第9話 帰宅 これでレポ終了です。

「ねぇ、この後どうする?」

「うーん、晩御飯は食べるやろ? さすがにこのままバイバイはなくない? どう?」


 まだアルペン席の退場指示は出ていない。時間は五時になっていない。夕飯にもまだちょっと早いけど、解散には早すぎる。


 とっても楽しかったので、まだまだ余韻を楽しみたい。それに、今日一日で青山さんともずいぶん距離が縮まった気がする。ここはもう一歩踏み込んで、また一緒に球場に来るくらいの仲になっておきたい。

 いや、すごい楽しかったけど、試合数が多いだけに中々いつ試合に行くか踏ん切りはつかなさそうなんだよね。ナイターとかさらにハードル高いし。そんな時仲間がいるとまたこれそうだし。


 と言うか、普通に食べるものだと思っていたので、どうすると聞かれてちょっとドギマギしてしまった。解散の可能性あった? 実はあんまり仲良くしたいと思われてない?


「そうだよね、よかった。もうちょっと一緒にいたいと思ってたから、あ、その、変な意味じゃないけど」

「いやいや、そんな照れんでも。そんな風に言うてもうて嬉しいで。是非是非、語り合おうやん」

「そ、そう? よかった」


 青山さんはほっとしたように笑った。うーん、今までも大人しい可愛らしい人と思ってはいたけど、こうして長時間一緒にいると本当に細やかな気遣いをする人と言うか、実に可愛い人だ。


「青山さんってモテそうやなぁ。てかそう言えば恋人とかいぃひんの?」


 この観戦も家族や、なんなら友人でも申請すれば一緒に行けると言う話だったけど、野球に興味がなければ誘えないからね。今回私と来たからって別に恋人がいても全然不思議ではない。


「えっ、い、いないよ。全然いない」

「えー、そうなんや。いがーい」

「そう言う、山田さんは?」

「私? いるように見える?」

「……見えなくもない」

「えー、ほんま? って喜んでいいんか微妙やな。いぃひんよ」


 つまり私も青山さんもひとりものってことで、一緒に野球観戦するには絶好のタイミングと言うことだ。


「なぁ、青山さん、青山さんのこと、あ、退場してもええみたいやな」

「あ、うん。え、ちょっと待って、今の続き気になるんだけど」

「ああ、うん。その、青山さんのこと名前で呼んでもええかな? 仲良くなりたいなーって、うーん、改めて言うと恥ずかしいけど。ちょっと思て」


 アナウンスがあったのですぐ退場しなきゃ、と思って立ち上がったけど、青山さん的にはぶつ切りのほうが気になるみたいで腕をつかんで引き留められた。なので二人で立ったまま頬をかきつつ提案する。

 友達になろう、みたいに大人が言うにはちょっと恥ずかしいセリフなので、ちょうどタイミングがいいので歩きながらさらっと言おうと思ったのだけど、結果正面から顔を合わせて言うことになってしまった。


「あ、なるほど。うん、いいよ。じゃあ、私も山田さんのこと、秋葉ちゃんって呼ぶね」

「あー、ごめんやけどちゃん付けはやめへん? ちょっと恥ずかしいわ。呼び捨てでいいし」

「そ、そう? じゃあ、私のことも呼び捨てでいいよ」

「おっけ、じゃあ夏奈で。んじゃ、そろそろいこか」

「うん」


 夏奈も照れているけど笑顔だし、まあ照れくさいのはプライスレスと言うことにしておこう。


 二人で球場を出る。規制されて順番に出たというのにかなりの人だ。一斉に動いているから仕方ないけど、またはぐれそうなので手を繋ぐ。


「わっ」

「え?」

「あ、ごめん、一瞬驚いちゃった。はぐれそうだもんね」

「そうそう。声かけたほうがよかったな。ごめん」

「大丈夫だよ」


 行きは手を繋ぐのはなれなかったけれど、ぐっと心の距離がちかくなったからか、スムーズに手を繋いだ。と私は思っていたけど、驚かれてしまった。おかしい。行きは夏奈の方から手を繋ごうって言ったはずなのに。


「晩御飯までちょっと早いし、とりあえず大阪まで戻る感じ?」

「そやなー。夏奈、食べたいもんある?」

「んー、特にないかな。結構つまんだし、まだあんまり空いてないし。秋葉は?」

「私もそうやな。まだアイスお腹に残ってるし。まあ、考えながらぼちぼちいこか」


 帰り道、乗り込むときはもうぶつかってホームから落ちてしまうのでは? なんて危惧するくらいかなりの人だったけど、言っても元の車両内の人がそれほどでもなかったのもあり、満員電車と言うこともなく普通に乗れた。

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