第4話 忠実なる従者



「姫さま、ただいま戻り──」


 残っていた花弁をすべて抱えて地下室に降り立ったディオンは、しかし途中で口をつぐんだ。すうすうと寝息を立てている主の姿を認めて、ふっと相好を崩す。


(……眠ってしまわれたのか)


 名も知らぬ赤髪の女性の傍らで、彼女の身体に突っ伏すようにして眠っている。

 そばを離れていたのはほんの一、二分であったのに、ディオンが戻ってくるまで耐えきれなかったようだ。警戒心もあったものではない。


(まったく、困ったお方ですね。姫さまは)


 持ってきた花弁で手早くルイーズの寝台を拡張し、ふたりが並んで寝られるほどのスペースを確保する。そうなると、さすがにこの地下室では手狭で窮屈感が出るが、ほかでもないルイーズがそう望んだのだから致し方ない。

 ディオンは眠っているルイーズを起こさないよう抱えあげ、小さく息を吐いた。


(……この女はおそらく荒野流しにあった者でしょうね。罪人の香りはしませんが、はたしてなんの罪を犯したのやら)


 ザーベス荒野は、およそ人が生き抜ける環境ではない。

 それゆえに、人界──とりわけここディステラ国では、罪人の処刑場としてしばしばザーベス荒野を用いる。ディオンは、そう風の噂で聞いたことがあった。


(あえてこの場所が選ばれるのは、罪人の処刑になにかしら不都合があってひた隠しにしたい場合。となると、王宮絡み、でしょうか)


 通称〝荒野流し〟。

 それは、処刑者を着の身着のままザーベス荒野に放置するという、ごくごく単純かつ明快な処刑法だという。連行する際は王家が携える竜を用いる。よく躾けられた竜は罪人をザーベス荒野に捨て置くと、利口にもひとり王都まで帰還するそうだ。

 命あるままというのは一見甘いようにも思えるが、その実、至極残酷だ。ただでさえ毒素にまみれた地──食糧もなければ、水源もない。加えて昼夜の気温差という猛撃にあえば、普通の人間はそう長く持たないだろう。

 惨い所業だ。どうせ死ぬのなら、いっそ……とディオンなら思う。


(なんとも恐ろしい生き物ですね、人とは。回りくどくて、ねちっこくて、悪魔とは大ちがいです。サクッと殺してあげた方が、まだ慈悲深いと思うのですが)


 感覚のちがいなのだろう。理解はできそうにないが、べつにいい。

 ディオンが〝たとえどんな生き物でも受け入れる〟のは、いまも昔もかつての主と現在の主だけだ。その他大勢の人間など、無機物にも等しいほど興味がない。


(目覚めたとして……もしも姫さまに危害を及ぼすようならば、自分は容赦なくあなたを殺しますよ。それが自分の使命ですから)


 たとえルイーズに泣かれても、嫌われても。

 本当の意味で彼女を守るためならば、いくらでも心を捨てられる。

 女にひどく冷めきった目を向けながら、ディオンは腕のなかで眠るルイーズの頭に頬を預ける。まだ子どもの、幼さに満ちた香りが鼻腔をくすぐった。


(……ねえ、姫さま。姫さまなら、きっとわかってくださいますよね)

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