56.規則のシャリア

「――質問は無いようね。ならシャリアの名の下に、最後の試練を与えましょう」


 特に何も思いつかなかったので黙っていると、シャリアは壁の代わりに流れていた映像を消した。


「何を望むのかは勝った後に訊きましょう。さあ、私が納得できるほどの実力を見せてみなさい」


 微笑み、杖に光を灯すシャリア。

 あとは彼女の言う通り、戦う必要がある。少なくとも、七賢人が納得できるだけの実力を発揮しなければ、この魔塔の攻略報酬は手に入らないのだ。


「あっ、その前にこれ装備していいですか?」

「……ええ、構わないわ。それは挑戦者である貴女が得たモノだから、文句なんて言わないわよ」


 許可をもらったのでセナは守護者の討伐報酬である装備品を身に付けていく。

 二つある指環はどちらも左手に装備した。人差し指と親指である。

 腕輪、アンクレット、耳飾りは二つで一つの装備品のようで、左右対称のデザインとなっていた。


 そして、アゼムの刃だが……これは武器ではなく特殊装備品という扱いのようで、装備すると刃のある武器で攻撃を行った際に追撃が発生する効果がある。

 他の装備品にもそれぞれ効果があり、上手く扱えるかどうかは使用者のさじ加減だろう。


 装備し終えたセナは武器を構える。

 レギオンもまた、いつでも行動に移せるよう身構えている状態だ。


《――シャリアの魔塔:最終ボス【アグレイア七賢人・規則のシャリア】が出現しました》


「さて……燃え滾る大地、溶融なれば」


 シャリアがそう呟くと杖の光が一際強く輝き、フィールドが暑苦しい溶岩の流れる地形へと変化する。

 まるで噴火中の活火山にいるような感覚であり、熱波がセナたちを襲う。


「(熱い……今までの守護者戦みたいなフィールド変化かな)」


 守護者戦でもフィールド変化は起きていた。だが、それはあくまでも環境が……様相が変化していただけであり、ここまで変化後の環境に忠実では無かった。


「避けないと焼け死ぬわよ」


 シャリアが杖を振るう。彼女はいつの間にか浮遊していた。

 すると、地面を流れていた溶岩が蛇のように鎌首をもたげ、セナたちに襲い掛かる。

 その数は一つではなく、視認出来るだけで四つだ。


「っ……(溶岩だから触るのは拙いよね)《ボムズアロー》!」


 他のアーツでは有効打にならないと判断したセナは《ボムズアロー》を使って、溶岩の蛇を内側から弾けさせようとする。

 狙い通り溶岩の蛇は爆発によって四散したが、すぐに元通りになった。


「レギオン、足止めって出来る?」

「無理、ダメ、レギオン触れない」


 レギオンでも溶岩に触れるのは無理らしく、必死に首を振って否定した。

 つまり、この溶岩の蛇をどうこうするのは無理。それを理解したセナはシャリアを狙うべく地を駆ける。


「……天地逆転」


 しかし、シャリアが言葉と共に杖を逆さにすると、文字通り天と地が逆転した。

 セナが跳んだ先は地となり、天には変わらずシャリアがいる。

 なんとか受け身を取ることに成功したが、近づくだけでも至難の業だと理解させられてしまう。


「……星空が如き天球よ、墜ちよ」


 しかも、シャリアは更に追撃をしてきた。いつの間にか空には星が煌めいており、それらが流星のように降り注ぐ。

 一つ一つが大地を粉砕し、溶岩の蛇すら消し飛ばしてセナへ襲い掛かった。


「(拙い……)ジゼルの光!」


 流星を避けるため、セナはMPを消費して装備の効果を発動させる。

 【ジゼルの耳飾り】は、彼女のような素早さを数秒間のみ与える効果があるのだ。

 セナは世界が後ろに流れていく不思議な感覚を覚える。次の瞬間には、発動地点よりかなり離れた場所に立っていた。


「……逆巻け世界、因果に抗うがごとく」


 ――だが、途端にセナの動きが封じられる。

 否、止まったのはセナだけではない。このフィールド上にあるあらゆるモノが、シャリアを除いて静止していた。

 そして、ギュルギュルと逆再生のような音と共に、先ほどの攻撃が巻き戻っていく。


 シャリアがあくどい笑みを浮かべると、流星が再び降り注ぐ。

 今度こそセナを殺すため、挑戦者の気概を叩き折るため、シャリアは容赦なく己の手札を切り続ける。


「(ジゼルの光はクールタイム中……! 連続発動はできない!)」


 そう何度も連発できてしまってはバランスブレイカーにも程がある。

 再発動に一時間も要するため、今度は装備に頼らず避けなければならない。


 幸い、流星は密集しておらず、ギリギリだが人が通れる隙間が残されている。


「(AOEの順番……一回でも間違えたら即死だね)」


 流星が疎らだろうと、攻撃が及ぶのは点ではなく範囲だ。

 連続発生する大量のAOEの順番を見極め、着弾が遅い場所へと移動し続けなければ避けきれないだろう。


「……反射神経は良いみたいですね」


 流星を躱すセナを見て、シャリアが零す。

 殺すつもりで掛かってはいるが、これは試練なのだ。乗り越えてもらわないと困る。

 彼女はそう思っているのだ。

 だから全力で手札を披露し、挑戦者がそれを上回ることを期待している。


 そして、眼下ではギリギリで流星を避けきったセナが弓を構えていた。


「《ペネトレイトシュート》!」


 素早き矢が放たれる。

 狙いはシャリアの頭か胸だろう。


「……射殺せ」


 ただ防ぐ、なんて芸の無い真似はしない。

 力を見せつけるように、シャリアは迎撃を行った。


 杖を槍のように構えた彼女は、向かってくる矢にその穂先を向ける。射殺せと彼女が言うと、杖からは真っ白なレーザーが放たれた。

 この光は言葉通り、殺すための光である。

 溶岩とは比にならない熱量を帯びた光は、いとも容易く矢を消し去った。

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