37.タイラント・バルボラタートル

 トレイン狩りをしながら街道沿いに進むセナ。

 疎らに木々が生えている丘陵に差し掛かり、丘の上に登ると左側に海が見えてくる。

 遠くからでも太陽光を反射して輝く海に、セナは足を止めると感嘆の息を漏らす。本物なんて見たことないが、それでもあの海は美しいと感じたのだ。


 それから丘陵を越えたセナは、強大なモンスターが居座っているとされているフィールド近くへ辿り着く。

 そこは草原でありながら地面が隆起しており、荒れた印象を受ける。


 陥没した場所もあれば、岩々が露出して丘のようになっている箇所も見受けられる。


「モンスターってあれかぁ……」


 セナの視線の先には、そんなフィールドの中央に堂々と居座っている怪物の姿がある。


 強靭な四肢を持ち、狼とは比べものにならない鋭い顎を持ち、岩のように頑丈な甲殻を持つ。

 甲殻には赤熱したマグマのような線が走っており、規則的な図形を描いている。


 なにより頭上には、タイラント・バルボラタートルと表示されていた。

 そう、亀である。


「(バルボラって、バルボラ山のバルボラ? デルタリオンの西にあるやつだよね。どうしてここにいるんだろう)」


 訪れてはいないが、デルタリオンの西にそうのような名前の山があることを知っているため、あの巨大な亀の元々の生息地はすぐに分かった。

 山を下りた原因はあの巨体だろうか。しかし、元々大きな亀であった可能性もあるので、セナには考察しても分からなかった。


「(次の街に行くためにも斃さない選択肢はないし、邪魔が入らないうちに斃そうか)……行くよ」


 うつ伏せの姿勢から立ち上がり、斜面を駆け下りるセナ。

 障害物に身を隠しながら接近し、あと一〇〇メートルというところで大亀が動き始める。


 タイラント・バルボラタートルはその大きな頭を動かし、地面に突っ込んだ。

 そして顎を閉じると、地中にいたモンスターを岩ごと捕食する。


 地面がところどころ陥没していた理由を察したセナは、息を潜めてタイミングを待つ。


「(せめて初撃ぐらいは不意打ちしたいから、あっちを向いたら足の根元を狙おう)」


 そうして待っていると好機が訪れる。

 セナとは反対方向を向いたタイラント・バルボラタートルは、暢気に欠伸をして足を伸ばし始めたのだ。


 その隙を狙って甲殻と筋肉の隙間にアーツを放つセナ。

 放たれた矢は狙い通りに突き刺さったが、大したダメージにはならなかったらしく、大亀はのっそりとした動きで振り返る。


 その目には怒りが浮かんでいるようにも見えるが、さすがに亀の心情までは察せられない。

 セナは従魔を特攻させつつ自身も肉薄することを選んだ。


「《ペネトレイトシュート》! あと自爆!」


 従魔の自爆は硬いゴーレムすら粉砕する威力がある。

 素早い動きで甲殻の上に着地したホーンラビットの自爆によって、大亀自慢の甲羅が欠けた。


「(口を開けた……?)」


 タイラント・バルボラタートルはその顎を開き、空気を吸い込む。

 そして顎を一度閉じると、喉が外からでも分かるほど真っ赤に染まり、扇状のAOEが広範囲に表示された。


 逃げようにも範囲外は遠いため、セナは近くの岩陰に滑り込んだ。

 そのすぐ後に炎の奔流が地面を焼き、草原は瞬く間に焼け野原となる。


「……一撃って」


 グレーターセンチピードがその一撃で蒸発している。

 レギオンを除けばHPが一番多い蜈蚣が数秒で全損したのを確認したセナは、自分じゃとても耐えられないと結論づけた。


「(今のブレスは溜め攻撃だろうから、すぐにはこないはず。ただ、他にも同じくらいヤバい攻撃があることは想定しておかないと)」


 高レベルのモンスターの手札が一つだけとは考えられないため、セナは警戒しつつ再び岩陰から飛び出した。


「(とにかく近づかないと。この戦い、弓は牽制にしか使えない)」


 せっかく作ったメイン武器だが、相性が悪いので仕方ない。


「レギオン、攪乱しつつ自爆で視界を塞いで!」

「うん、レギオン了解」


 同じく岩陰に隠れてブレスをやり過ごしたレギオンが、セナ同様大亀に向かって走りながらその影を大きく広げる。

 影からは幾つもの触手が生え、切り離されると小さな人影となった。


「わー」

「くたばれー」

「やれー」

「ぶちのめせー」

「やっちまえー」


 ソレは愛らしいマスコット人形のような様相で、各々気の抜ける掛け声を発しながら突撃していく。

 小さなレギオンらのHPは割譲された分しかないが、どれもレギオンであることは変わらないためステータスも同じである。


 小さなレギオンらは大亀に取り付き、振り落とされながらも懸命によじ登っていく。

 そして、頭や関節など効果がありそうな場所に辿り着くと各々自爆した。


 とても鬼畜で外道な行為だが、レギオンは小さくなったことを少し悲しく思うだけである。

 ホーンラビットとヴォーパルバニーはドン引きしていた。


「――《クルーエルハント》!」


 対象があまりにも大きいため治りにくい切り傷しか与えられないが、出血させることは出来る。

 後ろ脚を念入りに斬り、出来た傷には矢を何本も射ってダメージを稼ぐセナ。


 すると、足の一つが持ち上がり、地面に円範囲のAOEが表示される。

 ストンプ、と呼ばれる攻撃だ。


 続けて空中に帯状のAOEが表示され、尻尾が勢いよく薙ぎ払われる。


「(攻撃が激しくなってきた……けど、HPはまだ七割もある)」


 表示されているHPバーにはまだまだ余裕があり、斃すまで時間が掛かることは明白だ。


「《クリティカルダガー》! 《投擲》!」


 傷口にアーツを放ち、かなりいい手応えを感じても、HPバーの減少量は少ない。

 レギオンも自爆攻撃を続けているが、再び放たれたブレスで小さなレギオンらは壊滅した。


「……レギオンちっちゃくなっちゃった。でも頑張る」


 一気に多数のレギオンが斃されたため、それに応じて群体レギオンも小さくなる。

 出会った頃と同じ背丈に縮んだレギオンは、それでも健気に攻撃を続けた。

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