とりとめのないこと
キヲ・衒う
私と太陽とアニミズム的信仰
偉大なる太陽よ、山よ。あなたは生を授けるお方、生と死の均衡を計るお方。
生をお納めください。死をお納めください。
私はおそらく山で生まれた。土の感触を足裏で感じるたび、舗装されたアスファルトから離れ、木に触れるたび、ここは私が本来いるべき場所だったという気がしてならない。
山は何者をも拒まず、何者をも受け入れない。ただそこに在る、鎮座する親しみと畏怖の象徴。
自由に空間を泳ぐ木の枝、流れる水。地を這う蛇。巣を張る蜘蛛。姿の見えぬ鳥。
胎動する生命。脈々と受け継がれていく生。感慨もなく事実だけがある命。
私は図々しくもその美しく雄大な山の中で「ここで生きて死にたい」と思ってしまった。当時の齢はまだ7、8歳。母が私をおなかに入れたまま何度も足を運んだという山に初めて踏み入った時だった。生まれる前から私はこの山を知っているのだ。
屹立する木立のなかに紛れたい、リターに埋もれていたい、ただただじっと山のその大きな存在を感じていたい。そしてやがて樹木が枯死するように、著しく水分活性の低くなった私が働き屋の微生物に分解されて土に還っていく。
すべてを刺し、その一方で温度と光を与える太陽が近くに見える。凪いだ表情で山に身を置く私を照らし出す。私というあまりにも小さい存在を克明に形作る。
自分の生きた証を残そうと焦る私。それでも何一つこの世に有意義なものなど作りだせなかった私を山が拒むことなく包み込んだ。私など最初からいなかったもののようにいさせてくれた。
全ての物は陰影があってはじめて形を認識する。光こそが私を作り出す。
照らし出された私のなんと醜いこと!世俗という朱に交わることも出来ない不気味な容姿。社会に迎合できるよう努力して取り込んだ俗物の匂いが取れぬ身体。
私は山という神聖で残酷な場所に交じり込んだ異物に過ぎないということを嫌でも教えられる。
でもそれでいい。私は私の欲のままに山で死ぬのではいけない。
間違いを体現したような私という存在を見つめ、今までの過ちを悔いて自分をひたすらに責めて生きねばならない。
囚人のように泥水をすすり、泣き疲れて泥のように眠り、朝露に濡れた草たちに起こされ、生き物を一切殺すことなく限界まで水をすする生活を送らせていただいて、やがて無に、生に還っていく。山の一部へと還元されていく。
死、再生、死、再生、死…
また新しい春が来て、きらめく光のなか染み出した雪解け水が流れる小川に、湿った土に、顔を出した土筆に、厳冬を耐え抜いた木肌に、私の醜い生は完全に覆い隠された。
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