第7話 目指せ逆転!

 四回が始まるところで一度トイレに行く。アルコールはぐいぐい飲んでしまうので、酔いが回るよりトイレが近いのが困りごとだ。

 マスクをつけてささっとすませる。うーん、ちょっとお酒臭い。コロナになってからあまり外で飲むことをしなくなったので、アルコールをとってからマスクをつけなくなっていたけど、こういう感じか。元々食後すぐにマスクをつけるのはあまり好きじゃないので、微妙な気分だ。

 マスク緩和のニュースもあったのでいっそ外したいくらいだけど、球場中にマスクをつけるよう看板を持った人もいるのでそうはできない。もちろん特別な事情でできない人もいるんだろうけど、ちょっと窮屈なくらいだとさすがに我慢しないとね。


 トイレに行ってから、ついでにポテトを買う。お腹は結構膨れているけど、まあおつまみくらい良いだろう。

 トイレに行ってちょっと風をあびたことで気持ちよく席にもど


「えっ」


 な、なんだって!? 逆転されてる!?


 出てすぐにちらっと見た掲示板の数字に驚いて二度見してから、慌てて席に戻る。


「あ、お帰りなさい」

「ただいま、じゃなくて、逆転されてるっ」

「あ、はい」


 まあね、目を離してる間に点をとられる可能性があることはわかっていた。でも逆転して空気が阪神よりになり勢いがきてると思ったのに、まさか逆転、どころかすでに三点もとられてるってどう言うこと!? 2対4て!

 阪神さーん、まじでやっちゃってるやーん!?


「えーっと、でもほら、まだまだこれからじゃない?」

「まあそうなんやけどぉ、はい、ポテト食べる?」

「あ、ありがとう」


 野球はルール上、最後の最後まで、何点差があっても最後の一回で逆転できる可能性があるゲームだ。だからこそ目が離せないし、勝ったなガハハ、と余裕ぶってると最後は負けてたなんてよくある話だ。

 私は青山さんと一緒に阪神の攻撃を見守る。


「あ、いまのはファールだけどいいあたりだったんじゃない?」

「そやな。向きによったら全然ヒットしてた!」


 それにしてもこうしてみるとファールが多く感じる。ファールの度に掲示板にもファール注意の文字がでる。距離が距離だけにちょこちょこ玉を見失うので掲示板でちゃんと確認してるのだけど、球場で見ると多く感じるのかな。

 それとも実際にオープン戦は本番より多くなるものなのか。ちょこちょこキャッチミスも両チームともでてるし。個人的にはそう言う試合のほうが物語があって見ごたえあるけど。

 お、またファールだ。


「ねぇ、基本的なこと聞くけど、ファールってストライクなんだよね?」

「あー、そやね。ストライク。ただ、ファールが決め手でアウトになることはないねん。やからストライクってカウントはされるけど、ファールを続けて何十球も一打席で打つことはできるんや」


 野球漫画ではわざとファールで受けることで投手を疲れさせる作戦、と言うのもあるくらいなので当然知っていたけど、現実だとそんな作戦はないだろうから青山さんはその辺がわかってなかったみたいだ。言われてみれば特殊なルールな気もする。


「そうなんだ、あ」

「あ!」


 ほ、ほ、ホームラン!! きたきたきたぁ!


「うぉぉぉ!」


 すかさず球場をつつむ歓声と流れだす六甲おろし。最後は私もちょっと口ずさんでしまった。ちょっと酔ってるかも知れない。ちらっも青山さんを見る。


「すごかったね!」

「ほんまに!」


 特に変には思ってないみたいだ。よしよし。


 と気分はよくなったところで、その次は普通に連続凡退。あっさりと入れ替わる。


「あちゃー、残念だね」

「やけど一点差、これはまだまだ逆転のチャンスあるで!」

「だよね!」


 と青山さんと励まし合いつつ、でもな、と心のなかの私が呟く。

 でもなー、ぶっちゃけ、阪神だからなー。と言う信頼感もあるのだ。一度勢いをつけて私を喜ばせてから負けるなんてよくあるパターンだ。喜べるタイミングで喜べるだけ喜んでおくし口では大きいことを言っておくけど、いつ負けてもいいよう心の準備はしておく。

 特にいま、せっかくのホームランで一点しかはいらなくて、続いて凡退と勢いは完全に消えてるし。


 私は去年、半分以上過ぎて相手が0点で阪神が大量リードしたところで気分よくお風呂にはいり、ゆっくりあがって髪も乾かしてからそろそろ結果でてるかな、と思ったら何故か負けてたことをまだ覚えているのだ!

 よし、こうなったら今のうちに景気付けだ!


 私は残りのチューハイを飲み干して手をあげる。


「青山さん、次何味がいい?」

「えっと、なんでも大丈夫だけど、大丈夫? 飲みすぎてない?」

「大丈夫やって。わたし、どんなに酔っても足腰にきたり帰れへんようになったことはないから」

「じゃあ大丈夫、なのかな?」


 と言うわけで三杯目に口をつけながら、私は阪神の再度の逆転を祈りながら見届けることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る