38.疫病の珠

 タイラント・バルボラタートルの攻撃方法は多岐に渡る。

 炎のブレスによる広範囲攻撃。足を思い切り踏みつけるストンプ。尻尾での薙ぎ払い。頭の近くだと噛み付き攻撃もしてくる。


 そして……――


「あつ……」


 大亀の甲殻が赤く染まり、空気が歪むほどの熱を放つ。スチームが小さな突起から噴き出し、辺りの温度が上昇する。

 そして、タイラント・バルボラタートルを中心に広範囲のAOEが発生した。逃げられる場所は無い。範囲内で躱せと言うことだろう。


 数秒の溜めののち、炎の塊が噴火のように幾つも噴出する。

 空に向かって放たれた炎の塊は、やがて自然落下し、爆炎を撒き散らしながら大地に激突した。


 セナは被弾しつつもなんとか生き延びる。

 従魔は壊滅していて、残っているのはレギオンだけだ。そのレギオンも、HPがだいぶ削られている。


 大亀のHPはまだまだ残っているため、セナは従魔を復活させ自爆特攻をさせる。


「(HPは……これだけやってまだ五割……)」


 戦闘開始からかれこれ三〇分。

 切れる手札はあらかた開示し、消耗戦の様相を見せつつある。


 セナ自身のHPはポーションで回復できるし、従魔も復活は出来る。なので、時間さえかければ討伐することは可能だろう。


 問題は、地形だ。

 大亀がAOE攻撃をするたびに地形が変化する。それは歓迎できることではない。


「できれば一部位ぐらいは欠損させたいけど……!」


 ここはダンジョンではないが、眼前の獲物は間違いなくボスモンスター級だ。

 HPを削れば削るほど行動パターンが増えるのである。


 セナは従魔を復活させ、再び自爆攻撃を命じた。

 これで合計三〇回目の復活である。従魔のレベルが消費されていくため、あまり何度も強制復活させていると、自爆攻撃の効率が下がってしまう。


「っ、また……!」


 再びAOEが表示される。今度は細い線が幾つも、曲線を描きながら伸びている。

 タイラント・バルボラタートルは地面を砕き、石礫をセナの方向へ飛ばしてきた。

 飛散する石礫はそこまで脅威ではないが、その間に溜め攻撃の準備をしているため、次の範囲を予測して行動しなければならない。


「(ブレスは足下が安置!)《キャスリング》! 《クルーエルハント》!」


 ホーンラビットを犠牲に大亀の足下に滑り込んだセナは、喉元に向かって《クルーエルハント》を繰り出した。

 足下に潜り込めばブレスは回避できると判断し、ついでに喉を傷つけられるとどうなるのか。

 結果は一目瞭然で、大量の出血とともに炎が傷口から漏れ出した。


 タイラント・バルボラタートルは苦しそうにもがく。溢れ出した炎が傷口を焼いている。

 しかし、HPの減少はそこそこ止まりだ。


「さすがに自滅はしてくれないか……」


 連続で放たれるストンプを躱し、セナは愚痴る。


「弱点が分かればやりやすいんだけどっ!」


 恐らく物理耐性が高いのだろう。セナのステータスは装備のお陰で高いというのに、《クルーエルハント》でさえ大ダメージとは言えない。


「《プレイグスプレッド》!」


 なので、まだ一度も使っていない手札を切った。

 検証すら済んでいないのでどのようになるか、セナにすら分からない。そもそも、人間が疾患するような病気が亀に通じるのか、それさえも不明だ。


 《プレイグスプレッド》を使用すると、まず左右どちらかの手に禍々しい珠が形成される。

 その珠は紫紺と深緑を綯い交ぜにした色合いで、片手で簡単に割れるほど脆い。これを握りつぶすと禍々しいオーラが勢いよく拡散するので、腕を振るうことで広範囲に疫病を蔓延させることが出来る。


「(えっと……ぶん投げればいいのかな)」 


 だが、セナは使い方が分からなかった。今初めて使用したのだから。

 なので、セナは形成された疫病の珠を大亀の頭目掛けて投擲した。


「……よしっ!」


 疫病の珠が割れ、禍々しいオーラがタイラント・バルボラタートルの頭部を覆う。

 すると、途端に大亀の動きが精細を欠き、前のめりに倒れた。


 セナは甲殻の上に飛び乗り、傷を与えつつ頭部を目指して走る。《クリティカルダガー》や《クルーエルハント》で甲殻の隙間を的確に抉りながらの疾走だ。

 首に差し掛かると短剣を突き刺し、滑りながら大きな斬り傷を与える。


 そして大亀の目の間近に到達したセナは、超至近距離から《ペネトレイトシュート》を放つ。


「(HPは……あと一割!)動けない内に中に入って!」


 怒濤の連撃の末に大亀のHPをあと僅かにまで追い込んだセナは、従魔に口の中に侵入するように命じた。


 グレーターセンチピードがその巨体を活かして隙間を作ると、ホーンラビットとヴォーパルバニーがその隙間から大亀の口腔に侵入する。

 レギオンも小さなレギオンらを作りだして侵入させた。


「《プレイグポイゾ》《プレイグポイゾ》《プレイグポイゾ》《プレイグポイゾ》……」


 大亀の口腔内は従魔たちが入ってもまだまだ広い。与えた疫病による状態異常もまだ切れる様子が無い。

 セナは《プレイグポイゾ》を自身のMPに重ねがけし、大亀が身じろぎをすると《マナエンチャント》で従魔たちにMPを譲渡する。


 アーツ化した《マナエンチャント》はパーティー全体を対象にできるため、一度の使用で従魔たちを疫病劇毒爆弾にすることが可能だ。

 そして……従魔が状態異常に冒されたと同時にセナは飛び降り、自爆するように命令を下した。


「うひゃぁ!?」


 大亀の口腔内で起きた爆発は予想以上に威力があり、セナは爆発の余波で吹き飛ばされる。

 なんとか受け身を取ったことでHP全損は免れた。

 振り返ると、タイラント・バルボラタートルの頭部は悲惨なことになっており、どう見ても生きているとは思えない惨状だ。


 やがてその巨体はポリゴンに分解され、ドロップ品がインベントリ内に収まる。

 セナの――過程や方法を無視すれば――見事な大勝利であった。

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