40.マクスウェルの魔法店
「調合のレシピが欲しくて来たんですけど、置いてますか?」
『ほう珍しいナ! 汎用ポーションの作り方ならそこいらの店でも取り扱ってるだろうニ。わざわざオレの店に来て求めるのがそれカ』
くるくる回りながらマクスウェルは言う。
『もちろん置いてるサ。その棚の一番下にナ』
言われたとおり棚の下を確認すると、『調合のレシピ本』が初級から上級まで三冊置かれていた。
『一冊四万シルバー、三冊纏め買いで一〇万シルバー! 魔女謹製のレシピ本がお買い得だゼ?』
手に取り確認すると、後ろ側に著者名として魔女の文字が確認できる。掠れていたので何の魔女かは分からないが。
セナは一〇万シルバーを支払い、レシピ本を三冊入手した。
『さあテ、他に何か買っていくかイ? 狩人向けの道具も幾つか取り扱ってるゼ。魔法のトラバサミなんかどうヨ』
「(そう言えば罠は持ってなかったな)」
自分が罠と呼べる道具を所持していないことに気付いたセナは、勧められるがままに商品を眺めていく。
設置すると透明になって設置者以外には見えなくなる魔法のトラバサミ。
獲物が掛かると自動で巻き上がる魔法の縄。
魔法店を自称するだけあって、どれもこれも魔法アイテムだ。
「……普通のは無いんですか?」
『面白くねぇからナ』
ケラケラと笑いこけるマクスウェルだが、面白いかどうかで品揃えを決めているというのか。
セナは掘り出し物があること以外は良い店じゃないなと思った。
『――まア、面白さで言ったらお前さんの従魔が一番面白いがナ』
笑うのを止めたマクスウェルがそう言うと、帰ろうとしていたセナの足が止まる。
「何か、知っているんですか?」
『ああ知ってるサ。生命教団が作ったんだロ? オレの論文盗み出してこの大陸まで逃げ延びた割にァ、つまんねぇ幕引きだったナ。傑作だゼ』
「……じゃあ、あなたもなんとか神の信徒なんですぁ?」
『なわけねぇだロ。オレがあんなつまらん神を信仰すると思うカ?』
さすがにあれらと同列は腹が立つらしい。マクスウェルは怒気が滲む声でそう言った。
『オレが信仰するのはただ一柱のミ! “遍く全ての叡智にして魔導の神”サ!』
「……誰?」
『おまッ、知らないとかマジかヨ!?』
自信満々に信仰先を言われても、セナはきょとんと聞き返すだけだ。
マクスウェルは、魔法の祖とも呼ばれる神の呼び名すら知らない彼女に驚き、知っていて当然の知識すらないことに更に驚愕した。
『待て待て待テ、お前まさカ、自分が信仰する神以外どうでもいいとか思ってないよナ!?』
「えっと、はい。あ、“暗き死にして冥府の神”は覚えてますよ。私が信仰する女神様より偉い神様ですもんね」
『偉い神様つったラ、普通はルミナストリアの名で知られる“世界を繋げし無限にして創世の神”なんだヨ……』
長々と溜息をついたマクスウェルは、セナの頭に飛び乗ると大声で叫ぶ。
『神々の中にも派閥と序列があリ! 信仰の度合いによって優劣が決まるんだヨ! 同じ権能を持っている神なら尚更ナ!』
「それが、どうしたんですか?」
『お前は“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信徒なんだロ!? その神が
“苦しみ除く薬膳にして滋養の神”に負けて嘲笑われてもいいってのカ!?』
なんで自分の信仰先が知られているかはともかく、「それは嫌だ!」と忌避感を感じたセナはようやく、知らないことがなぜ拙いのか考え始める。
『いいか良く聞ケ。お前が知らないってことハ、それ即ち相手の信仰を削れないってことダ。だのに相手はお前の神様の信仰を削り続けるんダ。事実として明確化されているわけじゃあないガ、絶対的な信仰には他の神の力を殺ぐ効果があると言われていル。つまりお前ハ、自分の神様が他者の信仰で弱っているのに無視してたってことになるんだヨ』
衝撃を受けて固まるセナ。数秒の後、わなわなと震え始めると、膝を突いて項垂れた。
この親切な人が教えてくれなければ、自分はこれからも女神様が弱っていることが分からずにいたのでは……。
そして、知っていたら、これまでの信仰ももっと高めることが出来ていたのではないか。
後悔に苛まれ、セナは落ち込んでいる。
『ほらほラ、まだ取り返しが付かないわけじゃねぇんダ。これからの信仰で取り戻していきナ』
「っ……――ありがとうございます!」
まだ取り戻せる。そう言われて希望をもったセナはガバッと立ち上がり、勢いで転がり落ちたマクスウェルに頭を下げた。
「でも、なんでこんな親切に?」
『そりゃア、同じ陣営だからナ。今じゃ当たり前のように使われちゃいるガ、元来、魔法とは世を乱す理だったんだゼ? 太古の時代じゃ疫病や死なんかと同じぐらい忌避されるぐらいにナ』
初耳である。そもそも神話なぞ聞き流していたが、辛うじて覚えている部分ではそんな話は無かったはずである。
『――詳しいことが知りたいなら魔大陸に来ナ。同陣営の
そう言うとマクスウェルは――人形はぱたりと動かなくなった。もうこの場にマクスウェルはいないのだろう。
セナは店を離れ、女神様のために自分が出来ることを考える。
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