第24話 ジェンドゥとイチャイチャデート

 さて、ジェンドゥとデートするにあたって問題が1つ。

 デートって何やればいいんだ?

 正直突発的に思いついたから下調べとかしてないんだよね。日本なら映画見たりカラオケ行ったりショッピングしたり色々あるが、この世界では何をすればいいのか分からない。分からないなら聞いてみるか。

 

「なあジェンドゥ。デートって何やるんだ?」

「それをボクに聞くの?」

 

 他に聞ける相手がいないんだからしょうがない。

 

「よく知らないけど、貴族とかはなんか旨い飯食って、いい感じの所散歩して、高い宿泊まるんじゃないか? 知らんけど」

「なるほど、じゃあなんか食べるか。知らんけど」

「そうだな。知らんけど」

 

 ギルドの酒場で適当に注文する。俺はなんか焼いた肉にふりかけみたいのがかかった奴、ジェンドゥは白色のラグビーボール大の果実みたいな奴だ。

 そういえばジェンドゥとちゃんとした食事をするのは初めてだ。思い返せばギルドの酒場でたまに会う時も飲み物だけで何かを食べている所は見たことが無かった。

 

「それ、好きなの?」

「ロシの実のこと? 別に、普通。ただ肉があんま好きじゃないだけ」

 

 ギルドの酒場のメニューはほとんどが肉で、あとは酒のツマミになる枝豆状の何かぐらいしかない。肉嫌いなら確かに消去法でそうなるか。

 

「あー、すまん。もっとちゃんとした店にした方がよかったか?」

「いやいいよ。そもそも食事ってあんまり好きじゃないんだよね」

「へえ。そりゃなんで」

 

 娯楽の少ないこの世界では食って寝るぐらいしか楽しみが無い・・・・・・とまでは言わないが、それでも楽しみの大部分を占めていると思う。それなのに珍しい。

 

「うーん、なんて言うか昔の嫌な記憶思い出すっていうか」

「え、ごめん」

「謝るようなことじゃないよ。好き嫌いに関わらず、何か食べなきゃ生きていけないし。ボクはまだ死にたくはないからさ」

 

 そう言うと、ジェンドゥはロシの実にストロー状の串を刺してジュルジュルと吸い始めた。それそうやって食べるんだ・・・・・・。

 気になったので俺も同じものを頼んでみる。

 

「へぇ、ちょっとブヨブヨしてる」

 

 持った感じは固めの水風船みたいだ。串を刺して中身を啜るとゼリー状の果肉が出てきた。味は・・・・・・悪くない。酸味の中に微かな甘みがある。だが食感がドロっとしていて、なんというか食事というより流動食を流し込んでいるみたいな気分になる。 

 総評としては不味めのゼリーって感じだ。別に何度も食べるほど美味しくはないが、たまに食べたくなりそう。

 

「うまい?」

「・・・・・・ふつう。あんまり飯食ってるって気分にならないな」

「それがいいんだよ」

 

 串を咥えながらニシシと笑うジェンドゥ。

 そういうもんか、と思いつつ俺はジェンドゥについて何も知らないという事を実感していた。

 ジェンドゥは何が好きで何が嫌いなのか。将来の目標とかあるのか。趣味とかあるのか。オフの日は何をしているのか。俺は何も知らない。

 

「ジェンドゥって何か好きな事とかあるのか?」

「どうした? 唐突に」

「いやデートってそういうのを知るためのモノだろ?」

「それもそうか。そうだなぁ・・・・・・えーと・・・・・・」 

 

 ジェンドゥは考え込むように上を向くと、そのまま固まってしまった。

 

「あー、なんか趣味とかあれば、それでもいいぞ」

「趣味、趣味なぁ・・・・・・」

 

 再び沈黙が訪れた。

 酒場の喧騒がやけにうるさく聞こえる。

 

「あー、すまん。今のナシで」

「謝んなよ。よけいに悲しくなるだろ。おかしいなぁ、昔は確かに趣味とかあったはずなのに。最近はなんだか死なないために生きてるみたいで・・・・・・」

 

 そんな疲れたOLみたいな。

 

「ボクの事はもういいよ。アンタは好きなモノ有るのか?」

「俺? 俺はそうだな・・・・・・」 

 

 日本にいた頃はアニメ・マンガ・ゲームが生きがいだった。だがこの世界にそういうエンタメはない。では毎日つまらないのかと言えば、そんな事はない。むしろ日本にいた頃より楽しい。なぜなのか。

 それは俺がこの世界に必要とされているという確かな実感があるからだろう。なにせ世界を救うために召喚された最強の勇者だ。それに比べて日本にいた頃の俺は・・・・・・いや、これは今考えることではない。頭を振って努めて考えないようにしていた事を振り払う。

 

「そうだな、少し違うかもしれないが・・・・・・俺はこの世界の事が好きだ。ここが俺の居場所なんだと感じるっていうか」 

「・・・・・・・・・・・・そう」

 

 その時ジェンドゥの表情が僅かに曇った。

 

「どうした?」

「別に。ボクと真逆だと思っただけ」

「真逆?」 

「・・・・・・やっぱ何でもない。食べ終わったんならもう出よう」

「待てよ」

 

 席を立とうとするジェンドゥの手を掴む。

 

「そんな顔して何でもないわけないだろ。教えてくれよ。俺はジェンドゥの事が知りたくてデートに誘ったんだぞ」

「・・・・・・デリカシーの無いやつ。離して」 

 

 ジェンドゥは嫌そうに手を払おうとした。だが俺の力に適うはずもなく、しばらく格闘したあと諦めたように席についた。

 

「チッ、馬鹿力」

「それが取り柄なんでな。それより話してくれるんだな?」 

「言っとくけど面白い話じゃないよ。ボクの固有特性、前に話したよね」

「ああ、確か『影が薄い』だったか」

 

 名前こそ地味だが、その効果は絶大で、触れない限り目の前にいても知覚できない事もあるらしい。らしいというのは俺にはレベル差がありすぎて効いた事がないからだ。

 

「この固有特性は生まれつき持ってた訳じゃないんだ。10歳ぐらいの時、突然発現したんだよ。アンタに想像できる? ある日友人どころか親まで自分を無視し始める孤独と恐怖が」

「・・・・・・それは」

「もちろん触ったら気づいてくれるんだけど、触れるまではボクの存在まで忘れてるみたいで、酷い時はボクの分だけご飯が用意されてなかったり、外にいること忘れて鍵をかけられたりしたっけ」 

 

 それは10歳ばかりの少女にはあまりに酷な話だ。親に悪気は無いのは分かるが、やられた側としてはネグレクトのように感じてもおかしくない。

 

「ここに居るのに居ない者扱いされる。アンタ風に言えば『どこにもボクの居場所はない』って言われてるみたいな。それに耐えられなくって家飛び出して、気づいたらこんなんなってたってワケ。満足した?」 

「・・・・・・ああ、話してくれてありがとう」

 

 想像以上に重い話が出てきてしまった。

 一説によると、人が最も精神にダメージを受けるのは無視された時だという。人が社会性動物である所以ゆえんである。わずか10歳の少女が受けるにはあまりにむごい仕打ちだ。

『どこにもボクの居場所はない』か。

 

「なぁ、ジェンドゥ。少なくとも俺はお前の事を見失うことは無い。俺ならお前の居場所になれるはずだ」

「なに? 口説いてるの?」 

「そういうワケじゃ・・・・・・いや、そうだ、口説いている」

「ハッ、100年早いよ」

 

 ジェンドゥはそう吐き捨てると、今度こそ席を立った。

 

「アンタだってボクの事を知れば離れるに決まってる」

 

 その後ろ姿には先程以上の闇を感じた。

 だがそれ以上追求するのは流石にはばかられ、俺は急いでその今にも消えてしまいそうな背中を追いかけるしか無かった。

 

 〇

 

「なに? まだ続けるの? このデートごっこ」

「当然。なんせまだジェンドゥからの『お願い』聞いてないからな」

「そういえばそんな約束だったね」

 

 デートの代わりに何でも言う事を聞くのが条件だ。

 勢いで大変な事を言ってしまったが、まあ大丈夫だろ。

 

「えーとじゃあ『お願い』は・・・・・・」

「待て待て、終わらそうとすんな」

「えー?」

「お前が最初に言ったんだろ。飯食って散歩して宿に泊まるって」

「それ全部やるの?」

「そうだ。ほら散歩行くぞ」

 

 嫌そうなジェンドゥを引き連れ歩き出す。食事はお世辞にも成功とは言い難い結果だったからな、散歩は成功させたい・・・・・・じゃなかった。そもそもこれはジェンドゥが勇者の仲間に相応しいか見極めるためのデートなんだった。この散歩でジェンドゥが獣人(亜人)についてどう思っているのか聞き出さなければ。

 

「ま、いいけど。どこか行く宛てはあるの?」

「あると言えば・・・・・・ある」

「なにその煮え切らない解答は」

 

 本音を言えば奴隷商館に行ってどう思うか聞いてみたい。でも流石にデートで奴隷商館行くのはありえないだろ。ここは別の場所を回りつつ、それとなく奴隷商館を横切り『あ、奴隷商館があるよ。ところでジェンドゥは獣人を奴隷にすることについてどう思いますか?』みたいな感じで自然に聞き出そう。

 

「ジェンドゥはどこか行きたい場所あるか?」

「強いて言うなら武器屋。最近お気に入りのナイフ無くしたんだよね」

「武器屋・・・・・・よし、わかった」

 

 男女のデートで行くにはあまりにも色気が無いが他に候補もない。それに考えようによってはショッピングデートだ。悪くない。

 

 ナイフ・・・・・・それで思い出したが、ジェンドゥに見てもらうために、俺の暗殺に使われたナイフが麻袋に入っているんだった。忘れないようにしないと。

 

「そういえばジェンドゥは武器には詳しいのか? 実は俺、武器の善し悪しとかさっぱりでさ」 

 

 というかヘタに武器を使うよりもぶん殴るだけで敵が死ぬから詳しくなる必要がないというか。

 

「別に詳しいってほどじゃないけど、まあ命を預けるエモノだからね。ちょっとぐらいならわかるさ」

「へえ。なら少し教えてくれよ」

「いいけど・・・・・・ほんとにちょっとしか分からないよ?」

 

 そうこう言っていると剣のマークが書かれた武器屋についた。前に俺が剣を買った所だ。まあその剣は一回振ったら跡形もなくなったけど。あれは悲しい事件だった。

 犠牲になったゴブリン達を思い出しながら扉を開けようとした時、ジェンドゥに呼び止められた。 

 

「おい、そこじゃないよ」 

「え、いや武器屋じゃないの?」

「バカ。そんなとこじゃ牽制用の投げナイフしか買えないよ。ボクが欲しいのは近接戦闘にも使える奴だから」

 

 そう言うとスタスタと歩いていってしまったので慌てて後を追う。そうして着いたのは中心街にもほど近い、いわゆる高級武器屋だった。

  

「効果付きの武器とかダンジョンからの発掘品はこういうちゃんとした所にしかないんだよね」 

「へー」

 

 店構えから何となく日本の高級アパレルが連想された。万年ユ〇クロの俺的には若干入りづらい。しかしジェンドゥは臆した様子もなく、手馴れた様子で入っていく。仕方なく後に続くと爽やかな香りが出迎えた。鉄と埃と汗の据えた臭いの下町武器屋とはこの時点で大違いだ。

 店内を見渡すと、ゲームに出てきそうなオシャレなデザインの武器が1本1本丁寧に陳列されていた。中には実用性に欠けてそうなモノもあったが、そんな所もファンタジーらしい。

  

「いらっしゃいませ~お客様~本日はどのような武器をお探しでしょうか~」 

「うわ」 

 

 異世界らしい光景に見入っていると、店員らしき男が話しかけてきた。ますますアパレルっぽい。

 

「あー、俺は連れの付き添いみたいなモノで」 

「・・・・・・お連れ様はどちらに~?」

「え、あ」

 

 気づけばジェンドゥはナイフコーナーの前で熱心にナイフを選定していた。あのやろ、自分だけ『影が薄い』で店員にバレないからって置いていきやがった。

 

 店員の舐め回すような視線が俺を値踏みするのを感じる。

 

「失礼ですがお客様~ご予算は如何程でしょうか~?」

 

 どうやら冷やかしだと思われているようだ。今着てるフルプレートメイルだって安くはないはずだが、それでもこの店の客としては不合格らしい。

 だが金なら今はそれなりに持ち合わせがある。この前ロベっちにたかった分があるからな。既にいくらか使ったがまだ残っている。懐から金貨の入った巾着を開いて店員に見せる。

 

「こんぐらい」

「ひょ! これは大変失礼しました。私、シモンと申します。よろしければご案内いたしますよ」

「いや一人で見て周りたいんで」

「さようでございますか。ではごゆっくりどうぞ」

 

 金貨を見た瞬間慇懃な態度になった店員の申し出を丁重に断りジェンドゥの元に向かう。

 ジェンドゥは俺が店員に捕まってる間もずっと熱心にナイフを見ていた。さすがにちょっと酷くないか? 一言言ってやらねば。

 

「おいジェンドゥ」

「なあこれ見ろよ名匠バルタザールの新モデルだぞ。フルタング構造のブッシュナイフだ。フルタングの欠点だった重量を、刀身を湾曲させることで重心をズラして、逆に破壊力として利用しようっていうことだな。これは見た目以上の威力が出るぞ。それにこれは・・・・・・テンレ鋼か? 腐食耐性を上げるために難易度の高い合金を使ってる。今どき付与魔法に頼らない硬派な所がバルタザールらしいよな」

「お、おう」

「こっちはダンジョンからの発掘品だな。効果は【毒付与】と【毒特攻(小)】か。一本で完結した効果なのは魅力的だけど・・・・・・倍率が低いな。これじゃ毒殺するにも近接戦闘するにも力不足じゃないか? 本体のスペックも大したことないし、付与スキルだけ見て使うと痛い目みそうだな」

「へ、へぇ~」

「それにこっちは──」

 

 目をキラキラ輝かせて語るジェンドゥに怒るのも忘れて圧倒される。むしろ若干引いてる。だいたい何言ってるか分からんし、急に早口だし。

 というか

 

「ジェンドゥ、お前ちゃんと好きなモノあるじゃん」

「え?」

 

 そこで初めてジェンドゥは自分が熱くなっていた事に気付いたのか、顔を赤らめ

 

「あ、いやこれはそういうんじゃなくて、生きるために仕方なく覚えざるを得なかったというか、なんか気付いたら勝手に覚えてたというか。ホントにちょっとしか知らないし」

「いやどう見ても好きじゃん。なんでそこで恥ずかしがるんだ?」

 

 こんだけ散々語った後にそんな事言われても面白いだけだ。

 

「だって・・・・・・殺しの道具に興奮してる人って・・・・・・怖くない?」

「そういう言い方したら確かに危ない人みたいだけど、俺の地元じゃ武器は芸術品の一種だったぞ。ジェンドゥみたいに武器に興奮してる人だって珍しくなかったし」

「え、こわ」

「おい」

 

 でもこんなに武器に詳しいんなら、俺の暗殺に使われたナイフもちゃんと手がかりになってくれそうだ。勇者ポイント+100000点。

 

「せっかくだし俺もちょっと買うかな。ジェンドゥ、どんなのがいいかちょっと見てくれよ」 

「えー、いいけど・・・・・・」

 

 毎回一振で武器が壊れてたらキマらないし、頑丈な奴がいいな。無骨な鉄板のような大剣を手に取る。

 

「この剣とかどうだ?」

「ああ、剣、だね。いいんじゃない、強そうで」

「・・・・・・こっちのナイフは?」

「おいおいそれはナイフじゃなくってダガーだよ。しかも戦闘用じゃなくて野営用だし。これ片刃が骨製なのわかる? 実はこれフレイムワイバーンの竜骨で、切ると切断面が燃えるんだよ。これで火魔法がなくても簡単に焚き火ができるっていう。正直言って馬鹿だよな。これ買えるぐらいの強さの時にはもう火種なんていくらでも作れるようになってるての」

「あ、うん」

 

 なるほど。ジェンドゥは武器じゃなくてナイフが好きなのね。

 

 

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