第06話 楼義の日常 2

 教室に着いた楼義ろうぎは、仲の良いクラスメイトの背中に目を向ける。頭頂部から緩やかに流れるウェーブ。その向こう側に見えるのは、ずらりと並んだ文字の群れ。それを見て眉をひそめる。


「まった難しそうな本読んでるなあ。理人りじん


 理人りじんと呼ばれた男子生徒は、パタンと本を閉じて振り返り、楼義ろうぎに栗色の目を向ける。


「おはよう、楼義ろうぎ

「ああ、おはよう」

「毎回思うんだけど、順番逆じゃあない? 普通、挨拶してから話しかけると思うんだけど」

「いいじゃねえか別に」


 楼義ろうぎの行動を否定している理人りじんだったが、嫌そうな素振りは見せない。なんだかんだ言って、こういうやり取りが嫌いではないと言うことらしかった。

 理人りじん楼義ろうぎをしばらく見つめて、ふふっと二重瞼の少し垂れた瞳を細めて笑った。赤みのある栗色の毛先が頬の近くで揺れる。


「なんだ?」

「なんかいいことあった?」

「どうして?」

「いや、いつもと雰囲気が違うから」

「そうか? 寧ろ厄介事が増えたんだがな」

「その厄介事が、まんざらでもないってことかなあ。ついにかみぎしさんと付き合うことになったとか?」

「な!? バカやろう! なんで潤香うるかと——」


 言いかけた途中で止まったのは、理人りじんの視線が自分の後ろ側に向けられたからだ。楼義ろうぎは視線を感じて後ろを振り返る。


「わたしがどうかしたの?」


 話題に上っていた紙岸かみぎし潤香うるかだ。首を傾げると艶のある黒髪の先が肩の上で踊る。


「あ、いや、理人りじんが変なこと言うからつい言っちまっただけで、別に潤香うるかが良いとか悪いとかって話はしてなくてだな」


 楼義ろうぎは頬を掻きながら視線を彷徨わせる。


「なんの話?」


 潤香うるかはズレたウェリントンタイプの眼鏡の蔓を押さえて整えながら、眉をひそめた。レンズの向こうの大きな垂れ目がきゅっと細められる。


「な、なんでもねえよ! たまたま潤香うるかの話が上っただけだから、気にすんなよ」

「変なの」


 潤香うるかは短く息を吐くと、踵を返した。首元のアンカーモチーフのネックレスが揺れる。それをブラウスの襟元にしまいながら、自分の席へと戻って行った。


「お前が変なこと言うから」

楼義ろうぎも素直じゃあないなあ」

「あのなあ」

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