59.アグレイアの遺産

 シャリアが宣言すると、部屋一帯に神聖な空気が流れる。

 封じられていた加護も元に戻り、病に冒されていたシャリアの体も治った。


『……是。試練の完遂を認める』


 重く、しかし優しい声色で声が響く。

 この声は“立ちはだかる困難にして試練の神”だろう。

 つまりこの戦いは、この魔塔に於ける試練は文字どおり、神によって見張られていたのだ。


「……さあ、これで正式に試練は完遂されたわ」


 杖から手を離したシャリアは、憑き物が落ちたように伸びをする。


「……どうしたんですか?」

「やぁぁっと、ほんっとに、初めての踏破者が現れたのよ? ようやく背負ってた重荷を、一部とはいえ手放せるのだもの。晴れ晴れしさすら感じるわ」


 いい笑顔でそう言うと、鼻歌交じりの様子でシャリアはお茶を淹れた。とてもいい香りがする。


「貴女も飲む?」

「えっと……」

「レギオン飲んでみたい」


 すっと立ち上がったレギオンが、マスターであるセナの意思をガン無視してたかりに行った。

 振る舞われたお茶を美味しそうに飲むため、シャリアも嬉しそうにお茶菓子を与えている。


「レギオン……」

「んむ、餌には抗えない……」


 とてもキリっと顔でレギオンは宣う。彼女がこう言うということは、よほど美味しいお茶とお茶菓子なのだろう。

 なので、セナも同伴することになった。


 味の善し悪しは分からないが、レギオンが人間体の味覚で美味しいと言うのなら、美味しいのだろうと判断する。


「――さて、試練を乗り越えた報酬なのだけれど」


 ティータイムが終わり、シャリアが本題を切り出した。

 元々はアグレイアの遺産を巡る試練だったのだ。ならば、試練を乗り越えたセナに報酬を与えなければならない。

 神の権能によって掛けられていた制約は、セナが試練を完遂させたことで解かれたのだから。


 椅子から立ち上がった二人に、残っていたお茶菓子を全て口に詰め込んだレギオンが続く。

 杖は部屋の中央に突き立てられたままだが、シャリアはそれを手に取らずに魔法を行使する。


「偽りの扉よ、開け」


 シャリアが言葉を唱えると、壁の一部がカーテンのように揺らめいた。

 彼女の先導に従って入ると、その中は宝物庫のように、様々な財宝で満たされているのが分かる。


 実用的な装備から、見栄えがいい観賞用の武器、装飾品や本も大量に蓄積されていた。


「さあ、好きなものを選びなさい。王権以外は、どれでも好きなだけ持ち出せる権利を与えたわ」


 とても信じられないことだが、そのつもりがあれば全部持ち出すことも可能らしい。

 さすがに全部だとインベントリに収まりきらないので、セナは必要そうなものや欲しいと思ったものを探すことにした。


「……オススメってありますか?」


 が、あまりにも種類が多すぎるのでセナは七賢人の知恵を借りようとする。


「オススメねぇ……私は魔法使いだから狩人の嗜好なんて知らないわよ。ただまぁ……貴女に防具は要らないわよね」


 シャリアは煙管で一服しつつ、防具類の殆どを角に退かす。

 セナの防具は“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”から与えられたモノなので、神器に近いモノである。

 それを感じ取っていたから、シャリアは防具を退けたのだ。


「あとは……矢筒かしら。それ、市販のつまらない矢筒でしょ? ……どこに置いたかしら」


 割と雑にアグレイアの遺産を退けて、シャリアは奥の方から矢筒を持ってきた。

 一つは金銀宝石の主張が激しい矢筒で、一つは金属製の重たい矢筒で、一つは革細工の矢筒だった。


「(効果は……)」


====================

『煌めく財宝の矢筒』

 所持金を消費することで矢を補充できる。矢の性能は消費したお金の価値に比例して上がる。

 MP+一〇〇〇〇

『艶めく護りの矢筒』

 盾としても使える矢筒。変形機構付きだがそのせいで耐久力が低い。

 END+五〇%

『始原魔法の矢筒』

 中に入れた矢を魔力に分解して記憶する矢筒。魔力がある限り無尽蔵に矢を生み出せる。

 INT+二〇%

 MP+二〇〇〇

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 普通の矢筒は無いのかとセナは思った。

 とはいえ、『始原魔法の矢筒』はとてもいい性能をしている。MPだけなら『煌めく財宝の矢筒』が破格だが、効果があまりにも酷い。金持ち専用装備だ。

 セナは『始原魔法の矢筒』を貰うことにする。


「……レギオンこれ欲しい」


 すると、レギオンが防具の一つを指差して呟いた。

 それは黒紫色をベースに白色がアクセントとして加えられている衣服で、手袋やブーツ、首回りにファーが付いている。

 しかも、毛皮らしい質感のコートの裏には複雑な魔法陣が刺繍されている。どう見ても優秀な装備だ。


 ……だが、見た目と性能が釣り合っていないゴミ装備なんてゲームならよくあること。

 セナはその衣服の詳細を確認する。


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『夜闇の襲撃姫セット』

 かつて名を馳せた暗殺者をモチーフに作成された衣装。市井の噂では、夜闇に紛れて城を襲撃し、そこの住人を皆殺しにしたとされている。

 その美貌から亡国の姫とも囁かれているが……


 装備スキル:【夜陰】【襲撃補正】

 DEX+三〇〇%

 AGI+三〇〇%

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 なんと装備スキル付きの防具だった。

 装備するにはレベル70が必要だが、人型の従魔は主が条件を満たしていれば装備できるため、レギオンはこれを装備する。

 とても嬉しそうに、「むふー」と自慢している。


 他にもステータスを上昇させる装飾品やMPを貯蔵しておける魔宝石アクセ、メイン武器が壊れた時用の予備、それと特殊装備品を幾つか貰った。

 レギオンはあれも欲しいこれも欲しいと言って、モンスターの剥製をたくさん要求した。


「……これでいいのかしら? まだまだ持っていってもいいのだけれど」

「…………これ以上はちょっと、持ちきれないので」


 稀少な素材類だけでインベントリが埋まる量があるので、セナのインベントリは一杯一杯だ。宝物庫にはまだまだ大量の財宝が残っている。

 飾る以外に用途が無い彫像、ただの装飾品、多種多様な武器防具に積み重なったスペルブック。


 欲しいモノは貰ったので、あとは他の挑戦者が試練を乗り越えたらその人に渡るだろう。

 セナはそう考えた。

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