43.狂信者
「――おい見てみろよ、布教活動してるぜ」
「へえ、そんな行事か……って、あれプレイヤーじゃね?」
ガンマリード、デルタリオンを越えてドゥマイプシロンに辿り着いたプレイヤーはそれなりに多い。
今しがた到達し街の探索を初めて二人組を含めて、今日になってかなりの人数が到達し始めた。
「どっかで見たことあるような……?」
「有名人か?」
「いやそうじゃなくて、ほんと、薄らとだけと見た気がするんだよな……どこだっけな」
壇上に立って布教活動をしている少女に、どこか見覚えを感じる男は顎に手を添え考え込む。
彼女は辺りを見渡し、二人組を方を向くと、分かりやすいぐらい硬直した。
「……あん? なんで固まってんだ?」
「トラウマがあるとか? だとしても覚えねぇし……」
首を傾げる男。
少女はなんとか頑張ろうとあたふたしていて、その様子に微笑ましいものすら感じるが、どこか雲行きが怪しい。
「あ、えと…………皆さん、病気になるのは嫌ですよね? でも健康体だと健康であることのありがたみが分からないですよね? と言うことなので病気になりましょう! 大丈夫! 災い転じて福となると言いますし、良薬口に苦しとも言いますから! ――《プレイグスプレッド》っ!」
……そして、謎の禍々しいオーラが放たれる。
それは瞬く間に広間を呑み込み、人々を呑み込み、周囲一帯を阿鼻叫喚の様相で満たした。
「なんだこれ……っ!?」
「じょ、状態異常だとっ!?」
二人組のプレイヤーも例外ではなく、尋常ならざる量の状態異常を受け動揺する。しかも既存の状態異常ではなく病名ばかり。
風邪、水虫、蕁麻疹、外耳炎など、一つ一つは死に至るような重大な疾患ではない。
だがそんな病気を、同時に一〇以上も受ければ動揺するし、不調もきたす。
ばたばたと人が倒れ、倒れた人を足蹴にしてまで逃げようとする者が続出する。
プレイヤーも例外ではなく、彼らもまた倒れ、足蹴にされる。
「ぁ、おぢ、おちっ……ぅぐ」
喋る暇すらない。もはや暴動の域にまで達しているからだ。
我先に逃げようとする人々によって、倒れたり戸惑っている人が暴行を受ける。
暴行を受ければ怪我をし、《プレイグスプレッド》の影響で怪我はすぐさま破傷風となった。
「っ、我が神よ、弱き者らを護りたまえ! 《エクステンド・フォートレス》!」
「癒しの聖域で満たせ! 《サンクチュアリ》!」
秩序陣営の神を奉じる神官らは、加護の力を用いてこの騒動を収めようとする。
だがしかし、布教活動をしていた者たちは総じて格が低い――歴史が浅い神の信徒だ。創世時代、生と死の流転が始まりし時より存在する太古の神格には到底及ばない。
一時的に騒動を押しとどめるだけで、解決することは出来なかったのだ。
「(だ、だいじょうぶ……だよね? うん、だいじょうぶ、ぜんぜん軽い病気だから大丈夫のはず……)」
そして、セナはそそくさと現場から遁走していた。
ばらまいた疫病は、リアルの彼女と比べれば些細なもの。薬を飲んで安静にすれば治る、本当に些細なものばかりだ。
その場に残らないのは、《プレイグスプレッド》を維持する必要が無ければ、病を治療する技能も無いからだ。
ポーションのレシピは覚えたが、作っていないし素材も無いので、やはり何も出来ない。
それに、広間の端で見覚えのある人形が手招きしていた。
自然完治すれば健康体のありがたみを知って、【疫病の加護】をもらえる“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”を信仰するようになるだろう。
セナは頭の中でそう考え、路地裏を駆けていく。
だがしかし、彼女は失念している。
この世界は現代ほど文明が発達していないことを。
一〇世紀以上も古い文明をベースにした世界に、特効薬なんて便利なものは無いことを。
医術の神はいるが、その力は外科的な治療に傾いているので、薬の神に頼らなければならない。
けれど、薬の神の力はポーションにばかり作用する。もっと直接的な、疫病を治す特効薬に力を及ぼせる神は少ないのだ。
「(これはいったい……疫病? フレーバーだと思っていたが、ふむ……少なくとも通常の耐性装備は意味を為さないか)」
広場の片隅、建物に背を預けて荒く呼吸するプレイヤーがいる。
彼は検証班の一人であり、仲間に先んじてドゥマイプシロンに到達し情報を集めていた。
「(さきほどの布教……演説から察するに、“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の加護に関連したアーツを持っているのだろう。加護そのものは病への耐性らしいが……応用したか、それとも専用ジョブに就いているのか。後者なら、疫病を振りまく力にも納得がいく)」
無数の病に冒された体で掲示板を開く。
タイピングはしないし、そもそもこの状態では出来ない。思考入力だ。
「(今の考察は投げておくとして……あの少女はどこに? これだけの騒動を起こしたのだから賞金首になってもおかしくないが、それを察して逃げたか? いや、理性的にその考えができるなら、こんなリスクだらけの行動はしないだろう。プレイヤーも巻き込んでいるから、レッドネームになるのも分かるはずだからな)」
レッドネームはPKのことである。
PKをしたプレイヤーの名前は真っ赤に染まり、他のプレイヤーに斃されるまで戻らない。
そして、賞金首になれば斃すだけで大量のシルバーが入手できるので、プレイヤーNPC問わず命を狙われることになる。
指名手配まで受ければもう終わりだ。斃されたら監獄と呼ばれる隔離フィールドに飛ばされ、罪に応じた期間をそこで過ごさなければならない。
「(ルールとして明示されている以上、それは承知のはずだ。なら、そうなるとは思っていない? 誰も殺すつもりがなく、PKの意思もない? ――そういえば、イベントの時に噂になっていたな。従魔を自爆させる鬼畜プレイヤーがいたと。てっきりレッドネームになっていると思っていたが、もしそうなら……ああ、確認を取らないと)」
溜息をつき、男は禍々しいオーラで遮られた空を見上げる。
「(もし考察が正しければ……狂信者としか言いようがない、な)」
自分の考察を鼻で笑い、男は項垂れる。
やがて出血と破傷風の二重の状態異常によってHPが全損した彼は、そのままデスペナルティとなった。
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