39.港街ドゥマイプシロン
「レギオンとても小さい」
戦いが終わって、度重なる自爆によってとても小さくなったレギオンは、頬を膨らませて不満であることを表現している。
ドロップ品は完全遺骸ではないが、タイラント・バルボラタートルの肉がトン単位で幾つもある。
それを与えるとレギオンはすくすくと元の大きさまで成長した。下がりかけていた好感度も上昇してプラスになっている。
これまで空腹は携帯糧食で済ませてきたセナだったが、亀の肉が食糧素材と判定されていたため、どんな味がするのか気になった。
それと、ボス級の単独討伐だからか、他にもドロップ品がある。ただ、そちらはセナにとって不必要なモノなので、適当なタイミングで売ることにした。
「これが海かぁ……他のゲームでも見たことはあるけど、ここまで凄いのは初めてかな」
これまで色々なゲームをプレイしてきたセナだが、ここまで精巧な海を見たのは初めてだ。本物の海なぞ見たこともないが、潮の香りやべたつく風、寄せては返す波の感触も細かく感じる。
色が付いただけの水にテキトーなグラフィックを貼っ付けた雑なゲームとは、比べることすら烏滸がましいほど。
足下の貝殻を拾うと、当然アイテムとして入手できる。
単なる世界観の演出かもしれないが、こういった細かい要素があるお陰でセナは思う存分楽しめるのだ。
バルボラ山の方に目を向ければ、海岸はだんだんと崖になり、大きな入り江も見える。
隠しダンジョンでもありそうな場所だが、今は調合のレシピのためドゥマイプシロンに向かうのが先決だ。
ドゥマイプシロンに到達したセナだが、門にはあまり人が並んでいない。
それもそのはず。つい先ほどまでタイラント・バルボラタートルが街道を塞いでいて、人が往来できる状況ではなかったのだから。
デルタリオンの方角から来たセナに門番は
「君、旅人か? 神官のようにも見えるが」
「はい。“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信仰しています。これは色々あって授かった装備です」
「おお、神からの授かり物とは珍しい……!」
門番は尊敬のような驚きを顕わにした。
「となると、敬虔な信徒なのだろうな。いや、俺はあまり信心深くないのだが、目の前にすると羨ましいものだ」
「あ、そうだ。門番さんってこの街のこと詳しいですか?」
「住んでいるからな。何か知りたいのか?」
「調合のレシピが欲しいので取り扱っている店に行きたいんですけど」
セナがそう伝えると、門番は顎に手をやり考え込む。彼は何かを思い出すように数秒唸ると、ああ、と声を発した。
それから門番は、マクスウェルの魔法店なら置いてあるだろうと言う。
他にあるとしたら貿易を行っている市場だが、そちらは競りが前提のため高額になりやすいと伝えられた。
セナは言われたとおりマクスウェルの魔法店を探してドゥマイプシロンを練り歩く。
と言っても、屋台で買い食いしつつ聞き込めばすぐ分かった。
少し入り組んだ裏路地を進み、行き当たりに看板が掛けられた扉がある。そこがマクスウェルの魔法店だ。
セナはその扉を開けて入店する。
「……あれ?」
しかし、なぜか店内は無人で商品だけが陳列されている。
棚の一つ一つが綺麗に掃除されているので、放置されているとは思えない。
セナは不思議に思い声をかけたが、なんの反応も返ってこないためやはり無人なのだろう。
セナは改めて店内を観察する。
木造の棚には商品が多種多様な商品が並んでいる。大抵は瓶詰めされたナニカで、ただの液体だったり、ホルマリン漬けのようなものもある。
カウンターの近くには人形が並べられていた。
この人形も商品らしく、値段が書かれたプレートが置かれている。その額なんと一〇〇万シルバー。
三〇センチ程度の人形にこれだけ法外な値が付いていると言うことは、さぞかし貴重な品なのだろう。
そして、カウンターの隣には小さな棚がひっそり置かれていた。そこには革表紙の本が並べられており、値札も付けられている。
本の一つを注視すると、『炎属性のスペルブック』と画面が表示された。
『――興味があるのかナ?』
「わっ……!?」
すると、無人のはずの店内から声をかけられびっくりするセナ。
振り返っても人の姿はなく、声の主は見当たらない。
『ここだよここ、こっちダ。カウンターだヨ』
言われるがままセナはカウンターに視線を向ける。
そこにはやはり人の姿はなく……代わりに人形の姿があった。フリフリとした衣装を着せられた、少女のような人形だ。
『驚いたカ? オレの名はマクスウェル。この店の店主サ』
「……人形ですよね?」
『この体はナ。ちいとばかし複雑な事情があるからヨ、オレ本人は来られねぇのサ』
驚くべきことに、その人形はぴょんっと立ち上がると、軽快な動きでセナに礼をする。
『つーわけデ、マクスウェルの魔法店へようこソ。ご入り用の品は見つかったかナ?』
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