34.突如として語られる創世神話

 古道具屋をあとにしたセナは、ドゥマイプシロンに向かうべきか否か考える。

 いずれ訪れる必要があるのは確定だが、切羽詰まっているわけでもなし。

 それに、強大なモンスターに挑む前にレベリングもしておきたい。


「うーん、手頃なクエストでも無いかな……」


 冒険者組合で受注できるクエストの一覧を眺めていても、中々興味がそそられるものは見つからない。

 経験値が欲しければトレイン狩りをすればいいが、それはそれとしてクエストも熟しておきたいのだ。

 経験値とは別途報酬がもらえる場合が多いからである。


「これにしようっと」


 セナは教会の掃除クエストを受注することにした。

 そういえば……と、アルファディア以降の街で教会に立ち寄っていないことを思いだしたからである。


 依頼主はこの街の中央にある大きな教会の司祭で、建物はもはや神殿と呼べるレベルの荘厳さだ。

 おおー、と感嘆するセナに声が掛けられる。


「見事なものでしょう? 創世神話になぞらえているのですよ」

「創世神話……?」

「おや……もしかして来訪者の方ですか?」

「えっと、はい」


 庭の手入れをしていた老人がセナに創世神話を語り始める。


「……かつて、世界には何もありませんでした。空も大地も無く、ひたすら無が続いていたとされています」

「(掃除のクエストやりにきただけなんだけど……)」


 厳かな雰囲気で語られる神話だが、セナは自分が信仰している“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”以外は割とどうでもいいので、ほとんど聞き流している。


「――しかし、大地に生命が誕生すると同時に、“繁栄をもたらす豊穣にして生命の神”は考えました。完全な生命に意味はあるのかと。そこで、神は地上に生きる生命に不完全性を与えました。これにより生と死の輪廻が生まれ、“暗き死にして冥府の神”もまた生まれたのです。かの神は、大地に生きる生命に死を恐れ生を望むのならと、試練を与えます。こうして、“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”や“衰退する精神にして堕落の神”、“昂ぶる戦にして出血の神”が生まれました」


 すると、セナが信仰する神の名が登場した。


 神話において“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”は、この世に様々な病を蔓延させ、治療するための薬にすら毒を仕込んだとされている。

 そして、“暗き死にして冥府の神”の妹であると解釈されることが多い神格だからこそ、直接的に命を奪う権能を持たされたとも。


 だからこそ教会関係者以外では忌避されやすく、信仰もされていない神なのだ。

 死を恐れたり、死に何かしらの意味を求める者は“暗き死にして冥府の神”を信仰するため、その眷属神――あるいは兄妹神――には余計に信仰が集まらない。 


「――こうして、今の世界に繋がっているわけです」


 たっぷりと時間を使って神話を語り終えた老人は、すっきりした様子で息をついた。

 セナにとっても信仰する神のことを知れたので有意義な時間だったが、やはり大半はどうでもいい神格のことだったので無駄だったとも言える。


「これが定説として広く伝わる創世神話です。どうでしたか?」

「割とどうでもいいです」

「ぅぐ、そうですか……」


 ぐさりと老人のハートに突き刺さる。


「でも、わたしが信仰しているのは“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”なので、その部分だけは聴けて良かったです」

「そう……ですか……。ええ、良かったのなら幸いです」


 まだダメージが残っている様子だが、老人は咳払いをして調子を取り戻す。


「おっほん……。さて、挨拶が遅れてしまいましたな。聖ルミナストリア教会へようこそ。本日は何用ですかな?」

「あ、このクエスト受けたので手伝いに来ました」

「おお、そうでしたか。いやはや、老骨の長話に付き合わせてしまって申し訳ない」


 どうやらこの老人が司祭だったようで、セナは掃除用具がある部屋に案内された。

 クエストの内容はとても簡単で、セナは指定された箇所の掃除を終わらせる。


「三〇分で終わっちゃった……」


 こんなに早く終わると思っていなかったセナは、掃除用具を片付けてから広間に向かう。

 ついでにお祈りもしていこうと思っていたからだ。


 この教会もアルファディアと同じで、広間の中央には巨大で神秘的なクリスタルがある。

 膝を突いて祈りを捧げればクリスタルは神像に変化し、捧げ物をするかどうかの選択肢が現れた。


「(えっと、これとこれとこれと……あとこれ)」


 狩人のジョブだからか、前回より色々なものを捧げ物に選択できるようになっている。

 セナはインベントリにあるアイテムの中から、重複していたり使い道がないものを捧げ物に選択した。


《――捧げ物を確認》

『……我が信徒よ、励んでいるようでなにより。その信仰に見合った対価を』

《――恩寵によって【疫病の加護】が強化されました》

《――恩寵によって新たなジョブ専用アーツが芽生えました》


 神像が元の形に戻ったあと、セナはステータスを開いてアーツを確認する。

 ジョブに付随する形で増えたアーツの名称は《プレイグスプレッド》。その効果は、任意の病を選択し発生させるというもの。


 セナが知っている病名は殆どないが、中には強そうな名前も散見される。『黒死病』とかだ。

 そして、アーツの熟練度が上がれば効果を組み合わせて、オリジナルの病を発生させることも可能のように思える。


 病気も“疫病と薬毒司りし女神の慈悲無き狩人”であるならば、扱えて当然の武器であり罠だということだろう。

 加護によって疫病への完全耐性が与えられるのは、このジョブを有効に活用するためだろうか。


「(鶏が先か、卵が先か……どっちでもいいか)」


 どちらが先だとしても、女神に与えられた力であることは変わらない。

 セナは与えられたモノを使って、ただ獲物を狩り殺すだけ、信仰を捧げるだけである。

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