おまけep149 八重子の夢は銭湯でひらく

 都心には意外と古くから残る風景がある。


 商店街や社寺仏閣、戦争の傷跡すらおしゃれ通りに残る。そして銭湯もその1つである。


 徳永笑子。美容系の会社に勤める化粧バリバリの美人である。年齢は29歳。


 美容にかけては人に負ける気がしない笑子。ジム、ヘアサロン、美容外科でのシミ取りや美白はルーティンかしている。そして銭湯でのデトックスも日常の一部である。そんな笑子はサウナに15分籠城していた。


「ふっ、最初は5分もいられなかったけれど、ついに15分耐えられるようになった(*真似しないでね)。私の水分は常に入れ替えられ美しいまま。もはや汗も水のようにサラサラよ。。」


 さて、水風呂に沈もう。あの瞬間が気持ちよくてやっているのよね。笑子はサウナを出ると、水のシャワーで汗を流し、すぐに冷たい水風呂に入り深く沈む。


「ふぅぅぅっ!たまんない~!きもっちぃー!」


 さて、そろそろ一度ジャグシーに入って、帰ろうかと。笑子はジャグジーに移動した。今日はいつもより人が多いかな。混雑はしていないけれど、3つあるジャグジーの2つは先客がいる。目を合わせず、なんの興味もないそぶりで笑子は空いているジャグジーに侵入した。


(はぁ、、あっつい。これで今日のビールは美味しいわね。・・・ん?隣の人、若いわね。珍しい。この銭湯は結構年齢層が高いのに。。)


 ちらっと見たけれど特に興味はない。実は笑子、百合で育った生粋の百合好きであった。しかし自分自身が女性である。裸の女性が隣に居ようが、そんなのは慣れているからなんとも思わない。好きな人の体だけがドキドキさせるものである。


 笑子が銭湯から上がり、水気を拭いて服を着ると、ノーメイクのまま軽く化粧水をつけてドライヤーで髪を乾かしていた。ノーメイクの笑子は、メイク後の笑子とは別人であった。決して顔が良くないわけではない。いつもより全体的に薄いだけだ。特に笑子はほぼ眉毛がなかった。


(風呂上がりなのに、、眉毛だけは描かないといけないなんて、、でもコンビニには行きたいから仕方ない。。)


 笑子が丹念に眉毛を育てていると、気がつくと隣には先ほどの若い女性が座っていた。そしてじっとこちらを見ている。


(なに?・・・すごく見てるんですけど。。え、なに?なにか取って欲しいとか??)


「あの、、なにか?」


 笑子がしびれを切らして隣の女性に問いかけると、


「あ、ごめんなさい。ちょっと気になって。」

「なにがです?」

「んー。なんでも、、いや。まぁいいか。えっと、眉毛の描き方が、、」


 これには笑子、むかっときた。これでも美容には自信があるの。美容系の会社で何年も鍛え上げられた知識の塊よ?


「は?おかしいと言いたいんですか?」

「いえ、おかしくはないです。でも、、変えたらもっとあなたが綺麗に見えるなって思って。」

「はぁ?」


 むかついた笑子はその女性の言葉を無視してその場を去ろうとした。その時、


「あ、ごめんなさい。私、コミュニケーションが下手で。実は私、メイク動画を配信しているもので。。」


 振り向く笑子。

(なに?ちょっと有名程度でも私はメイク動画には結構目を通している方よ?)

 隣の女性の顔をじっと見る笑子。もちろん、隣の女性もすっぴんである。


「・・・? え?うそ、、」


 笑子は震えた、、


(待って?う、嘘でしょ?この藪睨みの地味な顔、、銀杏のような薄い存在感、、私が見間違えるわけがない!この人は、、この人はっ!!!)


「も、もしかして、、木綿豆腐冷やヤッコ様、、あの、神メイクの、、そして、そして、、美人百合漫画家神三家の一人っ!!!!」


「あ、ご存じでしたか。嬉しゅうございます。もし宜しければ、私に描かせてくださいますか?」


「そ、そんなっ!もったいのうございます!!え、お願いします!!」


「では、ちょっと拝借。」


 八重子、メイクの舞!参る!はぁぁぁぁぁぁ!あいーやぁ!!シュッ!シュッ!


 神の所業は、たった3秒で決まった。


「な、なんと!!完璧なまでの眉毛!これぞ、人類が求めしカーブ!!!!」


「ヒヒヒ・・・お気に召したようで何よりです、、では、私はこれで・・・。ああ、今日は気分が良い。よく寝られるに違いない・・・。」


 笑子は感動で震えていた。だって、だって、ずっと憧れていた神メイクのヤッコさんがここに居るなんてっ!どうしよう、このままでは帰ってしまう。またいつ会えるかなんてわからない。まって、待ってよぅ!ヤッコ様っ!!


「お、お待ちくださいっ!!木綿豆腐冷やヤッコ様ぁぁぁぁぁ!!!」


 笑子の叫びは男湯まで響いたという。


「あの、、その名前で叫ばれると、猛烈に恥ずかしくて消えたくなるのですが、、」

「あ、ご、ごめんなさいっ!つい。。あのっ、私ずっとファンだったんです!」

「あらあら。それは嬉しいですね。八重子、感涙です。」

「お願いです!少しでもお話しをっ!そうだ!風呂上がりのビールを是非!私にご馳走させてください!!」

「んー、私はコミュ障なので、、きっと幻滅させてしまいます。では失礼。」

「嫌っ!私はコミュニケーションモンスターと呼ばれていますっ!きっとヤッコ様を楽しませて見せます!!お願いです!1杯だけですから!」


「困ったな、、でも、今日はなんか良い1日だったから、これも天命かもしれない。では、1杯だけ、、ヒヒ。」

「や、やった!ありがとうございますっ!!!なんてラッキーな日だろう!!」


 こうして、美容コミュモンスター笑子と、木綿豆腐冷やヤッコは眉毛を縁に出会ったのだった。


 続く。

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