第16話 夏奈視点 前編
山田さんのことが好き、と思ったのはいつのことだろうか。なれない土地、なれない一人暮らし、なれない仕事。初めての社会人経験にくわえて馴染めない空気。そんな私のガス抜きになってくれたのが山田さんだった。
友達と言うほどでもない。部署も違うから仕事で助けてくれることもない。だけどそんな距離感でありながら、お昼休みに顔を合わせればランチに誘ってくれて、部署が違うからこそ遠慮なく言える愚痴と、私の心が折れなかった要因の一つは間違いなく彼女だろう。
彼女が親し気に話しかけてくれるから、友人といるように一息つくことができた。彼女の雰囲気から、上司の突っ込みが怒りではないと気付けた。周りの空気に少しは馴染めるようになったのは、間違いなく彼女のおかげだ。
そんな彼女に好意を持つのに時間はかからなかった。とは言え、熱烈に燃え上がるほどにはお互いを知らない。もっと仲良くなりたい、そしてもっと好きになれたらその時は。そのくらいの気持ちだった。
少なくとも、野球観戦のチラシを見て難しい顔をしていた彼女を誘った瞬間はそのくらいで、今すぐ告白して付き合いたい! と言うほどはっきりした想いを自覚していたわけじゃなかった。
だけど混雑に乗じて思い切って手を繋いだその熱は、私の胸の中を恋で染めるには十分なものだった。
普段のランチでもわかっていたけど、食べ物の趣味は近くて、一緒に過ごして何一つ無理することなく心地よかった。
野球は山田さんに何度か話をふられることがあってたまに見るようになったくらいで、あんまりルールも知らないし、スポーツ観戦自体興味はなかった。オリンピックくらいはやってたらみるかな、くらいだ。
だけどこうして直にその熱狂した空気を感じ、隣の人と一緒にチームを応援すると言うのは思っていた以上に、ただの切っ掛けなんかじゃなく私の脳にその面白さを突き付けた。
すごく楽しかった。もちろん横に山田さん、もとい秋葉がいての楽しさなのはわかってるけど、すごいよかった。また来たい。
そして自分でも自覚しているけど、今日一緒にいてさらに好きになってしまった。だって好きになる要因しかない。私のすごい優柔不断なとこでたのに笑ってうけれてくれて優しいし。
まさかのお泊りにドキドキしてしまっている。意識しまくっている。さすがにまずいのでは、と思うけど、でもどうせ私には手を出す度胸なんてないし、これで断って好感度下がるよりはお互いに気安くお泊りするくらいの仲になりたくて受け入れるしかなかった。
「寝る前と言えば、ガールズトークが定番やろ?」
ドキドキして疲れるくらいで、そろそろ寝ようか、となって、秋葉が寝てくれれば自分はソファにでも行って寝よう。と思っていたのに、秋葉は同じベッドに寝転んで無防備なまま私を向いてそんな話題を振ってくる。
私は秋葉が好きだけど、秋葉は同性って対象外なのかな、そんな風にちょっとしょんぼりしながらも先に秋葉の好みを聞く。
向こうから話題に出したんだから自然だし、秋葉がはっきりしっかり異性愛者で同性は生理的に無理、と言うなら私も割り切って友人でいたほうがいい。秋葉のことは好きだけど、秋葉が今私の一番心を許せる友達なのも事実だ。友達を失ってしまうくらいなら、全く目が無いなら最初からこの恋をなかったことにした方がいいに決まっている。
好きになった人がタイプ、なんてもはや定番すぎて誤魔化すやつじゃん、と言うのを大真面目に言われてしまった時はからかってるのかな、とも思ったけど、大真面目なまま、性別関係ないと堂々と宣言されたのでとときめいてしまう。
だって、私は勇気が出なくて人に言えないことを、こんなに堂々と、自分に自信を持って言うなんて。そう言うところが、好きなんだと思い知らされてしまう。
いつも堂々として、そのせいでうっかり失言することもあるけど、それだって隠し立てしない。人に拒絶されるのを恐れずに口にだすことができる。いつも自然体で、何でもないように距離を詰めてくる。そう言うところが、ほっとする。私も気取らず、安心して全力で今を楽しむことができる。
そう言うところが、好きなんだ。
「……好き」
だから私の好みを聞かれて、うっかり告白してしまうところだった。慌てて好きなタイプはと続けることで誤魔化したけど、ばれてないよね?
ドキドキしながらも、ついに、同性が好きなのだと告白した。今まで、親にも友達にも内緒にしてきた。隠して隠して、地元も飛び出して、ここまできた。
そこでこうして、心の中を離せる友達ができた。それだけで、ここまできたかいがある。でも、もっと。もっとと私の心が叫ぶ。
もっと、深い仲になりたい。他でもない秋葉だから、恋人になりたい!
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