第30話 閑話・魔王軍にて
人々が未開拓森林領域と呼ぶ地域。その最奥のどこか。そこに魔王軍の本拠地があった。
異形の存在が闊歩するその地のある一室に、一際強い存在感を放つ者達が集まっていた。彼らは他の者達からこう呼ばれている──四天王、と。
「クックック。ネトルーガがやられたようだな」
黒いフード付きのローブを羽織ったナニカが喉を鳴らす。ローブの下には闇が蠢くばかりで、その正体を窺い知ることはできない。
「ふん、奴は四天王の中で最強」
無数の尾を生やした女が優雅に脚を組む。何より目を引くのはその腰から生える多種多様な尾だ。ネコや犬などを思わせるモノから魚、蛇のようなモノまで。果ては連なった石のような尾や実態を持たず揺らめくもはや尾と呼べるのか怪しいモノまである。
「ワタクシは四天王の面汚しです・・・・・・」
首から『ワタクシは役立たずです』と書かれた札を下げた女がくしゃりと顔を歪めた。その瞼は腫れ上がっており、さんざん泣き腫らしたのがわかり、整った顔立ちが台無しだ。その宝石のような両眼からはさらに大粒の涙がポロポロと零れ落ちている。
「おいおい。何度も言ってるだろう? 『姫君』よ。ネトルーガが死んだのは奴の独断専行が過ぎたためだ」
「でも、でもぉヘイター様。ワタクシがもっとちゃんと情報を集められてれば、こんな事にはぁ。何なんですか、レベル999の勇者って。まさかホントだなんて思わないですよぉ」
「むむむ。いやでも逆に考えよう。レベル999の勇者がいることをネトルーガに伝えたとして、奴は思いとどまっただろうか? あの猪突猛進な男だ。逆に燃え上がって突撃していったのでは?」
「たし、かに? ワタクシ、わるくない?」
流れる涙がようやく止まる。
「くだらん。ネトルーガも貴様も無能だった、それだけじゃろう」
「こら、ハラミタマ!」
ハラミタマと呼ばれた女の暴言に『姫君』が再び顔を伏せて泣き出す。
「なんじゃ?」
「おまえ、少しは遠慮というものを」
「無能に無能と言ってなにが悪い? そもそもレベル999の勇者などという眉唾ものの噂を信じているのがその証左よな。本当にそんな存在がいるなら、とっくに魔王軍は滅ぼされておるわ」
「で、でもぉ。ネトルーガ様は実際に倒されて・・・・・・」
「はぁ。少しはモノを考えろ。その勇者が実在したとして、ネトルーガ以上の強さは確かに持っているのじゃろうが、単独で魔王軍を滅ぼせるほどではない。レベル999というのは噂に尾ひれがついただけか、人間の流した誇大広告じゃ」
「なるほどぉ・・・・・・さすがハラミタマ様。年の功ですね」
「殺されたいか貴様」
「ひぃん」
凄むハラミタマと縮こまる姫君。それを仲裁しようとするギー。場は完全に混沌に陥ろうとしていた。
ドン!
そこに響く打撃音。水を打ったような静寂が広まる。
3人の視線がその音の主に集まる。
「さっきから聞いてりゃごちゃごちゃと。ガキかテメェらはよ!」
見た目としては人のオスに近い。だがその体躯は傷1つない白銀の物質で構成されていた。その頭部からは極太の一本角のような構造が前に突き出すように生えている。
「魔王様・・・・・・いらしてたのですか」
「初めからいたわボケ!」
怒声をあげる魔王。だが四天王達に怯える様子はない。それもそのはず、魔王にとってはこの態度が通常運転なのだ。魔王はいつも何かにイラついている。既に四天王達にとっては慣れたものだ。
「ひぃん・・・・・・ひぃん・・・・・・」
姫君を除いてだが。
姫君は姫君でいつも何かに怯えているので問題はない。
「今重要なのはその勇者ってヤローをどうにかする方法だろーが。俺らがケンカしてる場合か。あぁん!?」
「は! 申し訳ありません」
「ひぃん」
「ふん」
頭を下げるヘイター。姫君は縮こまって震え、ハラミタマはそっぽを向いた。
「しかし実際問題どうしたものでしょうか。ネトルーガは魔王軍の総指揮官でありながら最強の戦士。しかもネトルーガを殺した勇者は、ネトルーガにかけた魔王様の加護の副作用でさらに強くなっているでしょう。奴に倒せなかった勇者をいったいどのように倒したものか」
「なんなら俺様が行ってやろうか」
「いえいえいえ!確かに魔王様が出れば勇者なんぞ敵ではないでしょうが、万が一ということもあります。魔王様はこちらで吉報をお待ちください」
立ち上がった魔王を慌てて止めるヘイター。それを見たハラミタマが嘲笑うような視線を向けた。
「ふ、過保護よのうヘイター。素直に言ってやればよい。魔王では勇者に叶うまい、と」
「黙れハラミタマ!魔王様は我らの結束の旗印だぞ。決してその御体に傷をつけるワケにはいかん!」
「案ずるな。もしもの時は妾が魔王の跡を継いでやろう」
「貴様!」
「だからケンカすんなテメェら」
「ぐあ!」「いたっ!」
目にも止まらぬ速さで動いた魔王がヘイターとハラミタマの脳天に拳を振り下ろす。魔王の速度に反応できず無防備にくらった2人は頭を抱えてうずくまった。
「ったく。おいヒメ」
「ひぃん。たたかないで……」
「叩かねぇよ。いいから仕事しろ。このバカ2人に任せてたら話が進みやしねえ。テメェはあの勇者、どう攻略する?」
「ふぇ、ふぇえ?」
あわあわと視線をさ迷わす姫君。
その目の前でバカという言葉に反応したハラミタマが魔王に掴みかかり、それを見たヘイターがハラミタマに掴みかかった。
そんな混沌とした状況を魔王は完全に無視し、魔王はゆっくりと姫君の回答を待つ。
「あの、その」
やがて姫君がおどおどと自信なさげに口を開いた。
「い、今のままでは情報が足りないと、思います」
「ほう?」
「ネトルーガ様が勇者に敗れたのも、考えようによっては『正攻法で勇者は倒せない』という『情報』だと、思います。だからまずは勇者の弱点を探るべき、だと思います。たぶん」
「しかし勇者に弱点なんてあんのか?」
「分かりません。有るかもしれないし、無いかもしれません。その判断をするためには、勇者のあらゆる情報が必要です。勇者の身長、体重、使う技、魔法、武器、防具、好きな物、嫌いな物、趣味、嗜好、性格、性癖、過去、友人、恋人、生活環境。何のために生きていて、何のためなら死ねるのか。・・・・・・それらが分かれば勇者の弱点も見えてくるはずです。たぶん」
「ははっ」
「すみませんワタクシなんかが偉そうに語っちゃって質問の答えになってなかったですよねすみませんこうなったら今すぐ勇者に特攻して刺し違えてきま」
「おい聞いてたかバカ2人!コレが知性ってもんだ!」
振り返った魔王の視線の先ではヘイターを尻に敷いたハラミタマが足を組んでいた。ハラミタマは神妙な顔をしながら1つ頷く。
「ふむ。確かにな。我らはネトルーガが敗北したという事実だけに囚われておった。完璧な生命なぞ妾以外に存在しない以上、欠点もどこかにあるのが道理だ」
「・・・・・・」
ヘイターは何も答えない。タダのしかばねのようだ。
「よし方針は決まったな」
「ひぃん?」
「ヒメ。まずはテメェが言った通り勇者の情報を集めろ。そしてそれは諜報部門の長であるテメェの役目だ。できるな?」
有無を言わさない雰囲気の魔王に視線をさ迷わせる姫君。だがやがて観念したのか、ヤケクソ気味に胸を張った。
「わか、分かりました。やります。やってみます。これでもワタクシ、演技は得意なんです。潜入でも張り込みでも、なんでもやってやります」
その胸の前で『ワタクシは役立たずです』と書かれた札が揺れた。
異世界召喚されたらレベル999だった(過去形) おちょぼ @otyobo
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