52.守護者アゼム

 階段を登った先は大きな空間であった。

 一辺が一〇〇メートルはありそうな、とてもとても広い空間だ。

 部屋の反対側には上に続く階段が配置されているので、恐らくボス級のモンスターと戦わなければならないのだろう。


「(……何もいない?)」


 辺りを見渡してもモンスターの姿は見えない。

 あるのは中央の床に突き刺さった黒い大剣だけ。それも普通の人間が扱うようなサイズだ。

 遠目から見ても業物だと分かる大剣であり、刃に沿うように金色が入っている。


「レギオン、ちょっと近づいて……」

『――ここは偉大なる賢人の塔。我らは守護者。先に進みたくば、斃していけ』


 どこからともなく声が響く。

 いや、発生源は明らかである。あの大剣だ。


「(やっぱりボス戦か)」

『我、守護者アゼムの名において、塔に挑む挑戦者に試練を与えん』


 一人でに浮かんだ大剣は、まるで何者かの手にあるように振るわれる。

 すると、周囲の様相が瞬く間に変化した。

 蒼いクリスタルの壁が消え、天井は星空に。

 床は半透明になり、登ってきた階段が消えたので退路も断たれる。


 そして、大剣の側には一人の騎士が立っていた。


《――シャリアの魔塔:第一階層守護者【暗き闇のアゼム】が出現しました》


 その身を包む甲冑は大剣と同じ黒色で彩られ、ふちには金の装飾がある。

 背丈はセナより高いが、それでも普通の人間サイズだ。


『……往くぞ』


 アゼムが大剣を振るうと、これまた真っ黒な斬撃が放たれる。

 考える猶予は与えられないらしい。


 セナとレギオンは左右に分かれ戦闘を開始する。


「《プレイグスプレッド》!」


 相手が生物なら疫病も効くはずと、セナはまず《プレイグスプレッド》を放った。

 疫病の珠を投擲し、アゼムの周囲を疫病で満たそうとする。


 しかし、これで決着が着くとは考えない。待機状態の従魔を呼び出し、全力で攻撃するように命じる。


『……消えよ』


 アゼムがそう呟くと、禍々しいオーラは彼の大剣に吸収された。


「(吸収されるとは思ってなかったけど……目眩ましにはなったよね)」


 完全に吸収されてしまったが、従魔が距離を詰める時間は作れた。

 グレーターセンチピード、ホーンラビット、ヴォーパルバニー、そしてレギオン。

 従魔たちはそれぞれの方法でアゼムを攻撃する。


『この程度では我が剣に及ばぬと知れ。《スキア》』

「っ、避けて!」


 アゼムは攻撃を受けながらも微動だにせず、大剣を構えた。

 扇状の広範囲AOEが発生したのを見て、セナはギリギリ範囲外へと逃れたが、従魔たちは避けるのが間に合わず被弾してしまう。

 炎のような黒き斬撃は従魔を切断し、範囲内の床にダメージエフェクトとして残り続ける。


 その攻撃の威力は凄まじく、被弾した従魔は一撃で斃されてしまった。

 しかも、謎の状態異常までもが付与されているではないか。


『我が剣は呪いなれば……』

「(さっきの攻撃はアーツだった。中身は下のと違ってちゃんとした人間だと思うけど……変な感じ)」


 繰り出される攻撃を冷静に躱しつつ、セナは違和感を覚えていた。

 フィールドの四分の一は《スキア》によって生じた黒い炎で覆われている。再度放たれれば動ける範囲が狭まってしまうだろう。


『来たれ闇、呪いの刃……《カースエッジ》』

「《クリティカルダガー》!」


 禍々しさを増した斬撃を、セナはアーツを使ってなんとか凌ぐ。

 最初の一撃と違って飛ぶ斬撃ではない。短剣でいなせるのはそれが理由だ。


「(……やっぱりおかしい。わたしを見ていない……?)」


 セナは戦闘の最中、その違和感を言語化させることに成功した。

 アゼムはセナのことを見ていない。まるで、どこか遠い場所の出来事をなぞっているような、機械的な所作に感じるのだ。

 だのに言葉はセナに対して向けられている。


「(見られている。狙いはわたし。でも少し、ズレてる)」


 狩人としての経験が、勘が、目の前のアゼムは本物ではないと結論づける。


「(大昔の人なのかな。それを再現して守護者にしている……?)」


 しかし、本物だろうと偽物だろうと、今が戦闘中であることは変わらない。

 セナは防戦一方で、あまりダメージを与えられていない。


「《プレイグポイゾ》《マナエンチャント》……レギオン!」

「ん、レギオン分かった」


 ギリギリ被弾を免れていたレギオンは影から飛び出し、アゼムの大剣に取り付いた。

 それから小さなレギオンらを生み出し、少しでも動きを鈍らせようとアゼムに纏わり付く。


 アゼムは鬱陶しそうにするが、なんと力任せにレギオンごと大剣を振るっている。

 同士討ちになればよし、そうでなくとも引き剥がせればよし、といったところか。


『剣刃よ……』

「いま!」


 そしてアーツを繰り出そうとしたタイミングに合わせ、セナはレギオンに自爆を命令した。

 今回は小さなレギオンらだけではなく、レギオン全体への命令だ。


 従魔の自爆はステータス依存であるため、HP以外は同じステータスを持つ大量のレギオンの自爆には、一撃必殺と言ってもいい威力がある。

 纏わり付かれたことで全方位からの浴びることになったアゼムのHPが、みるみるうちに減少していく。


 それでも、削りきるには至らない。

 アゼムのHPは七割の辺りでストップし、しかもアーツが待機状態のまま維持されている。


『……剣刃よ、在れ』


 アゼムがそう言葉にすると、大剣から斬撃が発生する。

 だがその斬撃は飛翔するでもなく、その場に留まり続け、七つほど生成されると大剣の動きに追従するように動き始めた。


『七つの闇よ、我が力となりて……』

「《ペネトレイトシュート》!」


 祈るように大剣を掲げたアゼム。

 セナはそれが大技の予備動作だと判断し、動きを止めるべく矢を射った。

 しかし、刃として残る斬撃がそれを防ぐ。


「(盾にもなるなんて……なら)《ボムズアロー》!」


 今度は爆発する矢を放つセナ。

 このアーツは他のアーツよりもMPを消費するが、着弾点から爆発が生じる特性上、何発も放てば防ぎきれない熱波がアゼムに当たるだろう。

 幸い、MP量はアクセサリーのお陰で余裕がある。


『……沈め、暗き闇へと』


 ――だが、余波程度ではアゼムの大技を止めることは出来なかった。

 浮遊する刃が巨大化し、同時にアゼムの頭上からどろりとしたモノが降りてくる。

 それは正しく、闇と形容するべき物体だ。


『《アクティナ・メラン・フェガロフォト》!』

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