小儀礼集

@aiba_todome

おたべごと

 研究というのは、大学や機関でしかできないわけではない。私的な研究が大発見につながることは、こと文化の世界ではよくあることである。


 私は儀礼について研究している。それも宗教団体や市町村のような大きな単位でのものではない。

 せいぜいが一族。だいたいの場合は一家に伝わる小さな儀礼だ。


 そんなところに儀礼などあるのか、と思われるかもしれないが、誰だって寝る前におやすみなさい、食べる前に手を合わせていただきますくらいはしたことがあるはずだ。

 なかったとしても、世の中に無数にある儀礼の何一つたりともやったことがない、というのはむしろ異常だろう。


 私が集める儀式は一家に一つ、それも不思議で特殊なものだ。それはどんな家にでもある、かもしれない小儀礼集である。






 例えばそう、いただきますと似たような儀式にこんなものがあった。









 私は喫茶店で一人の男性に取材していた。大きなパフェは私のおごりで、取材費はそれでいいそうだった。

 男性は若く、大学生だと自己紹介したが、高校、いや中学生といってもいいくらい幼い感じで、ひどく中性的な見た目をしていた。


 服装はカジュアルで、大きなネックレスを一つ下げている。つけられた石は、真珠のイミテーションだろうか、乳白色で、親指の爪くらいの大きさだった。







ーーーー本日は取材を受けていただき、ありがとうございます。



飯田さん(仮名)「かまいませんよ。喫茶店のパフェって一度食べてみたかったですし。結構高いじゃないですか。喫茶店って」



ーーーーそうですね。ところで、飯田さんのご家庭では、食事に関する特別な習慣あったとか?



飯田さん「おたべごとですか。小学校のころまではどこでもやってると思ってたんですけど、珍しいそうで」



ーーーー少なくとも、私は他に聞いたことがありません。やり方についてうかがっても?



飯田さん「もちろん。まあそのまんま、ご飯を食べるだけなんですけどね。お食事だからおたべごとで」



ーーーー行う時期などは決まっているのでしょうか?



飯田さん「まったく決まってないですね。決める人、僕の時は父がやってたんですけど、その前はおばあちゃんがやってて、まあ分かる人が決めています」



ーーーー決める、というと何月何日にやるのかを伝えるということですか?



飯田さん「その日に言われますね。今日やるぞって言われて、そうしたらタンスから着物を出して」



ーーーー着物?



飯田さん「はい。女ものの。けっこういいやつだと思います。着心地もいいので。それをやる人が着るんですけど、今は僕がやってるので、女装ですね。まあ」



ーーーーやる人、というと、役割はどうやって決めるんですか?



飯田さん「うーん、言葉では表現しづらいんですが、分かるんです。とにかく。僕は父さんが決める人だな、って分かりますし、父の方も僕がやる人だと分かってると思います」



ーーーーなるほど、自然に決まる、と



飯田さん「そうですね。それが近いかな。それでご飯を食べるんです。特別なお茶碗とお箸で」



ーーーー特別というと?



飯田さん「手作りなんですよ。一回ごとに使い捨てで。お箸は竹をきれいに削ったもので、お茶碗は粘土をこねて焚き火で焼く、素焼きっていうんでしょうか。そういうものを使っています」



ーーーー手作り。それは作るのも大変なのでは?



飯田さん「まあ大変でしょうね。ただ父は案外楽しんでいて、逆に陶芸が趣味になっちゃったんですよ。本とかも買って、釉薬を塗って焼いて。うまくできたら食卓に並べたりね。おたべごとに使うのは素焼きのやつなのに」



ーーーーそれはまた、たくましいというか



飯田さん「結局楽しんだもの勝ちというか、やらされてると思うと気が滅入るだけですから。自分の好きな方に持っていければそれが一番いいんでしょう」



ーーーー真理ですね。準備はそれとして、食べる時のルールなどは?



飯田さん「絶対にしゃべらない。これが第一ですね。あとお米をこぼさないこと。お箸の使い方は徹底的に叩き込まれました」





 確かに、飯田さんの手元を見ると、パフェのコーンフレーク一つこぼしていない。テーブルはきれいなものだった。

 しつけというより訓練、それも厳しいものがなければここまではできないだろう。





ーーーーお米と言われましたが、おかずなどはあったのでしょうか?



飯田さん「ないですね。ご飯だけです。一つ一つ噛み締めるように食べてね。全部食べ終わって、着物を片付けたら終わりです」



ーーーーなるほど。では、そこまで時間はかからない?



飯田さん「そうですね。30分くらいじゃないかな?慣れていればですけど。だから儀式っていっても、そんな気にしたことないんですよ。やるのだって月に一度あるかないかですし」



ーーーーでは問題と言いますか、トラブルなどが起きたことは無いのですか?



飯田さん「一度だけ。僕って見た目女っぽいでしょ?それで絡まれることはよくあったんですけど。中学生のころ、特にたちの悪いやつがいて。友達だろ?とか言って人に無茶をさせようとする感じの」



ーーーーまあ、いますね。そういう人は



飯田さん「基本無視していたんですけれど、それが余計にかんさわったらしくて。どこから聞いたのか、うちが珍しい儀式をやっていることを知って、見てみたいなんて言い出したんです」



ーーーーそれを承諾したんですか?



飯田さん「まさか。来るなって強く言いましたよ。でもそう言うと余計燃えるっていうか、見たくなったんでしょうね。おたべごとをするときは早く帰りますから、そこでしつこく付いてきて。時間厳守ですから、しょうがないので連れていったんですよ」




ーーーーご両親はどう反応されたんですか?



飯田さん「母は、ちょっと不安そうで。儀式というより僕の学校生活の方ですね。そっちを心配していました。父さんはもう気にしていないというか、勝手にさせろって感じでしたね。父も昔はやる人だったみたいですし、そういうことには慣れていたんだと思います」



ーーーーですが、大人しく見ていただけではないですよね



「ええ。最初っから騒がしくって。着物を取り出した時なんかは写真まで撮ってね。何がしたかったんだか」



ーーーーそれでも儀式は続けたと?



飯田さん「はい。もちろん。やらないわけにはいかないですから。やり始めたら集中して声なんか聞こえなくなりますし、いつも通りに始めましたよ」



ーーーー儀式の途中で、そのお友達はどんな様子でしたか?



飯田さん「最初はうるさかったらしいですけど、だんだん怖がりだしたみたいですね。まわりをキョロキョロ見回したり、誰かいるのかって聞いたり」



ーーーーらしい、とは?



飯田さん「集中してましたからね。食べる以外のことは目に入らなくて。後で母から教えてもらったんですけど。最後には止めるのも聞かずに僕の肩を掴んで揺さぶったらしくて。たしかにあの時はなんか揺れるなーって感じがしたんですけど」



ーーーーそれは、儀式としては良くありませんよね



飯田さん「もちろん。絶対ダメです」



ーーーーどうなったんですか?



飯田さん「それは母さんも教えてくれなくって。ああ、ただもらったものがあるんですよ」



ーーーーもらったもの?







 飯田さんはネックレスを引っ張った。乳白色の石が揺れる。濁ってはいるが不思議な輝きで、赤い筋が幾本も通っていた。






飯田さん「全部粉々になっちゃったから、集めて樹脂で固めたんですけど」




「これ、そいつの歯なんですよ」

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