第25話 ジェンドゥとシットリデート
結局武器は買わずに店を出た。するとポツリと鼻先に冷たいモノが落ちる。空を見上げると鈍色の雲から疎らに雨粒が落ちてきていた。
「降ってきたか」
「みたいだね。どうすんの?」
「少し早いけど宿に行くか」
「いいけど・・・・・・変なことすんなよ?」
「変なことって?」
「言わせんなバカ」
軽口を交わしつつ雨の街を歩く。ふわりと香るぺトリコールにどこか懐かしいような、寂しいような気持ちになる。異世界でもこの匂いは変わらないんだな。
「ちょっと近道しようか」
ジェンドゥを裏道に誘う。目的はすぐ先にある奴隷商館だ。その隣を進みつつ世間話の体でジェンドゥの本音を引き出す。
ある程度分かっていたことではあるが、ジェンドゥの人となりはかなり好感触だ。だがそれも次の事で全てひっくり返る。すなわち獣人に対する態度だ。
『亜人にとって人類の奴隷になる事が幸福になる唯一の手段なんです』
そう狂信的に言ってのけたソフィーの姿が脳裏に過ぎる。少なくとも俺には奴隷商館で見た奴隷達より、地下樹林で見た集落の方が幸せそうに見えた。
それとも、あの攻撃的な姿こそがソフィー達の罪悪感の現れなのか?
「・・・・・・ジェンドゥ? どうした?」
ふとジェンドゥが着いてきていないことに気づき振り向くと、裏道の入口でジェンドゥが立ち尽くしていた。
「あー、なんだ、わざわざ裏道使わなくてもいいだろ? 治安も悪いし、大通り行かないか?」
どこか歯切れ悪そうに言うジェンドゥに疑問が浮かぶ。治安悪いとはいえ、せいぜいチンピラぐらいだ。仮にも冒険者のジェンドゥが危険な目に会うとは思えないが。
「別にチンピラぐらい俺が追い払うぞ?」
「いや、あんまり好きじゃないんだよこの辺」
「・・・・・・わかったよ」
ジェンドゥはどこか居心地悪そうだ。よく分からないがせっかくのデートであまり機嫌を損ねたくはないのですぐ折れる。この道を通らないとなると奴隷商館へは行けないが・・・・・・なにも奴隷商館を通りすぎないとできない話でもない。
仕方ない、少し不自然な切り出しになるが、
「そういえばあの道の先には奴隷商館があったよな。ジェンドゥはああいうとこ」
「やめろ!!!」
突然の怒声に思わず足を止める。
「ジェンドゥ?」
「あ、いや・・・・・・なんでもない」
顔を伏せたジェンドゥの表情は見えないが、なんでもないはずがない。
奴隷商館方面に行くのを嫌がり、その話題を出そうとしたら遮った。これは・・・・・・そういう事だよな? 期待、していいんだよな?
「悪い。やっぱ今日はかえ」
「待ってくれジェンドゥ」
踵を返そうとしたジェンドゥの手を掴む。
「俺は、お前みたいな人を探してたんだ」
「は? どういう意味だよ」
「それはここじゃ話せない。とにかく二人きりになれる場所に行くぞ」
「おい! 離せよ! おい、こんの、馬鹿力」
嫌がるジェンドゥをズルズルと引きずりながら宿へ向かう。通行人が不審そうな目で見てくるが、俺の心はやっと見つけた信頼できる人に浮き足だっていた。
〇
ジェンドゥは途中から抵抗を諦めたのか、手を引かれるまま大人しく着いてきた。
「ったく何のつもりだよ。無理矢理連れ込みやがって」
水滴を滴らせたジェンドゥが窓枠に腰掛ける。
俺も背負っていた麻袋をテーブルに下ろし、腰掛けた。
「悪いな。でもあんな人目のある所じゃできない話だったんでな」
焦らすつもりもないので早速本題に入ろう。
「ジェンドゥ、お前奴隷についてどう思ってる? 少なくとも、良い感情は持ってないんじゃないか?」
「・・・・・・だったらなんだってんだ?」
ジェンドゥからほのかに敵意が向けられる。そうか、俺がフマイン教徒を警戒しているように、ジェンドゥも背信者扱いされる事を警戒しているのか。
「勘違いしないで欲しい。言っただろ? お前のような人を探してたって。俺はこの国の奴隷制に反対なんだ。それで同じ考えの人を探してた。どうかお前の考えを聞かせて欲しい」
「・・・・・・」
ジェンドゥと目が会う。見定めるかのような視線にコチラも負けじと目を合わせ続ける。
「その前に、一つ聞かせて」
「なんだ?」
「アンタは前にサキュバスを見逃したよね。でもゴブリンや他の魔物は容赦なく殺した。そこにある違いはなに?」
なんで今そんな事を? 頭の中に疑問符が浮かぶが、ジェンドゥの真剣な目に真面目に考える事にする。
「いろいろとあるが、一番の違いは言葉を交わせること・・・・・・いや、言葉を交わしたこと、かな。俺にとって会話ってのは人がするものだ。そんで一度人だって認識しちまったら俺には殺せない。まあ抵抗しなきゃ俺や俺の大事な物を壊されるってなら話は別だけど」
「会話、ね。──ああそういうこと。つまりアンタには人も、亜人も、魔族も、区別がつかないんだ」
「それは流石に過言だ。ただ他の人より『人』の範囲が広いだけだ」
「同じだよ、同じ。教会にとっては超超異端者。他の奴の耳に入ったらアンタの所に審判者が押しかけるね」
クスクスと笑うジェンドゥ。何が面白かったのかは分からないが、どうやら気に入る解答だったらしい。
ジェンドゥは一頻り笑った後、窓の外に目を向けた。外では未だに降り続く雨がしとしとと降り続いている
「・・・・・・ボクはね、亜人達と同類なんだ」
「・・・・・・」
「人でもなければ、魔族でもない。どこにも居場所がない彼らの姿が自分に重なるんだ。惨めに使い潰される、そんな末路を暗示してるみたいでさ」
窓ガラスを滑り落ちる雨粒は、ジェンドゥの心模様を表しているようだ。ジェンドゥの言うことは抽象的であまりピンと来ていないが。おそらく『影が薄い』という固有特性に由来する、根深い孤独のことを言っているのだろうか。
「あは、言っちゃった。こんな事、誰にも言うつもり無かったのに」
「その割にはいい顔してるぞ」
「そうかな。それなら、いいけど」
泣き笑いのような表情で振り向いたジェンドゥは、しかしながらどこか付き物が落ちたような顔をしていた。
「それで、こんな話して何をしようって言うの? まさか反乱でも起こすつもり?」
「いやいや。そんな物騒な事しないさ」
さて、確認もとれた。人格も思想も合格だ。
ついに、この時がきた。
「それを話すためにはこの兜を脱ぐ必要がある」
「え! 見せてくれるの!?」
「お、おう」
ジェンドゥが目を輝かせる。そんなに気になるか、野郎の顔が。これがカリギュラ効果って奴か?
せっかくなら近くで見せようと立ち上がる。
「おっとと」
その拍子に体がテーブルにぶつかり、載せていた麻袋が落ちて中身が床にぶちまけられてしまう。
「おいおい何してんだ・・・・・・よ・・・・・・」
呆れた表情のジェンドゥだったが、散らばった荷物の一つを見た瞬間、硬直する。その視線の先には
「な、なんで・・・・・・それを、アンタが」
しまった。さすがナイフオタクのジェンドゥ。一瞬でこのナイフの正体に勘づいたか。これでは俺が勇者の関係者だとバレて・・・・・・いや、そもそも今から正体をバラす所だった。
ちょっと順番が入れ替わったがどうせすぐにジェンドゥに見せる予定だったものだ。俺はそのナイフを拾いジェンドゥに手渡した。
「ジェンドゥにこのナイフを渡したくてな」
「・・・・・・は?」
「オーケーオーケー。ジェンドゥの疑問ももっともだ。そして、これがその答えだ」
兜を外し素顔を晒す。
久しぶりの外気が清々しい。正直雨降ると蒸れるんだよな。
「謎の有望駆け出し冒険者ダービー。しかしてその正体は異世界より舞い降りた最強の勇者、荼毘りゅー」
「ふざけんな!!」
キンと耳にくるほどの本気の怒声に固まる。同時にジェンドゥから刺すような敵意が向けられた。
な、なに? 何か地雷踏むようなことした?
「バカにしやがって!全部、全部分かってたんだろ! 初めっから!」
「え? え?」
「デートだなんだって舞い上がってたのも、全部心ん中で笑ってたんだろ! クソ!クソ!クソ!」
分からない。ジェンドゥが何で怒っているのかが、本当に分からない。
「落ち着けジェンドゥ。たぶん、何か勘違いして」
「触んな!」
「っ!」
宥めるために伸ばした手をジェンドゥがナイフで切り払う。もちろんその程度の斬撃が俺に傷を付けることはないが、それよりも本気の拒絶に心が傷ついた。
ジェンドゥは怒ったからってそう簡単に刃物を振り回すような人では無いだろう。それはつまり、俺の事を完全に敵と認識したということだ。
どうする。どうすればいい。
ともかくジェンドゥの頭を冷やさなければ。仕方ない、拘束して動きを止めよう
「ごめんジェンドゥ。【氷床】!」
ジェンドゥの足元が凍りつき、そのまま膝下あたりまで氷が覆いジェンドゥの動きを止めた。
「く!」
「ごめん。俺にはジェンドゥがなんで怒ってるのか分からないんだ。せめて落ち着いて話をさせてくれ。そうすればきっと」
「舐めんな! ボクはまだ死ぬわけにはいかない! 【スローイングデス】!」
「っ! ジェンドゥ!」
顔面目掛けて投擲されたナイフに反射的に目を閉じてしまう。ナイフは容易く弾かれるが、人体の反射として起こる反応だ。
「いい加減に・・・・・・え?」
目を開けた時、既にジェンドゥの姿は無かった。数拍遅れて、開け放たれた窓から吹き込む雨でジェンドゥが逃げた事を悟った。だがどうやって? 俺の【氷床】は破壊されてはいな・・・・・・っ!
「うそだろ」
そこにあったのは、先程までと変わらない【氷床】と、それに囚われていたジェンドゥの膝下だった。
まさか、自分で足を切って逃げたのか? いや、いくら何でも人間には不可能だ。俺が目を離したのは本当に一瞬で、その隙に足を切断し、しかもその状態で移動するなど・・・・・・。
人間には。
いや、そんな、まさか、そんな事って。
俺の見ている目の前で、残されたジェンドゥの膝下が崩れ始める。それはグズグズの粘液状になり床に広がった。明らかに異常な現象。だが俺はこの粘液を知っている。
シェイプシフター。
人を喰らい、その人の容姿、能力、性格、あらゆるものをコピーして人間社会に潜伏する最悪の魔物だ。
「・・・・・・ああ・・・・・・」
その瞬間、脳内でこれまでの事が走馬灯のように蘇り、そして繋がる。
「俺を暗殺したのは、お前だったんだな」
雨足は一層強まり、窓から吹き込む冷たい風が心を冷やす。俺は、何だかどうでもよくなって、窓を閉める事も忘れて硬いベッドに倒れ込んだ。
〇
降りしきる雨の中、家々の屋根を跳ねるように移動する少女の姿があった。その少女は膝から下が無かったが、驚くことにしばらくすると内側から盛り上がるように新しい足が生えてきた。
「はっ・・・・・・はっ・・・・・・」
荒い息をつきながら逃げる少女の顔は苦悶に歪んでいた。それは肉体的な理由ではなく、精神的なものからくるものであった。
「馬鹿にして・・・・・・馬鹿にして・・・・・・っ!」
全て見透かされていたのだ。あの勇者は、少女が自分を暗殺した犯人だとわかった上で泳がせていたのだ。そうでも無ければあんなもったいぶった言い方で犯行に使われた凶器を渡したりしない。──少女はそう考えていた。
もっともそれは少女の罪悪感から来る勘違いで当の勇者は全く気づいていなかったが。
「裏切りやがって! クソが」
ずっと騙されていたことに少女の
(裏切り者はどっちだよ。人類の裏切り者のくせに)
「・・・・・・くそ!」
下腹部に刻まれた紋様が蠢いたような錯覚に少女は呻いた。
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