27.教団の隠れ家
階段を下りた先には鉄扉がある。そして、セナはその鉄扉の奥から殺意を感じた。
どことなく粘ついた、そんな悪意が混じった殺意だと、狩人としての勘がセナに囁いている。
「(さすがに音でバレてるよね。じゃあ、派手に突撃しようか)」
セナは扉から距離を取り、グレーターセンチピードに勢いよく突撃するよう命じた。
その命令を受諾したグレーターセンチピードは巨体を活かし、扉周辺の壁ごと破壊して内部に突撃する。
セナは生じた土煙に乗じて姿を隠しながら突入した。
「グレーターセンチピードだと!?」
「っ、従魔師か! 打撃武器と盾を持ってこい!」
「我らの計画を邪魔させるものかぁ!」
内部にいた人間の装備は様々だが、全員がセナたちに殺意を浴びせてくるので敵で間違いないだろう。
「――《クルーエルハント》!」
グレーターセンチピードに全員の意識が向いている隙を狙い、セナはまずそこそこ偉そうな格好の男を狩り殺した。
頭部欠損の状態異常の効果で男は即死する。
……人間は普通、近くにいる人の頭が刎ねられると呆けるものだ。脳がフリーズし、何が起こったのかを認識するまで数秒の間が空く。
そして、そんな隙だらけでいれば次々と狩り殺される。
「て、敵だ! 敵がここにい――」
《クルーエルハント》で首を刎ね、クールタイム中は《クリティカルダガー》や《プレイグポイゾ》で確実に仕留めていく。
瞬く間に一〇人も殺され、教団の構成員はようやく現実を受け止めた。
「ガキだ! 背の低いガキがいるぞ!」
「殺せぇぇぇぇぇ!」
「ウオオオオオッ!」
「あっちの従魔も殺すんだ! 材料にしてやる!」
「……蜈蚣さん、そこで自爆です!」
一瞬で四体多数の乱戦になったが、セナがグレーターセンチピードを自爆させたことで組合員の数は半減する。
超至近距離で大型のモンスターが自爆すれば、どれだけ上等な盾を構えていようと無傷では済まない。
軽傷で済んでも強力なノックバックが発生するからだ。
「……仕方ない。緊急事態だ! 我らの拠点が暴かれた以上ここに長居する必要は無い! よって……未完成ではあるが、我らが作り上げた最強のキメラを解放する!」
集団の奥、一番豪奢な服装に身を包み、手配書でも人相を確認した男が宣言した。
セナはその男に狙いを定めて矢を射るが、鎧を着た大男に防がれる。
「大主教様の邪魔はさせん! その程度の矢で俺の鎧を貫けると思うな!」
大男の信仰心は厚かった。信仰対象が邪神であるカルト教団といえど、それほどの熱意を持つ者はみな強い。
想いは力になり、信仰によって加護が与えられる。
悪しき神だろうと信仰の見返りとして加護は与えられるので、熟達した騎士の守りを貫くのは困難なことだ。
大主教はいつの間にか姿を消している。部屋の奥に通路があるので、そこに入ったのだろう。
「…………」
「今だお前たち! こいつを挟み撃ちにして殺すのだ!」
セナは囲まれた。
数メートルの距離はあるが、前後左右を敵に囲まれては逃げ場が無い。
「……蜈蚣さん、自爆」
がしかし、セナはレベルを代償に復活させたグレーターセンチピードを呼び出し、即座に自爆させることで爆風と煙幕が発生する。
歩法も相まって大男の視界から一瞬で消えたセナは、彼の背後に回り鎧の隙間に短剣を突き刺した。
「――《プレイグポイゾ》!」
傷口から猛毒と疫病が流れ込み、更に重ねがけすることで重篤な症状が出始める。
傷痍系状態異常も発生しているのでもう助からないだろう。
「《プレイグポイゾ》《マナエンチャント》、二匹とも自爆して!」
そして、部屋の両脇に身を潜めていた従魔も盛大に自爆することで、この空間内にいた構成員は全滅した。
残るは大主教と、数名の幹部のみだろう。
セナは大主教が消えた通路へ向かった。
「(キメラを解放するって言ってた。なら、この奥は生産か研究に特化した部屋のはず。普通のモンスターなら斃せるし、未完成ならわたしでも……)」
通路はダンジョン部分とは違って整備されており、平坦で走りやすい道が続いている。
一体どこまで続いているのか、坂道になっている通路をセナは疾走する。
そして辿り着く。悍ましき研究所、冒涜的な光景が広がる大部屋に。
「……来たか」
「あなたが、大主教で合ってますよね。今から狩り殺すので大人しくしてください」
「ハッ、殺すと言われて大人しくする者がいるか。私は、我々は、ここで終わるわけにはいかんのだ!」
大主教は声を荒げて言う。
「そもそも、我らが信ずる神と貴様らが信じる神で何が違う!? 神は遍く世界にその名を轟かせ、権能を持って己が意思のもと掻き乱す! ならば邪神の力を広めようと何も変わらないだろう!?」
その主張は真っ向から常識に反している。
神々は人のため、信徒のために力を振るうが、悪しき神は欲望のままに力を振るうものだ。
「だからこそ、我々は最強のキメラを創ろうとしたのだ! “造命神”と“狂血神”の加護を賜った我々が、だ! その御技を、神威を、知らしめるために!」
「……わたしは、わたしが信じる神様以外の神なんてどうでもいいので、さっさと死んでください」
セナはそっと視界から外れて大主教の胸に矢を射っていた。
とすっ、と簡単に突き刺さった矢は、道中で重ねがけした猛毒と疫病が付与されている。一分もすれば肉体はズタズタに冒され死に至るだろう。
「――終わってなるものか、こんな、道半ばでぇ!」
大主教は血を吐きながら、傍らにある扉の鍵を破壊した。そして、その奥へと逃げ込む。
セナはすぐに大主教の後を追って部屋に入るが、そこにはもう一人佇んでいた。
「(まだ人が……!?)」
「やれ、最強のキメラ――レギオンよ!」
刺突が繰り出される。セナは咄嗟に身を躱したが、脇腹が抉られた。
その速度は目で追うのがギリギリなほど。
セナはそれがもう一人によって放たれた攻撃だとすぐに理解したが、下手人の姿は彼女の予想を斜め上に超えていた。
「子ども……?」
貫頭衣を着せられた少女。それがレギオンと呼ばれる、教団が目標に掲げていた最強のキメラの姿だったのだ。
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