第28話 誘い
数日寝込んだ。
失恋とか、ジェンドゥの事とか。色々──というかジェンドゥの事を考えてたら何も手につかなかった。
ジェンドゥを仲間に出来ればワンチャンあると思ってたがそれ以前の問題だ。
ジェンドゥ、どう考えても魔王軍のスパイだよな。俺の事も魔王軍に報告しているのだろうか。せめて俺の固有特性について話す前で助かったと考えるべきか。
今考えると怪しい点もいくつかあった。
霧雨平原でネトルーガの所に乗り込んだとき拘束されていなかったり、勇者の暗殺騒ぎで皆が不安がってる時に一人だけ機嫌よかったりとか。
「はあ・・・・・・」
憂いを帯びたため息を漏らしていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「勇者殿! ご機嫌麗しゅう!」
「ロベっち。今の俺がご機嫌に見えるか?」
「では今からご機嫌になればよろしい!」
なにやらロベっちが上機嫌だ。顔もツヤツヤとしており非常にウザったい。
「そんな事より聞いて下され勇者殿。各街を襲っていた魔王軍がダンジョンに撤退していったのですぞ。これは間違いなく人間の勝利! 反撃の時が来たのです!」
「ああ、そういえばそんなのあったね」
王都は最初の一回以外攻撃が来ていないから忘れていたが、そういえばそうだった。
「損害はほぼ無し。むしろ呆気なさすぎて拍子抜けなぐらいですぞ。やはり戦力の分散など愚策。所詮は魔族の浅知恵でしたな。この辺境伯に挑むなど100年早い。ぶわっはっはっは!!」
ロベっちが上機嫌すぎてウザすぎる。今こっちはそんなテンションに付き合える気分じゃないんだ。とっとと帰ってもらおう。
「んで、何のようだよ」
「? いえ、我が国の戦果を自慢しにきただけですぞ。今回で魔王軍は我が国民の力で退けられると判明したのですからな。勇者殿はしばらくこの部屋をため息で埋め尽くす仕事でもしていてくだされ。それでは」
ロベっちはそう言うと高笑いを響かせながら嵐のように去っていった。なんなんアイツ。最近俺の事舐めてないか?
〇
部屋にいるとロベっちがウザそうなのでダービースタイルで外に出る。
ロベっちの口ぶりではしばらく俺にお鉢が回ってくる事は無さそうだが、それはそれとして仲間の問題は解決しなければならない。
こういう気分が落ち込んでいる時は何かをしている方がいい。そう思い気分転換も兼ねて冒険者ギルドに向かっていると
「お?」
脳天に軽い衝撃。
何事かと衝撃のあった場所を触ると、吸盤付きの矢と手紙がついていた。
「矢文・・・・・・?」
周囲を見渡すが、当然ながら下手人の姿はない。・・・・・・このタイミングの矢文は嫌な予感しかしないな。不審に思いながら手紙を開く。
『お前がフマイン教徒でない事をバラされたくなければ霧雨平原に一人で来い
ジェンドゥ 』
「やっぱりそうなるよな・・・・・・」
これはジェンドゥにバレた俺の弱点だ。とはいえ、これは無視してもいいレベルだ。なんせ証拠がないからな。神話の再来である勇者にそんな噂を定着させるなんて無理が・・・・・・あ。
俺の脳裏に奴隷を買いに行った時のことが過ぎった。
あの時はガッツリ素顔だった上に奴隷商と媚びナイフにフマイン教徒でないことがバレている。
今の所街でそんな噂は聞いたことがない。だが悪評なんてのは一度流れ出したら止めようがないのが厄介だ。正直致命的な事でもないが、わざわざ評判を落とす必要もない。
・・・・・・仕方ない、行くか。これも俺の安定的チヤホヤライフを守るためだ。
それに、もろもろ決着つけたいしな。
〇
快晴の中、一歩を隔てた先で霧雨の壁が目の前に広がる。いつ見ても異様な光景だ。
俺が本気を出せば馬車で数日かかった旅程も一瞬だ。
だが霧雨平原は広い。具体的にどこに行けばいいんだ?
そう思いながら霧雨の壁の周囲を歩いていると、俺を呼ぶ声が聞こえた気がしてそちらへ向かう。
「ユウシャノバーカ! ユウシャノバーカ!」
「ユウシャノアホ! ユウシャノアホ!」
「ユウシャノマヌケ! ユウシャノマヌケ!」
「なんだこのムカつく鳥は」
そこには勇者を罵倒する言葉を壊れたラジオのように連呼する三つ首のインコみたいな鳥がいた。これも魔物か?
クソ鳥は俺が近づくと霧雨平原の内部へゆっくりと低空飛行を始めた。見送るとギリギリ見失わない程度の距離で滞空して煽ってくる。
まさか魔王軍の用意した案内役か? ムカつく事するなぁ。
急に帰りたくなったがここまで来て帰るのも癪なので仕方なく後をついて行く。
〇
「勇者は素敵。勇者は素敵」
「ユウシャノマヌケ!」
「勇者はイケメン。勇者はイケメン」
「ユウシャハバカイケメン! ユウシャハバカイケメン!」
クソ鳥に俺を讃える言葉を覚えさせて遊びながら霧の中を進む。だいぶ歩いたがいまだに他の魔物には会っていない。だが十中八九、どこかで奇襲なり罠なりがあるはずだ。そして、その中にはジェンドゥの姿もあるだろう。俺はそのとき・・・・・・どうすればよいのだろうか。
ジェンドゥは魔族でスパイだ。冷静に、合理的に考えるなら殺すべきだろう。でも俺はジェンドゥの事を知りすぎた。野良サキュバスでさえ殺せない俺にそもそもそんな事は出来ない。
「ふぅー」
いや、俺は最強の勇者だぞ。何をウジウジ悩んでいる。重要なのは俺が
「ジェンドゥ・・・・・・」
赤毛の少女の愛嬌のある笑顔が脳裏に過ぎる。明るさの裏に隠れた陰を、ナイフを見て子供のようにはしゃぐ様を思い出す。
俺は、まだ・・・・・・。
「ジェンドゥノアホ、ジェンドゥノアホ!」
「おい変な言葉覚えるな!」
慌ててクソ鳥に別の言葉を覚えさせようと四苦八苦していると、すり鉢状に加工された場所についた。
「ジェンドゥイケメン!」
どうやらここが目的地なのか、クソ鳥はすり鉢の上空を飛んでいる。
底を見下ろすが、かなり深いのか、底は霧に隠れて見えない。壁面は登りづらくするためか、ツルツルとしている。降りるのは容易だが、登るのは難しい。まるで蟻地獄の巣だ。
どう見ても罠。下に降りれば何が待っているのか分からない。十中八九、魔王軍がレベル999の勇者を殺すために用意した罠だ。
「おもしれぇ。俺を殺せるもんなら殺してみろ」
なんせ俺自身が自分が何をされたら死ぬのかよく分かってないのだ。
意気揚々と一歩を踏み出す。
つるり
「あ」
思ったより地面がツルツルだったせいで踏み出した足が滑る。そのまますっ転んでツルツルの坂を滑り落ちていく。
「あぁぁぁあああああ!」
しばらく滑ったあと、底と思しき平面で何とか止まる。
痛くはないが、ビックリした。というかこれ魔王軍の罠なんだから今の醜態も見られてるんじゃないか?
「ユウシャノマヌケ! ユウシャノマヌケ!」
「ちょっと黙れお前マジで」
追いついてきたクソ鳥を追い払いながら周囲を観察する。底はかなり狭い。俺が横になれるぐらいか? 他には何も無く、非常に殺風景だ。
斜面はツルツルで地上は見えない。とはいえ俺が本気出したらこんなの余裕で登れはする。魔王軍はこんな事してどうするつもりなんだ?
「おーい。底についたぞー。何かするならしてくれー。ジェンドゥー、いるんだろー」
地上に向かって呼びかけるも、声は虚しく霧に溶けていく。
「ヒマだねー?」
「ユウシャハヒマダネ! ユウシャハヒマダネ!」
そのまましばらく待ち、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃、変化は突然起きた。
『『『『ザフォール』』』』
「ん?」
地上の方で何かが聞こえた。
何か来るのかと身構えたが、何も来ない。何だったんだ?
「何も起きないじゃん。ん?」
暇つぶしにクソ鳥に変な言葉を教えて遊んでいようかと思ったが、傍を飛んでいたはずのクソ鳥の姿が見えない。どこに行ったかと辺りを見ると、地面にいた。だが様子がおかしい。
「グ・・・・・・キュ・・・・・・ユウ、シャ」
「え、おいどうした。具合悪いのか?」
地面に横たわり、苦しそうに痙攣するクソ鳥。さんざんクソ鳥クソ鳥と言ってきたが、そんな助けを求める目でユウシャなんて呼ばれるとちょっと情がわく。
とりあえず起してみるか。そっと頭と体の下に手を入れる
「よっと、ってええ!?」
すると支えていなかった足や羽がちぎれてしまった。驚いて手を離すと、クソ鳥の体は異常な加速を見せ、潰れたトマトのように地面に叩きつけられてしまった。
「ク、クソ鳥ぃい!」
なんだ今のは! 十中八九さっきの声、というか魔法のせいだとは思うが。今の急激な加速、まさか重力魔法的なものか?
『【ガードブレイク】』『【パラライズ】』『【パワードレイン】』『【スロウ】』
さらに四方八方から、呪文と共に体に悪そうな光が舞い降りてくる。呪文から察するに
光に触れてもあまり効いている気はしないが、いいようにされるのも癪だ。
「【烈風弾】」
霧でよく見えないが、大まかに当たりをつけて敵のいそうな場所に魔法を打ち込む。殺すつもりはないので威力は弱めだ。だが相変わらずデバフは飛んでくる。
うっとうしいな。ビビって逃げてくれればよかったんだが、そう簡単にはいかないか。
さてどうしたものか。別にこの程度普通に逃げてもいいんだが、そうしても結局今回のように脅されて呼び出されるだけだ。どうすればコイツらは諦めてくれるだろうか。
「うーん。ん?」
思案しているとデバフの雨がピタリと止んだ。諦めてくれたのかと思ったが、そうでは無かった。
『【フレイムアロー】』『【サンダースピア】』『【ポイズンボム】』『【トルネード】』
降り注ぐ炎の雨、大地を貫く雷、漂う紫煙、それらを巻き込んで凶悪さを増す死の竜巻。どうやら作戦が第二段階に移ったらしい。
『『『『メテオ』』』』
まるですり鉢に蓋でもするかのように赤熱した巨岩が落ちてきた。巨岩はすり鉢の壁面を破壊し、底を押し広げるように迫り来る。
なるほど、これが魔王軍の考えた俺を殺す作戦か。大量のデバフをかけた後に一方的に遠距離魔法で攻撃する。悪くない作戦だ。まあ俺に効きはしないが。
「せい!」
眼前に迫った岩を軽く小突く。その瞬間、衝突のエネルギーは莫大な熱を産み、弾けた。爆風が全てを押し流し、後には何も残らない。俺以外は。
「うし、広くなったな」
巨岩の爆発により狭苦しかったすり鉢の底は開け、広大なクレーターと言うべき状態になった。これなら帰るのも楽だ。
それよりも今ので良い事がわかった。それは作戦を指揮する奴の存在だ。完全に統制のとれた動きはそうじゃないと説明つかない。おそらくソイツを戦闘不能にすればこの作戦も止まるだろう。
じゃあこの作戦を指揮するのは誰か。少しだけ心当たりがある。
魔法の雨が止んだタイミングを見計らって声を張り上げる。
「おい! ネトルーガ! いるんだろ! こんなせせこましい事してないでよぉ! サシで決着つけようや!」
確たる証拠はない、完全なカマかけだ。だが俺には確信めいたものがあった。理由は2つある。1つは奴が死んだ後もレベルが下がらなかった事。これは奴が自殺したから経験値が入らなかったのかと思ったが、そもそも奴が死んでいないと考えても辻褄があう。
もう1つは魔王軍の混乱の無さだ。四天王とまで呼ばれる奴が死んだというのに、魔王軍はその後すぐに俺に暗殺をしかけ、直後に侵略を仕掛けてきた。どちらも失敗に終わってはいるが、この迅速な対応は怪しい。
どーよこの推理。ちょっと冴えてるんじゃないか?
「・・・・・・」
あ、あれ?
自信満々で先方のアクションを待つが、何も起こらない。もしかして普通に間違った? 俺見当外れなこと言った?
「ネトルーガのバーカ! ブサイク! 見掛け倒し!」
試しに悪口言ってみるが何も起きない。霧の中を痛々しい沈黙が漂っている。
推理外れたのかな。だとしたら恥ずい。
というか何で何も起きないの。俺が滑ったみたいじゃん。
「おーい。あのー。だれ・・・・・・っか?」
唐突に胸に走った痛みに視線を降ろす。そこには見覚えのある血塗れのナイフが生えていた。どこか懐かしい感覚だ。ナイフを抜こうと手を後ろに伸ばすと、先に引き抜かれる。
「あー、ジェンドゥ。いたのか。気づかなかっ・・・・・・!」
振り返る前にさらに追加で膵臓の辺りを刺された。
流石に何度も刺される趣味は無いので少し距離をとる。
「おいおいジェンドゥ。ひでぇじゃねぇか」
そこには荒い息をつき、血塗れのナイフを握りしめたジェンドゥが俯いていた。そのナイフはいつぞやパレード中に俺を刺したナイフだ。あのナイフが特別なのか、それともジェンドゥが強いのか、不意をついたとはいえ俺に何度も傷をつけるとはなかなか侮れん。
「シッ」
ジェンドゥが流れるような動きでナイフを突き出す。来ると分かっていれば避けるのは容易い。紙一重で避けながら説得を試みる。
「落ち着けよジェンドゥ。たぶん俺たちには何か誤解があるんだよ。一回武器を置いて話し合えばきっと・・・・・・」
「うるさい!!」
怒声とともに振り回されたナイフに少し距離をとる。ジェンドゥはビっと俺にナイフを向けた。
「誤解もクソもあるか! ボクはアンタにナイフを向けている! これが全てだろ!」
「敵意の欠片もないナイフをか?」
「っ!」
俺が最初の奇襲に気づけなかったのはジェンドゥの攻撃に敵意が無かったからだ。それはこうして向かい合っている今もだ。
「何か理由があるんだろ? 誰かに脅されてるとかさ。話してくれれば解決出来るかもしれないぞ。なんせ俺は最強の勇者だしな」
「うるさいうるさいうるさい! もうボクは戻れないんだよ!」
瞳に涙を浮かべながら斬りかかってくる。まるで駄々っ子だ。仕方ない、一度痛い目見せて頭を冷やすか。
「【烈風弾】」
「ぐっ」
突風によりジェンドゥが吹き飛ばされゴロゴロと転がる。烈風弾は殺傷能力の低い魔法ではあるが、まともにくらえばしばらく動けなくなるくらいのダメージはある。
「どうだジェンドゥ。頭は冷えたか。ってお前それ・・・・・・」
破損したジェンドゥの防具の下、下腹部のあたりに図形と蔦がのたうったような特徴的な文字で構成された紋章が刻まれていた。それと似たようなモノを俺は見たことがある。霧雨平原の魔王軍基地から救出された奴隷達に刻まれていたのと似たモノだ。
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