58.規則の条件

「――枯れ果てし砂塵、一切を沈ませよ」


 大嵐の中でも戦闘にも慣れ始めた時、今度はフィールドが砂漠へと変化した。しかも流砂や沼のような場所も見受けられる。

 迂闊に踏み込めば足を取られ、身動きが取れないままやられてしまうだろう。


 しかも、空気が乾燥しているのでとても暑苦しいし、海水を吸った衣服が余計に重たく感じる。


「(海から砂漠……こんな滅茶苦茶な変化を何回も出来るわけない。きっと何か、制限かルールがあるはず)」


 セナはグレーターセンチピードを呼び出し、その背に乗って高さを稼ぐと同時に流砂に呑まれる危険性を避けた。


 彼女は攻撃を続ける中、どうしてこのような滅茶苦茶なことが出来るのかと考える。


「(制限……法則…………規則? そう言えば、アナウンスは規則のシャリアって言ってたな)」


 【加護封じ】はまだ消えていないので《プレイグ》系アーツは使えないが、攻撃手段は残されているし痛打を与えることだって可能だ。

 問題は、高所を取られていること。


「(規則ってルールのことだよね。ルールを作ったり、書き換えたり……? MPは……魔法使いならたくさんあるか。それでも、こんな芸当が出来るのは神様じゃないと難しいんじゃ……)」


 そこで、セナははたと気付く。

 シャリアは“立ちはだかる困難にして試練の神”に誓いを立てたと言ったが、信仰しているとは一言も言っていないことに。

 プレイヤーもNPCも、加護は信仰している神から与えられる。

 なら、シャリアが信仰している神の名が分かれば突破口も開けるのでは……と、セナは思いついたのだ。


「(規則、ルール、たしかそんな感じの名前を持つ神様がいたはず……秩序と混沌両方に)」


 ドゥマイプシロンで神話の本を読みあさっていたので、一度は知っているはずなのだ。

 有名か無名かは関係無い。全ての神々の名が記されている本に目を通したので、見たことも聞いたこともないは有り得ない。


「(思い出せ……思い出せ! たしか、たしか……っ!)」

「――射殺せ百頭」


 シャリアの背後に無数の光輪が出現する。

 膨大な熱量によって生じる蜃気楼によって、その威力が離れた位置からでも理解できる。

 当たれば即死、掠っても即死、運が良くても致命傷は避けられない。


 従魔を一体か二体生贄にしたところで、あの光は容易く貫通するだろう。

 グレーターセンチピードの甲殻もあの熱量には耐えられない。

 ……ならば、レギオンの影に避難するしかない。


「おや……」


 どぷり……と粘ついた液体に沈む。

 レギオンの影の中もまたレギオンなので、セナは今、従魔の腹の中に避難していると言ってもいい。

 焼け石に水だと分かっているが、直前に呼び出した兎二体を含め、三体の従魔が一瞬で蒸発したのをセナはパーティー欄で確認した。


 本当に、一瞬でHPが全損したのだ。

 レギオンのHPも余波で削れていく。地表を容赦なく焼き尽くす光は、地中に潜っていようと躱しきれなかったのだ。


「隠れていても無駄よ。射殺せ」


 また光線が放たれる。


「(《視界共有》……!)」


 第六階層を突破した際のレベルアップで獲得したアーツ、《視界共有》を用いてセナは外の様子を確認する。

 レギオンの視界は酷く歪で、セナはぐわんぐわんとした感覚に襲われた。


「……まだ、出てこないのね。射殺せ」


 またもや放たれる光線。

 今度はレギオンのすぐ近くを貫通していったようで、これまでより多量のHPが削られた。

 セナはインベントリからポーションを取り出し、レギオンのHPを回復させる。


「(まだ……まだ……もう少し……)」


 レギオンが壁になっているお陰でセナのHPはさほど削れていないが、少しずつ距離が狭まっている。

 レギオンの負担がとても大きい。


 そして、遂に絶好のタイミングが訪れる。

 レギオンのすぐ近くにシャリアがいるのだ。


「――《クルーエルハント》!」

「それぐらい分かっているわよ」


 影の中から飛び出したセナは短剣を振るうが、シャリアはスッと容易く躱した。

 アゼムの刃による追撃も発生したが、そちらも躱されている。


 そして、セナの横腹に杖が突きつけられた。


「残念だけれど、試練は…………?」


 しかし、セナの切り札はまだ残っている。

 影が帯状となってシャリアを取り囲み、浮遊しようした彼女を掴んで離さない。隙間無くシャリアを覆い、密閉する。


「……この程度、どうとでも出来るわよ」


 再び光線を放とうとするが、その前にあるモノがレギオンの手によって投げ込まれた。

 それは疫病の珠である。割らずに保管させていたのだ。


 反射的に杖で弾くシャリアだが、疫病の珠は非常に割れやすい。

 込められていた疫病が拡散され、密閉した空間を病で満たす。


「これは……っ!」


 風邪などの軽い病気ではなく、つい最近解放されたばかりの重い病気だ。その中には『黒死病』も含まれている。

 シャリアは膝を突き、杖を落とした。

 するとフィールドが元の、一番最初の状態へと戻った。


「……“確かなる法則にして規則の神”や“巡る規則にして調律の神”は、秩序と混沌にそれぞれ属しています。世界の形を定めるため、片方だけに肩入れをするわけにはいかないから……らしいです。だから兄弟神である二柱は、陣営に属しながらも中立であるとされています。規則を定める神は、不変でなければならないからです」


 それは神話の一説、混沌陣営の神々が生じた後に誕生した神のことだ。

 世界を循環させるため混沌をもたらす神々と、安寧と平温をもたらす秩序の神々。

 そのどちらにも肩入れしないために、それぞれの陣営に属することで規則を定めた兄弟神である。


 そして……その兄弟神は最初にある規則を創った。

 規則を定めし神は不変であらねばならない。定める側が変わってしまっては、創られた規則の絶対性も揺らいでしまうからである。


「……だから、貴女は状態異常を、ダメージを負うとフィールドの変化を保てないんですよね? それが加護による制限だから」

「…………ええ、正解よ。よく勉強しているわね」


 顔色が悪いが、それでもセナの考えを肯定したシャリアは無理やりにでも立つ。

 杖を握りなおし、部屋の中央に突き立てると、彼女は宣言を行った。


「“立ちはだかる困難にして試練の神”よ、我、アグレイア七賢人シャリアの名を以て、試練の完遂を宣言しよう!」

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