第05話 楼義の日常 1

 制服に腕を通す楼義ろうぎを不思議そうな顔で見つめる兎佳子うかこ


「おでかけ?」


 首を傾げると、腰まで伸びたサラサラの銀髪が朝日を浴びてきらきら躍った。

 雨の日に出会った少女を、結局家に連れてきてしまった。どこから来たのかも、どうして彷徨っていたのかもわからなかった。彼女はただ、逆葬儀屋を探していた。


「学校だ」

「ふーん。あたしも行こっかな」

「来なくていい。てーか、絶対来るなよ?」

「どうして?」

「お前が過死者かししゃだからだ。潤香うるかに見つかったらバレちまう。そしたら大変なことになるんだぞ」

「ふーん」

「理解したか?」

「うん!」

兎佳子うかこ

「うん?」

「……理解してないだろ」

「うん!」


 はあっ。額を押さえてため息を吐いた。

 彼女の見た目は小学校高学年か或いは中学一年生くらいだったが、喋り方や基礎知識からはもっと幼い印象を受けた。学校に通っていたのかどうか怪しい。もしも学校に通ってないのだとすれば、過死原因は親からのネグレクトである可能性が高かった。しかし、過死者かししゃだから知識知能が著しく低下し、そういう印象を受けるという可能性も充分にあった。どうあれ真実を明らかにするためには、死点戻してんもどしをするほかない。それをすれば過死状態オーバーデッドから回復することができる。それこそ潤香うるかに相談すれば簡単にできるだろう。彼女の“疾走する紫電サンダーランナー”は黄泉津ノ間よもつのま限定ではあるが瞬間移動する能力だ。死点戻しは黄泉津ノ間で過死者かししゃの精神体に生きた人間が触れることで発動する。ようは鬼ごっことやればいいのだ。瞬間移動できる鬼が負けることは合い。だが楼義ろうぎはその方法を先送りにしていた。


「どうしたの?」


 楼義ろうぎは無意識に彼女の瞳をじっと見つめていた。赤いビー玉のようなそれがころりと揺れた。兎佳子うかこに返す言葉もなく、気まずくなって視線を逸らす。


「なんでもねーよ」


 そもそも過死状態オーバーデッドはなぜ起きるのか。これは単純な死にぞこなったと言うわけではない。事故であれ自殺であれ一度明確に死んでいる。だが魂が冥界へ行けずに戻されて、自身の精神世界である黄泉津ノ間よもつのまを彷徨うことになる。こうなると過死状態オーバーデッドになる。明確に生き返ったわけではなく、魂は体の近くにあるが分離している状態になる。すると、記憶も判断力も曖昧な状態で過ごすことになる。

 魂が冥界に行けない原因は単純にタイミングだけの問題と言われている。この世の魂の絶対数は決まっている。輪廻転生。ぐるぐると魂が色を変えて回っているだけなのだ。しかし、それが今現在渋滞を起こしている。魂の待機場所であるガフの部屋が満杯なのだ。魂はガフの部屋で新しく生命が生まれるのを待っている。誕生の際にガフの部屋から魂が出ていき、体に宿る。だが、宿る体がなければ魂は出て行けず、死者の魂はガフの部屋に溜まって行く。人間は有限の生命ゆえ、必ず死者は出る。対して産むことは選択なので死者の数に対して多くも少なくもなる。死者に対して産まれる人間が多い場合はガフの部屋の魂が足りず、魂のない人間が生まれると言われている。今はその逆の状態なのでそんな人間が生まれることはないのだが、ガフの部屋に入れなかった魂が死んだ者の元へ戻って来てしまうと言う現象が起きている。

 過死者かししゃの足元にあったガラス玉は、戻って来たが体の中に戻れずにいる魂だ。

 死点戻してんもどしは黄泉津ノ間よもつのまでうろついている魂を体に戻すこと。そうすれば過死者かししゃはまともな状態に戻る。有り体に言えば、蘇る。それを生業としているのが逆葬儀屋だ。


 それならばさっさと兎佳子うかこをまともな状態に戻してやるのが得策に思える。鋼司こうしと同じように。しかし、兎佳子うかこと出会ったあの状況が楼義ろうぎをためらわせる。あまりに異常だった。雨の日に傘もささずに裸足で出歩いていたのだ。もしも彼女の過死原因が自殺ならばどうなるだろう。正気を取り戻した彼女は、もう一度死にかねない。そんな不安と共に、妹のことを思い出してしまい、決断できない。


「なあ、兎佳子うかこ

「なぁに?」

「お前は今過死者かししゃだから過去のこととかいろいろ忘れてる。でも、それとは別に楽しい思い出を作ろう。こう、人生悪くねえなって思えるような、さ」


 それくらいしかできない。申し訳なくて視線を逸らしてしまった。


「ねえ、ローギ」


 逆に掛けられた言葉に視線を戻す。


「なんだ?」

「あたし、ローギのこと好きだよ。すごく好き」


 突然の告白にうろたえ、カバンを落としてそれが足に当たり、悶える。


「な、なんだよ急に! どうしたんだよ!」


 必然的に声を荒げることとなった。


「さあ? どうしたんだろう? なんだかよくわかんないんだけど、懐かしい感じがしてローギ良いなーって思ったんだよねー!」


 兎佳子うかこは満面の笑みでばんざいする。


「……わけわかんねーぜ」


 照れ隠しに頭を掻いて視線を逸らすと、その先に時計があった。


「やっべ!」


 ドタバタと準備を済まして、アパートの扉を開ける。家を出る手前、振り返って釘を刺す。


「いいか? とにかく外には絶対出るなよ! あと、冷蔵庫の中のもんは適当に食っていいから!」

「はーい! いってらっしゃーい!」


 彼女が勢い良く腕を振ると、余った袖がバサバサと音を立てた。


(そういやあいつも、俺の寝間着をよく着てたな)


 楼義ろうぎは玄関のドアを締め、鍵穴を回した。

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