何某を殺してくれ、なんて依頼がしょっちゅう舞い込んでくる。それらを吟味して、内容を調査し、問題が無ければ依頼通りに殺しに行く。盗みはその一環だ」
彼が語るのは、脚色もごまかしも無い、現実だ。自分たちは犯罪者で、人殺しを請け負っていると。
だが、セナは彼らを悪人のようには感じない。淡々と語ってはいるものの、彼からも哀愁が漂っている気がしたからだ。
「――補足すると、これらの活動は冒険者組合から黙認されています。実際、メンバーの殆どは冒険者としての身分も持っていますしね」
マスターから補足が入る。キリエは胸元からドッグタグを取り出してセナに見せた。
それはたしかに冒険者組合のモノであり、シルバーⅠと書かれていた。
なぜ犯罪者が、犯罪歴が無いことを条件に設定されているシルバーⅠになっているのか。それはバーテンダーが言うとおり、黙認されている組織だからなのだろう。
「……あとは、そうだな。こんな俺たちでも信念はある。たとえば、俺が信仰しているのは“暗き死にして冥府の神”だ。死は誰にでも訪れる共通の終わりで、強欲な奴はそれを理解しない。苦しんで逝くのも、静かに逝くのも、壮絶な戦いの果てに逝くのも、同じ死だ。だから俺は、死を優しい隣人だと捉えている」
「私も同じ考えです」
「裏世界の住人だから、義理人情を人一倍大切にするってことよ。あ、あたしは“駆け巡る噂にして伝書の神”の信徒だから」
キリエが信仰している神を明かしたことで、ナターシャも自らが信仰している神をセナに明かした。
「わたしは“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信徒です」
「知ってる。そんな目立つ主張しておいて、違う神を信仰してるは通らないだろ。で、どうする? 俺らの組織に入るか、それとも何も無かったことにして帰るか」
セナは少し考える。これまで混沌陣営の神々を信仰している人と出会わなかったのもあるが、この組織に加入すれば冒険者組合のランクを上げれるのでは、と思ったのだ。
冒険者組合がこの組織を知った上で黙っているということは、つまり必要性を理解しているということ。
「(メリットはある。お金も貰えるだろうし)」
デメリットがあるとすれば、自分が犯罪者だという事実を認めなければならないことだろう。セナはまだ、自分はただ布教をしていただけで、指名手配は何かの間違いだと思ってる節がある。
最近、ようやく、ほんの少しではあるが、世間一般的にあれはもしかしたら、そこはかとなく、たぶん悪いことなのかな……? という考えが芽生え始めているが。
「別に、加入しないからと言って口封じに殺したりはしませんよ。口外を禁じる誓約はしてもらいますが」
「……だいじょうぶです。入ります」
「新人ゲットね。あたしが教育するから」
「悪癖をどうにかしてから言え。あと、お前の格好は刺激的すぎる」
《――ユニーククエスト:烙印狩りをAルートでクリアしました》
《――サブジョブが解放されました》
《――サブジョブとして“烙印狩り”が自動設定されます》
どうやらこのユニーククエストは、この時点でクリア判定になるようだ。
加入しなければそこで終わり、加入すれば続きが発生するタイプのクエストなのだろう。
セナは全てのプレイヤーに先んじて、サブジョブを解放した。
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