第十六話・友達の優しさ
かふぇこっとんで働きはじめて、三ヶ月経ったくらいから、時々、コーヒーを淹れるようになっていた。こずえさんが淹れるコーヒーのような風味が足りない。まだまだだと思うくらいには、コーヒーの味の違いが分かるようになったらしい。
接客はしなくていいと言われたけど、淹れたコーヒーの感想が聞きたくて、直接お客様のテーブルに運ぶようになった。
前向きな意識の変化が、あらわれはじめている。
睡眠導入剤を飲めば、途中で目が覚めることなく眠れるようになっていた。
「初めて会った頃と比べたら、顔色良くなったよね。無理してる感じもなさそうだし。もしかして、谷くんが送り迎えするようになったから?」
「それは、違いますって」と、否定しながらも、声がうわずってしまっていた。
こずえさんが私をからかうようになったきっかけは──。
五月の半ばに、谷くんは車を買ったらしく、私をドライブに誘うメールを送ってきた。嬉しかったけど、車内の狭い空間が平気かどうか、不安がよぎってしまう。不安がある間は無理だと思って、ドライブは断ることにした。
すると、その週の土曜日、私のシフトの時間内に、こっとんに来て、私の淹れるコーヒーを飲みたいと言ってきた。
「うん。美味しいと思う。これ、毎週土曜日、飲みに来て良いかな?」
と、断りにくい笑顔で言うものだから、頷くしかない。
それから、土曜日は仕事休みだからと言う谷くんの押しに負けて、土曜日の仕事の送迎が始まってしまった。
最初の数回は、谷くんの車の後部座席を選んだ。
谷くんは、怖いと感じない。それなら、助手席で大丈夫かもしれない。そう思って、何度目かの帰り道、助手席に座ってみた。
「平気そうだね。良かった。最近は、くだけた感じで話してるし、ようやく友達みたいな距離感になったかな。友達ってことで、良いんだよね、俺の一方的な」
「うん、友達だから、平気」
谷くんが饒舌になってるのを抑え込むように、かぶせ気味に言った。話を遮る物言いをした私を、谷くんは嫌な顔をするどころか、にこやかに見ている。その視線は、いやじゃない。けど、友達を見る目ではないのは、なんとなく感じていて、戸惑ってしまう。自惚れかもしれないけど。
「今度、都合があえば、ドライブ行かない? 遠出が無理なら映画観るのもアリかな」
どうして、私なんかを構うんだろう。もっと明るくて、はきはきしていて、どこでも一緒に行って楽しめる女の子の方が、谷くんには相応しいように思う。
「もしかして、うざい? 推しが強すぎる? ダダ漏れだろうから、開き直っちゃって」
「ダダ漏れって、なにそれ」
苦笑いを浮かべながらハンドル操作をする谷くんを、私は横目で見てみる。暗がりでわかりにくいけど、耳が赤いような。私の自惚れじゃないのかもしれない。
「うざくないよ。私なんかが友達って、楽しいのか分からないけど」
「卑下することないよ。実穂さんは、頑張ってる。なんか、上から目線な言い方でごめん。俺には言えないいろんな事情があるんだろうなとか、勝手に感じてる。言えないなら言わなくていいんだよ。気にならないと言ったら嘘になるけどね」
私が不快にならないように、言葉を選んでるのが伝わる。
「ありがとう。谷くんは、優しいね」
その優しさがどうやって培われたのか、谷くんのことをいろいろ知りたいと思うようになるまで時間はかからなかった。
優しさに飢えていたのか、本当に谷くんに惹かれていたのか、どっちだったんだろうか?
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