25.狂人VS狂信者
「《ブラッドエッジ》ィ! 《ブラッドスパイラル》ゥ!」
無尽蔵に溢れる血は斬撃であり、刺突であり、その全てが変幻自在の攻撃となる。
「っ、《クルーエルハント》!」
距離を詰めるセナであったが、連撃を回避しきれなかったため、一部の攻撃はアーツで切断した。
《クルーエルハント》は欠損を与えることに特化したアーツであるため、血液なら切断できるのではと感じたのだ。
「妙な技使いやがるなァ……。テメェ、何者だァ?」
「……“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信徒ですけど」
セナは劇毒のポーションを投擲し、血の刃にわざと当てることで中身が撒き散った。
それが良くないモノであるのは男も分かっているのか、攻撃を止めて横に回避した。
その隙を狙って懐に潜り込んだセナは、彼の利き手目掛けて短剣を振るう。
「まァ、誰だってそう考えるよなァ!」
男は即座に剣を手放し、左手へと持ち替えた。
同時に右手首が宙を舞うが、男は左手を既に振りかぶっている。
両利きだったのだ。
最初に右手で剣を持っていたのは、相手の意識を右手のみに集中させるためであり、そういった敵は剣を持ち替えた後に叩き斬ってきた。
「これは予想しにくいだろォ! くたばれクソガキャァ!」
嗜虐的な笑みを深くし、男は血を纏った剣を勢いよく振り下ろす。
その刃はセナの頭に命中し……
「――《キャスリング》」
……なかった。
【テイマー】によって修得できるアーツの一つ、《キャスリング》は、自身と従魔の位置を入れ替える。
グレーターセンチピードをテイムした際に手に入れたアーツだ。
条件は従魔を三体に増やすこと。効果範囲は高低差を含む直径一〇〇メートルまで。
「――ァ?」
「そのまま押し潰しちゃって!」
セナがいた位置にはグレーターセンチピードが出現し、その巨体で男を踏み潰さんとする。
「(さッき殺したはずじャ……フリかよ雑魚風情がァ!)」
虫程度の知性しか持ち合わせないグレーターセンチピードが、まさか死んだフリをするなどと思っていなかった男は、この単純な罠に引っかかった。
……そして、罠であればセナのジョブ補正が入る。
「おもッ……!?」
ギチギチと顎を鳴らし、グレーターセンチピードは全力で男を押し潰す。
その体重はジョブ補正により、通常の個体の二倍はあるだろう。
「狂い月ィ! もっと力を寄越せェ!」
すると、男の剣から夥しい血が溢れ出した。
これまでも十分多かったが、これではまるで間欠泉だ。
「(どうしよう、自爆させると動きが止められないし、兎さんじゃ接近できないぐらい勢いあるし)」
グレーターセンチピードが蹴飛ばした土塊が一瞬でバラバラに吹き飛んだことから、その勢いは遠目からでもよく分かる。
矢を射っても勢いに押し負けるだろう。
「ク……ハァ……! これだァ、この全能感が堪んねェんだよなァ! 狂い月ィ!」
「(さっきから言ってる狂い月って、あの剣の名前かな。どうやって奪おうか)」
打開策があるとすれば、男の剣を奪うことのみだ。
HPの総量はレベル差もあって男の方が高い。その他のステータスも同様だろう。
欠損を与えたところで、あの血が補うのなら意味が無い。
「(とにかく動かないと。あの剣さえ無ければ狩り殺せるはず)」
それでもセナは挑む。
狩人として獲物は狩らなければならない。
なにより、女神の信徒たる自分が、こんな簡単に負けていいはずがない。
セナはそう思ったのだ。
「ハハハハハァ! 最高だなァ!」
「(いま!)」
グレーターセンチピードが遂に押し負け、仰向けに倒れた。
間欠泉のように溢れていた血は勢いが減り、セナは今なら届くと判断する。
「《プレイグポイゾ》《ペネトレイトシュート》!」
矢を握りしめた状態で《プレイグポイゾ》を使い、猛毒と疫病が宿ったその矢を番えて放つ。
「無駄だァ! 俺の手首を斬ッたのは間違えだッたなァ!」
男は飛んでくる矢を右手で受け止める。
血によって補完された右手は結晶のようだが、部分的に液状化させることも出来るらしい。
しかし……
「……ァ、テメェ、なんだこれはァ……!」
「毒と疫病のプレゼントです。そのまま死んでください」
彼の意思で動き繋がっている以上、その血も彼の一部だ。
血液を通して血管に入り込んだ猛毒と疫病は瞬く間に肉体を冒す。
症状としては少し悪化しただけの風邪。猛毒も彼にとってはまだ軽い方だろう。
けれど、感覚は鈍り倦怠感が表出する。
熱っぽさが強くなれば立つだけでも大変だろう。
「えい!」
「ッ、狂い月ィ!」
セナは動きが止まった一瞬をついて、男が握っていた剣を蹴り飛ばす。
咄嗟に伸ばした左手を《クルーエルハント》で斬り飛ばすのも忘れない。
「ァァァ……クソガキィ……!」
「わたしは、“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信徒です。女神様に狩人のジョブを授けていただいたので、狩り殺すのは得意です。毒を盛るのも、病を盛るのも得意です」
欠損を補っていた血は液状化し、男の右手と左足は再び失われた。
セナはそんな彼に対して淡々と、短剣を逆手に構えて自分が何者であるかを語った。
「病気はとても辛くて、大変です。なので病気にならない体をいただきました。女神様はわたしに良くしてくれて、すごく強い人の指導も受けさせてくれました。だから殺します。殺せます」
「……ぁぁ、クソッ、ようやく頭が冴えてきたと思ったら、こんなイカレ女に喧嘩売ってたんかよ」
男は怒りが混じった言葉を吐くが、それは自嘲のようにも聞こえる。
「あの剣は壊しとけ。魔剣はろくな事をしない」
「……? それより、最期にここで何をしていた教えてください。一応調査をしていたので」
「……どうせ死ぬならいいか。俺んとこの教団はテメェみたいに頭が狂ってるからな、モンスター大量に掛け合わせて最強のキメラとやらを作るんだとよ」
諦めた顔で両手を上げた男は、そのまま目を閉じた。
殺せと言わんばかりの態度だ。
そしてセナは、眼前の無抵抗な男を躊躇いなく殺す。なぜなら……NPCは自分と違って、いつでも復旧できるデータに過ぎないのだから。
「――あとは報告すれば達成かな。傍迷惑な人だったなぁ」
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