2.信仰する神

 降臨した三柱の神に対して、セナは思わず呆けた。

 思ってたのと違う……! という憤りを抑えつつ、まずはそれぞれから与えられる加護を確認しようと考えた。


====================

“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”

 太古の昔から存在する疫病を司る神。

 信仰すると【疫病の加護】が与えられる。


“大地を覆う暗がりにして孤独の神”

 太古の昔から存在する夜の一側面を司る神。

 信仰すると【孤独の加護】が与えられる。


“情景に抱く後悔にして未練の神”

 あらゆる生命が抱く後悔と未練を司る神。

 信仰すると【後悔と未練の加護】が与えられる。

====================


 一番ヤバそうな一番目から目を逸らし、セナは二番目三番目の加護の詳細を読んだ。

 それによると、【孤独の加護】は誰ともパーティーを組まずにいると獲得経験値が上昇する効果があるようだ。

 【後悔と未練の加護】は一見すると分かりづらいが、要するにあとで後悔したりしないよう、その場で最適な答えを教えてくれる効果だ。


「(経験値増えるのはいいけど……一人かぁ)」


 セナは友達がいない。ぼっちだ。しかし友達が欲しい彼女にとって、【孤独の加護】はあまり嬉しい加護とは言えない。

 【後悔と未練の加護】は攻略本や攻略ウィキが苦手な者には受け入れられないだろう。セナも苦手なタイプだ。


 そして最後に残ったのは、【疫病の加護】。

 現実世界の体が病に冒されている彼女からすれば、一番要らない加護である。しかしゲームの都合上確認せねばならず、渋々詳細を開くのであった。


「(――え?)」


 なるべく視界に入らないよう限界まで目を細めていたセナは、ある一文でその目を見開く。

 そこには、病毒への完全耐性と書いてあった。


「(完全……耐性……?)」


 完全耐性とは、その名の通り、対象となる状態異常を一切受けなくなるものだ。一応スキルで選択することもできるが、そちらは枠数が限られているため、わざわざ選ぶ酔狂なプレイヤーはいない。

 そもそも耐性は装備で補うのが大抵のゲームでは主流だ。そのため戦闘を好むプレイヤー、生産が好きなプレイヤー、どちらからも見向きされていない。


 ――しかし、ここに一人例外がいる。


「病気にならない……んですか?」


 セナは意を決して“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”に話しかけた。

 ハッキリした姿は見えないが、輪郭から女性と推測出来るその神は、セナの質問にゆっくりと頷く。


「ぃやっっっっっったああああああっ!!!」


 その瞬間、セナの顔が一気に晴れやかになり、その場で飛び上がった。そして大喜びで“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”を信仰することにした。


 ゲーム内限定とは言え、どんな病にも罹らないのだ。

 状態異常という形で病気に罹ったこれまでのゲームを脳裏に浮かべ、その散々な結果から耐性というものを信用していなかったセナは、このゲームで初めて病気にならない体を獲得したのだ。


《――スキルを選択してください》


 信仰する神が決まったため、保留になっていたスキル選択が再開される。


 セナは再び一覧を眺め、どうすれば【疫病の加護】を最大限に活用できるか考えた。

 その結果、セナはまず動物やモンスターを使役するテイマースキルと、薬や毒物を作る調合スキルなどを選択した。そして貧弱な本体だけでも戦えるよう、弓を扱えるようになるスキルと、消耗品である矢を作る木工で二枠を埋める。残り六枠のうち五つは【疫病の加護】を前提とした構成だ。


《――武器を選択してください》


 これはもちろん弓を選ぶ。弓系のスキルを取ったのに弓を選ばない選択をする愚か者はいない。

 明らかに初心者が使うような安物の弓と矢だが、無いよりはマシだ。


《――これより戦闘に関するチュートリアルを行います》


 いつの間にかいなくなっていた神に代わり、一体のモンスターが出現する。

 それは雑魚の代名詞として名高いスライム――ではなく、謎の球体であった。


「……なにこれ」

《――戦闘訓練用の案山子です》


 どう見ても球体だがAI的には案山子らしい。

 困惑しつつも弓を構えたセナは、その案山子に矢を放った。微動だにしない案山子に当たった矢は簡単に突き刺さる


《――お見事です》

《――次は動く案山子を攻撃しましょう》


 どうやらあれで斃した判定らしい。

 再度出現した案山子は不規則に動いている。人が歩くのとおんなじ速度だが、弓で狙い撃つのは少し難しい。

 が、他のゲームでも弓を扱っていたセナは、難なく矢を命中させた。


《――お見事です》

《――これにてチュートリアルは終了となります》

《――戦闘訓練を続行しますか?》

「しなくていいよ」


 ダイブ型VRに慣れていない人はここで体の動かし方を練習するが、普段からVRの中で生活しているセナはそれを必要としない。


 チュートリアルを終え、セナはようやく病気にならない体で思う存分遊べるのだ。その喜びと期待で胸を膨らませ、転移が開始されるのを今か今かと待ち望んでいた。


《――では、始まりの草原に転移します》

《――周辺にモンスターが存在するため、十分に注意してください》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る