55.シャリアの試練とは
しばらく待っていると、シャリアは咳払いして今までの失態を無かったことにした。
「さて……何の話だったかしら」
「試練についてです」
「そうだったわね。どこから話すべきかしら……」
シャリアは逡巡し、何かを思いついたかのように指を鳴らすと、これまでの守護者部屋のように辺りの様相が一変する。
「……まず、私たち七賢人は、アグレイアに仕える魔法使いだったのよ。研鑽してきた魔法技術と叡智を買われて七賢人の座を用意してもらった、というほうが適切かしら。ともかく、私たちはアグレイアの為に働き、叡智を差し出したわ」
壁だった空間にはかつての情景らしい映像が流れていく。
現代文明もかくやと言わんばかりに聳え立つ摩天楼、我が物顔で空を飛ぶ飛空船に、恭しく頭を下げる七賢人たちの後ろ姿。
「生まれた技術はアグレイアに更なる発展をもたらした……。読むだけで魔法を修得できる本、意思を持つ道具、様々なものが生み出されたわ」
マクスウェルの魔法店に置いてあったスペルブックは、アグレイアが起源らしい。
セナはそういうものかと捉えていたが、このゲームはある程度のシミュレーションが行われているため、NPCが語る歴史は彼らが自分たちで作り上げたものだ。
ここまで自由度の高いAIを作った理由は、作成者であるシータと、デルタしか知らないだろう。
「けれど……栄枯盛衰、盛者必衰。大氾濫によって国土を蹂躙されたアグレイアは崩壊し、アグレイアの産物は由縁を知られぬまま各地に散ったわ。でも、それじゃあ私たちが培ってきたモノが、アグレイアが誇る技術が無駄になってしまうから、アグレイアの遺産を七人で分配したの。各々のやり方で後世に遺すために」
手元に黄金の鍵を出現させ、シャリアは愁いを帯びた表情でそう言った。
「その鍵は……」
「アグレイアの王権よ。七分の一だけれどね。これもアグレイアの遺産の一つなのよ」
なんと、王権すら遺産として分配しているという。
セナが王権について質問すると、これを集めて王権を手にした者は、アグレイアが保有していた全ての技術、全ての財宝、全ての叡智が手に入るらしい。
とはいえ、シャリアはこの王権を手放すつもりはないようだ。
「だって、今は良くても次の世代が悪用しないとは限らないでしょう?」
どうやら未来を見据えてのことらしい。
「……じゃあ、試練ってなんですか?」
「文字通りよ」
シャリアが指を鳴らすと、流れていた映像が宝物庫らしいモノへと切り替わる。
「私が保有するアグレイアの技術、叡智、財宝、これを譲渡するのに必要な儀式とも言えるわね」
深呼吸を挟み、シャリアは続ける。
「私は“立ちはだかる困難にして試練の神”に誓いを立てることで、この魔塔を創り上げたのよ。我らが叡智、我らが財宝、我らが技巧、試練を乗り越えし者に与えよう、と」
「なぜ、そんなことを……?」
「単なる暇潰しね。長命種だから人生が退屈で仕方ないのよ」
起源が分からぬ塔を作り上げ、挑戦者に試練を課しておきながら、シャリアは暇潰しだと宣った。
大義名分はあるだろうが、最初の態度から察するに、理由の半分ぐらいは彼女の性格に依るのだろうとセナは感じる。
「一応、ちゃんとした理由もあるのよ? アグレイアは優れた国だったけれど、封印した方がいい技術もたくさん生み出してしまったの。でも、ただ封印するだけじゃ勿体ないし、熱意と信念があるのなら与えてもいいんじゃないかって、七賢人全員で結論を出したのよ」
「……じゃあ、守護者たちもその試練のためにいるんですか?」
「そうね。といっても、彼らは私が再現しただけの、過去の残影に過ぎないけれど。本来の二割か三割か、その程度の力しか発揮できない案山子よ」
セナがあれだけ苦戦した守護者を案山子と呼ぶシャリア。
そう言えるだけの実力と、生み出したが故に分かるものがあるのだろう。
「……さて、試練の内容についてだけれど、最初の試練は扉、信念を持つ者しか通れないわ」
「……? わたしが通ろうとしたとき、開くのに時間が掛かりましたけど。あと、門番さんが罪人は通れないとかなんとか」
それを聞いてシャリアは笑う。
「まっさかぁ! アレに大衆が定めた法や規則を鑑みる機能は無いわよ。求めるのは信念だけ……善も悪も関係なく、心の中に信念を持っていないと入れないようにしているだけよ」
つまり、あの門番は見当違いのことを言っていたらしい。
セナはほっとした。だって自分は悪いことをしていないから。女神様のために頑張ってるだけの人が悪いはずないから。
「……それと、守護者は挑戦者の技量や信念の強さを推し量るための存在ね。実力が伴わない人に遺産をあげても無駄になっちゃうし」
曰く、アゼムたち六人の守護者はそれぞれ試すモノが違うらしい。
アゼムは基礎的な戦闘能力を、ニーチェは変化する状況への対応力を、リムリスは偽りを見抜く視野を、トゥータは気配を隠す隠密能力を、アルバートは危険に飛び込む勇気を、ジゼルは圧倒的な速度を見切る目と回避能力を。
シャリアの主観と守護者の判断によって定められたものなので、言葉通りの戦闘にはならないが、大まかにはこうなっているらしい。
それと、討伐報酬として入手した装備類は単なるご褒美のようだ。
試練の結果がどうであれ、自由に使っていいとシャリアは言う。
「さて、何か質問はあるかしら?」
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