32.デルタリオン

 ガンマリードを出立したセナは、無事次の街であるデルタリオンに到着した。

 街を囲う壁だけでかなりの高さがあり、これまでの街と比べると倍以上の面積がありそうだ。


 更に、壁の奥には巨大な岩山がそびえたっている。街の反対側からでも壁越しに見えるということは、その標高も凄まじいのだろう。


「鍛治と木工の街、デルタリオンへようこそ!」

「この街って木工が主流なんですか?」

「鍛治もね。上質な鉱石と木材が入手できるから、鍛治職人や木工職人からすれば、ここは仕事に困らない街とも言えるんだ」


 門番と二言三言会話を交わし、セナはこの街で木工が発展していることを知った。

 ようやく【木工】スキルが日の目を浴びるのだ。セナはウキウキしていた。


 しかし――


「ここは俺の仕事場だ。他所で借りな」

「丁稚になるってんなら考えなくもない。とりあえず三年だな」

「子どもに使わせる道具はねぇ!」


 と、プライド故の自尊心から来る尊大な物言いばかりで、セナに作業場を貸してくれる人はいなかった。


 考えてみれば当然で、彼らは職人として仕事を受け、お金を得ているのだ。

 命と言っても過言ではない作業場や道具を、彼らが無償で貸してくれるわけがない。


 困り果てたセナは、仕方ないので冒険者組合でクエストを見繕うことにした。


「……商業組合?」


 マップを頼りに街中を歩いていると、商業組合の看板が掲げられた建物の前に来ていた。

 すぐ隣が冒険者組合だが、何か関係があるのだろうか……?

 セナはそう考え、中の人に尋ねることにする。


「ああ、この街では登録制になっているんです。職人の数が多いので、貸し出せる工房や道具に限りがあるんですよ」


 曰く、土地も道具も限られていて、無節操に貸し出せるほどの余裕は無いそうだ。

 色々と規則やシステムを説明されるセナ。


 それを聞いて、長期間腰を据えるなら確かに登録して損は無いと思うけど、セナが欲しいのは【木工】を活用するための道具だ。

 場所は最悪、街の外だっていい。


 なので、セナは道具を購入することは出来ないのか訊いた。


「購入ですか……ええ、可能ですよ。貸出より高くなりますけどね」


 提示された金額は、最低でも貸出の一〇倍。

 レベル10推奨ですらこれなのに、今のセナに適したレベル帯となると、一〇〇万シルバーはくだらない。

 ぼったくりだ。セナはそう思った。


 しかし、よくよく話を聞いてみると、これには数日だけ有効な販売許可証が入っているため、そのぶん高くなっているらしい。

 本来は審査を経て販売許可が降りるのだが、この許可証があればデルタリオンで数日――具体的にはリアル時間で一週間――は、審査を受けていなくても販売できるというもの。


「もちろん信頼性は皆無に等しいので、市民相手に販売しても意味はありませんよ」


 当然である。だがやはり、セナにとっては不必要なものだ。

 自分で使う分さえ作れればいいので、こんな許可証やらと一緒に売りつけられても困る。


「……じゃあ古道具屋にでも行ったりどうです?」


 途端に嫌そうな顔でしっしっとジェスチャーされる。

 聞くだけ聞いて何も買わないから迷惑に思われたのだろうか。セナには分からなかった。


「……ここかな。すみませーん、ここって古道具屋ですかー?」

「こんな辺鄙な店になんの用かい?」

「木工をやりたいので道具を買いに来ました」

「道具が欲しけりゃ組合にでも……ああ、販売とかどうでもいいってタイプかい。なら入りな」


 半日ほどデルタリオンをさまよい辿り着いた古道具屋にて、セナはとても素晴らしい道具を発見する。

 それは薄汚れてはいるものの、間違いなく【調合】に必要な道具類であった。


「店主さん! これ幾らですか!?」

「木工道具が欲しいんじゃなかったのかい? それは……だいぶ古いし現代のとじゃ仕組みも違うからねぇ、二〇万ってところか」

「買います!」


 即答だった。

 商業組合のぼったくり商品と比べれば安いものである。

 なにより、ジジに手解きを受けた際に使用したのはこの古い方だったので、使い方がわかるという意味で有用だったのだ。


 あとは木工道具を買うだけである。


「さて木工道具だが……あったあった。いわく付きだが組合のを買うよりマシだろうよ」


 店主の老婆がカウンターに置いたのは、組合で提示された道具より品質が高いものだった。


 曰く、熟練の鍛治職人が木工職人を目指した娘の為に作ったそうだが、その娘が事故で亡くなってしまったため、誰にも渡されることなく死蔵されていたそう。

 それからその鍛治職人も亡くなり、引き取り手がいなくなったこれは毎晩、独りでに動いては近くの木材を適当に加工し、啜り泣くような音を出している……と噂が流れた。


「所詮噂だがね。ここにゃ加工できる木材なんぞ置いてないから真偽は分からんよ。それでも良ければ三〇万――」

「買います! 欲しいので」


 曰くとかどうでもいいし、幽霊とか信じてないセナは、こちらも即断して購入する。

 合わせて五〇万シルバーの買い物だったが、懸賞金で懐が暖かいセナは無問題だ。

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