8.クソ熊

「(ダメージはちゃんと入ってる。兎さんの攻撃力じゃ熊さんの防御を抜けないのかな)」


 セナの考察は正しい。

 この【スクラッチベアー】にダメージを与えるには一定以上の攻撃力が必要となる。

 数値自体はマスクデータだが、【スクラッチベアー】の防御力を貫通できる程度の威力が無ければ、攻撃は全て一ダメージにしかならない。

 僅か一ドットすら削れるか怪しい数値だ。


「グゥルァアアアッ! ――グゥゥゥ!?」


 比較的大ダメージを与えたためヘイトがセナに向かう。

 しかし、二匹の従魔を無視して足を踏み出した【スクラッチベアー】のHPが更に削れる。

 三秒毎に数ミリだが、HPバーが何もしなくても減っているのだ。


「(毒ダメージ! 状態異常に耐性が無いんだね、リアルの私みたい)」


 このまま距離を保ちつつ状態異常を維持していれば勝てる。

 そう思ったセナは技能を駆使しつつ、あまり役に立っていない従魔を自爆させてダメージを稼ぐ。

 とうぜん、《ポイズン》と《マナエンチャント》込みの自爆だ。


「自爆ってHP依存だからダメージ量が多いんだよね! 《シュート》!」


 身軽で素早さの高い兎だからこその活用方法だ。テイマー失格である。


「《ポイズン》《マナエンチャント》」

「グルゥゥ……!」

「(AIでも学習するんだね。なら)――《ポイズン》!」


 何度も同じ行動を繰り返せばボスモンスターだって学習する。

 それに気付いたセナは更に《ポイズン》を使用した。すでに毒属性になっているMPに対して使用しても変化は無いが……意味はある。


「《ポイズン》《ポイズン》《ポイズン》《ポイズン》《ポイズン》……《マナエンチャント》」

「ガァァァアアッ!」

「いっつ……でも油断したね! せい!」


 立て続けに《ポイズン》を使用するのみで矢を放つ気配が無いセナに接近した【スクラッチベアー】は、その大きな右腕を叩きつけるように振るった。

 だが、攻撃を受けつつも姿勢を低くしていたセナへのダメージは少なく、逆に反撃を受けることとなった。


「ガァァァアアッ! グゥアアア! ガァア!」


 セナは矢を番えていなかった。

 だが立て続けに使用された《ポイズン》は《マナエンチャント》によって付与され続けており、やじりが変形するほどの毒を矢に持たせていた。


 結果、スタック値が貯まったが【スクラッチベアー】を冒す。

 HPはゴリッと削れ、毎秒五%の大ダメージを一〇秒掛けて与え続ける。


「(これなら初見クリアも……)え?」

「グゥルァアアアアアアッ!」


 【スクラッチベアー】の爪が光る。同時に視界に真っ赤な三本線が表示され、それがAOEだと理解した瞬間にセナは回避行動を取った。

 だが、完全には避けきれず左肘から先を失った。


「(弓が……!)」


 続いて振り下ろし、横薙ぎ、再度左からの振り下ろしがAOEとして表示される。

 フィードバックされる痛みと弓を落とした焦燥感を覚える間もなく回避を迫られ、セナは転がりつつも範囲外へ逃げ出した。


「ギリギリセーフ……! 直撃避けたからよし!」


 初撃はノーカンにするようだ。


「(AOEが表示されたってことは、表示させないと無理ゲーになってしまう攻撃だから、かな。……もしかして、モンスターもスキルを持っているの?)」


 AOEは『Area of effect』の略であり、一定の範囲を対象とした攻撃が来る場合に予兆として表示される。

 単純な円範囲から、【スクラッチベアー】が繰り出したような三本線など、その形は多岐に渡る。


 【スクラッチベアー】がクソ熊と言われる所以はここにあり、初見かつ初心者では対処が難しい形のAOEが、HPが半分以下になると連発してくるのだ。

 もちろんボスモンスターにもクールタイムがあるとは言え、今のように最初の攻撃で部位欠損ダメージを負うことも珍しくない。


「(――熊さんなのに可愛くない!)《ポイズン》!」


 ちなみに【スクラッチベアー】の見た目はリアルとデフォルメの中間ぐらいの位置にあるし、それが余計にクソ熊呼ばわりされる理由にもなっている。


「《マナエンチャント》!」


 それからセナは地道にDOTダメージで【スクラッチベアー】のHPを削り続け、AOEが発生しそうになったらすぐさま距離を取り、レベルを犠牲に復活させた従魔を何度も自爆特攻させた。


「――これで最後の自爆です!」


 兎さん一号を投げつけ、毒々しくも盛大な爆発と共に【スクラッチベアー】のHPが消し飛んだ。

 一〇分も経っていないが、ボス戦という集中力と緊張感を求められる中での数分はとても長く、セナは肩を上下させていた。


《――【スクラッチベアー】が討伐されました》

《――初討伐報酬として【くまくまヘッド】が贈与されます》


「いら…………る! けど嬉しくない!」


 反射でいらないと言いかけたが、性能はいいので捨てるわけにもいかず、セナは獲得した【くまくまヘッド】を装備した。

 若干強面の熊の頭がモチーフの、フード系装備だった。


「(被るのはやめとこ……可愛くないし)」


 見た目より性能重視なのはゲーマーらしいが、それでも一人の少女として装備したくはない見た目だったので、セナは絶対に被らないと心に決めた。

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