53.アゼムの力

 AOEが発生する。範囲は、フィールド全域だ。

 空中含め、無数のAOEによって逃げ場など無いように見える。


「(躱すなら……こっちかな)」


 セナは辺りを観察した。

 猶予はほんの僅かだが、AOEの発生が同時ではないのなら、躱すことが出来る。

 幸い、床よりも空中の方が幾ばくかの余裕がありそうだ。


 降り注ぐ漆黒の光線は、床に着弾すると同時に円範囲のAOEを追加発生させ、ダメージエフェクトを残す。

 無傷で躱すのはとても難しいが、セナはそれをやってのけた。


「(ジジさんの訓練よりはまだ楽だね。それより、隙が見当たらないのが問題)」


 しかし、攻勢に転じるには、まだ何か足りない。

 一見すると大振りばかりで隙があるように見えるが、ジジ直伝の歩法を使っているのにも関わらず、アゼムはセナを認識しているように感じるのだ。

 実際、《スキア》も今の大技も、セナ目掛けて発動されている。


 再現された存在であり、どこかズレているとはいえ、相対している者の居場所を察知できぬほどの弱体化はしていないのだろう。


「(とりあえず、レギオンは復活させて出そう。他は待機させておいて……)」


 レベルを消費しての復活なので少々縮んではいるが、頭数はすぐに増やせる。

 レギオンは少し不満顔だが、分かったうえで自爆したので受けているようだ。それに、ちゃんと餌を用意すれば減った群れレギオンを補える。


『……滅せよ』


 再びAOEが発生する。

 通常攻撃のほぼ全てがアーツ並み、AOEが発生するほどの脅威だ。

 今度は放射状に、一〇本ほどの細長い範囲が表示されている。


「《ペネトレイトシュート》!」


 セナは攻撃後の隙を狙って矢を打ち込んだ。

 放たれた矢は一番装甲が薄く、防御もしづらい関節に突き刺さる。


「(……出血はしてるみたい。じゃあ)《プレイグシュート》」


 そして矢継ぎ早に次のアーツを繰り出したセナ。

 一射目の矢を引き抜く動作をしているアゼムは、体勢が崩れかけているので二射目を防げない。

 【疫病の加護】が無ければ、身を蝕まれて立つこと自体が難しくなるだろう。


「……レギオン」

『影からは逃れられぬ……《スキア》!』


 アゼムは大剣を腰だめに構え、《スキア》を放つ。

 またフィールドの四分の一がダメージエフェクトで覆われるようになった。


「――ならレギオンの影に沈むといい」


 そしてレギオンは、膨張させた影を使ってアゼムの体を掴む。

 レギオンの影もモンスターであるため、通常では有り得ない挙動も可能とする。存在しない池に引きずり込むように、その気になれば対象を生きたまま捕獲することもできるのだ。


 ただ、それはレギオンにとって大博打の手段だ。

 体内に害があると分かっている敵を取り込んでいるのだから、反撃を受ければ大ダメージを負ってしまう。


『……我が剣をこの程度で止められると思うな』


 それでもレギオンがこの手段を選んだのは、マスターであるセナがそれを望んだからだ。

 レギオンは元々人造生命体なので、命じられたりするほうが性に合っている。……不本意な相手でさえなければ。


『《スキア》……!』


 三度放たれたアーツによってレギオンの影が吹き飛ぶ。

 人間体のほうも片腕が巻き込まれ千切れている。だが、総体としてのレギオンが健在である以上、HPが尽きぬ限り斃れることは無い。


「蜈蚣さん、ぐるぐるに囲って締め付けて!」


 そして、レギオンが身を削って作りだした僅かな隙は、他の従魔によって致命的な隙となった。

 グレーターセンチピードの巨体で締め付けられれば、ステータス差があろうと振りほどくのに時間が掛かる。


「兎さん!」


 その隙にセナはホーンラビットを呼び出し、むんずと首根っこを掴んで思い切り投擲した。

 アーツを併用した投擲なので威力は高い。

 《プレイグポイゾ》と《マナエンチャント》も使用しているので、自爆させる気満々の投擲である。


「《プレイグスプレッド》!」


 更にダメ押しの《プレイグスプレッド》でダメージを稼ぐ。

 ダメージ面だけで見れば《クルーエルハント》による欠損が一番だが……わざわざ相手の得意で戦う狩人がいないように、セナも遠距離攻撃を主体にして攻めている。

 歩法が通じない以上は仕方のないことだ。


 それから一時間ほどかけて、アゼムのHPがあと僅かというところまで削られた。


『我が秘奥……耐えて見せよ』


 大剣を頭上に構えるアゼム。

 これまでとは比較にならないほど濃い黒色が大剣から発せられ、どう見ても必殺技の類だ。

 セナの《プレイグスプレッド》や従魔の自爆然り、当てれば確実に斃せるという自身を持てるほどの技。


 偽りの星空が歪み、空間が軋むほどの圧力を以て、大剣が振り下ろされる。

 それはフィールド全体への、問答無用の必中攻撃だった。暗き闇が全てを包み、アゼム以外の一切を破壊する一撃。

 残ったのは、技を繰り出したアゼムだけだった。


『……我に敗北する程度の者に、賢人と相対する資格無し。鍛えなお――』

「――《クルーエルハント》!」


 ……アゼム以外には、何も残っていないはずだった。

 影から飛び出したセナは短剣を振るい、彼の右腕を切断する。


《――【暗き闇のアゼム】との戦闘に勝利しました》

《――初討伐報酬として【アゼムの刃】が贈与されます》


 残っていたHPはこの一撃で消し飛んだ。

 アナウンスが流れ、アゼムは静かに膝を突く。


『……挑戦者よ、先に進むがいい。偉大なる賢人は、頂上にて待つ』


 最期にそう言うと、アゼムの体は砂のように崩れ落ちた。部屋の状態も元に戻り、大剣はいつの間にか床に突き立てられている。

 セナは上へと続く階段の方へ足を進め、次の階層に進む。


 どこまで続いているのか、誰が待っているのかなんて知らないが、今の戦闘だけでもかなりの経験値を獲得できた。

 とりあえず、強くなる目的は果たせそうだとセナは思う。

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