17.続・ジジ式地獄の訓練!

 指導という名の訓練が始まって一週間が経過した。

 運営が第一回イベントの告知をし、その開催日が今日だったが、セナはジジの訓練で手一杯だった。というより、中途半端な状態で出場するのはなんかムズムズすると参加を見送っている。

 因みに、イベント内容はダンジョンアタックだった。周回して素材を集め、ごく稀に出現するボスモンスターを討伐するのが目的らしい。お知らせに書いてあった。


「――接近されてからの動きが遅い!」

「ぅぐ……!」


 ジジは普段は穏やかだが、模擬戦になると少し荒々しくなる。

 狩りではなく戦闘だからだろうか。


「セナ、何度も言うけど君は君自身が弱いことを理解しないといけない。君に筋力は無いし、魔法を連発できる魔力も無いし、瞬発力だってずば抜けているわけじゃない。君が優れているのは反射神経だけで、それ以外は一般人並みなんだ」

「分かって……います」

「なら動け! 考えてからじゃ遅い。思考速度に体を合わせるんだ」


 今もセナは状態異常に冒されたままであり、全身の感覚が鈍くなっている状態だ。そのうえ度重なるデスペナルティでステータス半減時間が延びまくっている。


「体の動かし方は教えた。武器の扱い方も教えた。だのに、君はそれで止まってしまっている」


 ジジは、御技は真に自分を理解してから修得するものだと言う。

 簡単に得られる力に価値は無く、血反吐吐いて死にかける努力を続けた末に得る力こそ価値あるものとも。


「もう一回……お願いします!」

「よろしい」


 二人の姿が消える。緩急をつけることで視界から消える特殊な歩法だ。

 セナは弓矢を構えながら動き、ジジは短剣を手に距離を詰める。

 短剣が振るわれ斬撃の軌跡がセナを両断する……前に身を捻り矢から手を離したセナは、足をバネのように使って高く跳ぶ。

 ジジは勢いを殺さず木の幹を跳ねるように疾走し、セナは枝から枝へ飛び移りながら相手が取れる手段を限らせるように矢を放つ。


「(弓矢の扱いはとても上手い。鍛錬の末に得た器用さは賞賛に値しますね)」


 自身も弓矢を扱うからこそ分かる鍛錬の跡。

 セナ特有の癖を見抜きつつ、ジジは全ての矢を斬り払って懐に潜り込んだ。


「っ、まだ」


 咄嗟に番えていた矢を振るって短剣を防ぐ。

 ジジの持つ短剣は最初に装備していた豪奢なものではなく、簡素な鉄の短剣だ。だから防げた。


「(ずっと手加減されているのに、全力で抗ってもこんなに差がある……。レベルも、技量も桁違い)」


 ――なにより、ジジは一度もアーツを使用していない。


「(せめて掠り傷だけでも……)」

「――その考えが甘い!」


 首を切断され地に落ちるセナ。

 せめて一矢報いようとする考えこそが甘いとジジは言う。達人ならば、その考えに移行する僅かな隙に攻撃を差し込めるからだ。

 ……少なくともジジには可能である。


「……また負けた」


 復活したセナは起き上がり、小屋の外の草木を適当に食べて状態異常に罹る。

 ジジはいつの間にか小屋の近くで戻ってきており、セナが状態異常に罹ったのを確認してすぐ訓練を再開した。


 その二人の様子を、“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”は慈しむように見守る。

 彼女を信仰する者はNPCを含めて数名のみで、プレイヤーには一人しかいない。

 その唯一のプレイヤーの指導を任せたジジは故人であり、死後も信仰を保っている希有な信徒である。


 ジジの持つ知識と経験はセナのためになると判断したので、普段はこの神域の管理を任せているジジに指導をお願いしたのだ。


「さっきよりはいいが、まだ甘い! だが、致命傷を避けたのはいい判断だ!」

「まだまだぁっ!」


 この短期間で成長した信徒の姿に女神は感動を覚える。あれほど熱心で敬虔な信徒はジジ以来だ、と。


「――及第点をあげよう」


 更に数日経って、セナはようやく及第点を与えられた。

 技能を用いない状態での戦闘訓練がようやく終わったのだ。


 仰向けになって荒く呼吸するセナは、誰がどう見ても疲労困憊だと分かる。

 食事と睡眠以外の時間は全て訓練に費やしたため、彼女は限界を超えた訓練を継続していたのだ。疲労困憊で済んでいる、という表現のほうが正しい。


「狩られる側、獲物として対抗する戦い方は身に付いたはず。次は狩る側として、狩人としての御技を叩き込むよ」

「はい……!」


 地獄の訓練は終わらない。

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