42.布教(テロ)活動

 それから数時間が経過し、魔宝石の腕輪の希望金額が更新されていたので再び書き込んだセナ。

 無事二〇七万八五〇〇シルバーで落札できたので、早速装備してみる。


「(えっとMPを貯めるには……こうかな)」


 意識してみると魔宝石が仄かに色づき、毒々しい色に染まる。

 セナのMPが徐々に消費され、その下に追加されたMPバーがその分だけ埋まる。

 割合からざっと、現在のセナの二〇倍近く貯められそうだ。


「(おお……これはいい買い物だったかも!)」

「マスター嬉しい?」

「うん、凄くいいモノが手に入ったから。わたしのMPってそこまで多くないから、疫病自爆コンボを無制限に使えないんだよね」


 疫病自爆コンボとは読んで字のごとく、《プレイグポイゾ》《マナエンチャント》《自爆命令》のコンボのことである。

 これらに加え、《プレイグスプレッド》というアーツもMPを消費する。

 物理系アーツより魔力系アーツの方が消費が重いのは当然のことだ。


「(今まではMP管理が必須だったけど、これで少しは緩和できたかな)」


 セナのステータスは物理に偏重しているため、MPはキャスター系よりかなり少ない。それこそ、通常のテイマーと比べても低い部類だろう。

 それを補う手段が得られたので、これまで以上に《プレイグ》系アーツを使用できる。


「(あとは、信仰だよね。自分の強化はできる限りやったし……布教はどうやればいいのかな)」


 しかし、肝心の問題は解決していない。

 どうすれば“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”を信仰してもらえるようになるのか、その案は浮かばない。


 そうこうしているうちに夜が更けたので一旦就寝し、セナは翌日に自分に丸投げすることにした。

 ログアウトの必要がないため、ゲーム内で宿を取って眠れば翌日だ。


 そして翌日。

 寝て起きても妙案は浮かばず、どうしようかと街中を散策していたが、広間の方で人だかりが出来ていることに気付く。

 セナは広場の方へ向かい、近くの人に何が起きているのか訊くことにした。


「あの、これって何の集まりなんですか?」

「嬢ちゃん知らねぇのかい? あれは布教活動だよ。この街は色んな国の奴らが訪れるから、定期的に奇跡をかけてくださるんだ。噂じゃあ、遠い遠い大陸に信仰そのものが無い国もあるらしいからな」


 それを聞いてセナはピンときた。

 そうだ、わたしも布教活動をしよう。そう思ったのだ。


「――さあ皆さん、これが“静かなる聖域にして守護の神”より賜った加護の一端です!」


 壇上では一人の神官がパフォーマンスをしている。勢いよく突き込まれた槍が、淡い光を放つ透明な壁に遮られていた。

 どよめいているのは遠い遠い大陸の出身なのだろうか。


「信仰は自由なもの。するしないも自由です。しかし、神々は我々に加護を与えてくださるのですから、一度教会に赴き洗礼を受けることをお勧めします」


 優雅に礼をした神官は壇上を降り、少し遅れて拍手が送られる。


 セナはその神官の下へ駆け寄り、自分も布教活動をしたいと伝えると、「順番があるからあの人たちの後ろに並んでね」と優しく言われた。

 五人程度だったので、すぐに順番が来るだろう。


 他の人の布教を聞きつつ、セナは頭の中で何を話すべきかイメージする。

 とにかく女神様の信徒を増やしたいので、いいイメージを持ってもらえるようにしたいのだ。


「――ご静聴ありがとうございます」


 いつの間にか五人の布教活動は終わっていた。次はセナの番である。

 深呼吸をして、壇上へと上がる。

 思っていたよりたくさん集まっていることに緊張するが、もう一度深呼吸して気持ちを落ち着かせたセナは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「初めまして、わたしは“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信徒です。……わたしは生まれつき病弱でした。延命治療を受けなければ明日生きれるか分からぬ身です。ですが、女神様は私に加護を――病気になりにくい健康な体をくれました」


 初っ端から重たい話が飛び出てきたので動揺する人々だが、セナは語るのを止めない。


「加護は偉大で、起き上がることも出来ないわたしでも走ったり、たくさん遊べるんです。でも、女神様の信徒はとても少なくて、だから、“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”を皆さんにも信仰して欲しくて今ここにいます」


 ほんの数名だが、頷く者が出始める。

 セナは壇上から辺りを見渡し、この調子なら信徒を増やせるかと思ったその時……。


「(――えっ、人? なんで今ここに……!?)」


 プレイヤーの証であるマーカーが見えてしまった。

 自分を見ている。見られている。そのことに気付いて硬直したセナは、それでも頑張って布教を続けようとする。

 しかし、上手く言葉が出ない。


 頭が混乱し、何をすればいいか分からなくて、それでもなんとかこの布教だけは終わらせようと必死に声を張る。

 心なしか、お目々がぐるぐるしている。


「あ、えと…………皆さん、病気になるのは嫌ですよね? でも健康体だと健康であることのありがたみが分からないですよね? と言うことなので病気になりましょう! 大丈夫! 災い転じて福となると言いますし、良薬口に苦しとも言いますから! ――《プレイグスプレッド》っ!」


 ――そして、壇上から疫病が振りまかれた。

 集まっていた人々は『こいつは何を言っているんだ?』と感じていたが、セナがアーツを使ったことで動揺し始める。

 やがて疫病に感染し、症状が出始めることで、彼らはようやく何が起きたのかを理解した。


 このアーツで発生した疫病は禍々しいオーラとして視認できる。しかし、疫病の発生源である《プレイグスプレッド》にセナはかなりのMPを注ぎ込んだため、オーラは瞬く間に辺り一帯を呑み込んだ。

 逃げる暇が無いほど、一瞬で疫病が蔓延する……。

 ドゥマイプシロンの中央広場は、立ち入れば疫病に冒される危険地帯と化したのだ。

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