第23話 フマイン教
「なあジミー、善人ってどんな人間だと思う?」
「急に現れたと思ったららしくない事を言うね。何か嫌な事でもあったのかい?」
城の修練場で素振りをしていたジミーを捕まえて問いかけた。ジミーは素振りをやめて怪訝な顔をしている。
「らしくなくって悪かったな。いいから答えろよ。お前、というかこの国にとって善ってなんだ?」
「ふむ、そうだね。月並みな表現だけど、信仰に篤く、義を尊び、|親切であること、かな」
信仰、義、親切。
まあ何となく分かった。やはりフマイン教の教義を守ることは善なのだ。しかもジミーが真っ先に例にあげるくらいだからその優先度も高いのだろう。
「・・・・・・わかった。ありがとう」
これは一度仲間の条件について考え直さなければいけない。部屋に戻って考えをまとめよう。だがジミーに礼をして別れを告げようとしたとき、逆に呼び止められた。
「リュート」
「何だよ」
「キミは確かに圧倒的なチカラを持っている。でもこれまでキミと接してきて分かった。キミの心は一般的な人のそれと変わりない。時には傷つき助けを求める事もあるだろう。僕で良ければキミの心を支える一助になりたいと思うのだが」
「・・・・・・ジミー、お前は本当に『善い人』だな」
だからこそ、話すわけにはいかない。
俺だって数少ない友人を失いたくはないのだ。
「ただの世間話にマジになるなよ。俺だってたまには哲学的な事を考えたくなる時もあんだよ」
心配そうなジミーの視線を振り切り背中を向ける。
雨が近いのだろう、空には重く黒々とした雲が立ち込めていた。降られる前に城の中へと向かった。
〇
宗教と道徳は密接に結びついていると思う。
とある宗教では現世で善行を積むことで死後天国にいけるという。逆に悪行を積めば地獄に落ちる。だからこそ人は秩序だった社会を形成できるのだと。
おそらくこの国における宗教もそのような道徳規範としての役割を持っている。つまり善人ほど信心深い。
例えば、奴隷商館に行く途中で会った無宗教の媚びナイフ。奴は常習的に集団強盗していた。おそらく非フマイン教徒の道徳観はあんなもんなんだろう。
これは非常に難しい問題だ。悪人に力を与えるわけにはいかない。でも俺は獣人を差別するフマイン教を受け入れられない。少なくとも、平和に暮らしている獣人達を奴隷に落として笑えるような図太さはない。おそらく我慢して受け入れても、どこかで仲違いになる。
くそ、どこかにいないもんかな。道徳心がありつつもフマイン教徒でない人。とはいえ信心深さは人それぞれだ。探せばいそうな気がする。
だが俺が異教徒とわかった時のアラン達の反応。あれを見るにフマイン教は他者にも教義を強要する側面がありそうだ。そうなると自分から信心深くないと言い出す奴はいないだろうな。
だとすると俺自身が見極めるしかないか。
というわけで図書室で聖書を借りてきた。・・・・・・思ってたより分厚いな。ちょっとした鈍器だ。今からコレを読むのかと思うと既に頭痛がしてきたが、我慢してページをめくる。
『第一章 創世記
まず世界に神あり。神は大地と星々を創り、自らを模して人を創った。神は次に人が飢えないように植物と家畜を世界に蒔いた。神の庇護のもと、世界と人々は平和に暮らした』
聖書って物語調なのか。
まあそれなら読めそう。
聖書は全4章からなるらしい。
第一章は創世記。まあ神が世界と人を創ったというよくある奴だ。
第二章は魔神戦争。太陽を喰らう魔神なるものが現れ、世界に魔物や魔人をばらまき侵略戦争を仕掛けてきたという話だ。今でいう亜人も元々は魔神の尖兵の魔人の一種だったという。魔族はレベルを上げると進化して一層強くなるという特性で人を苦しめた。
第三章は勇者の登場だ。
「え、勇者?」
過去にも勇者がいたのか? それともあくまで神話上の存在なのか? とりあえず読み進める。
人々が窮地に陥ったとき、神は異邦の地より勇者を遣わした。勇者は神から人々を導き魔族を殲滅する役目を任ぜられ、その象徴として先導の御剣を授かった。勇者は神との約束通り人々を導き、みごと魔神を討った。
このとき一部の魔族は降伏し、罪滅ぼしに人の奉仕種族となることで神に生存を認められた。それが今の亜人ということらしい。
「・・・・・・」
これが現実にあったのか、それとも空想なのかは分からない。重要なのは勇者が聖書に載る伝説的な人物だということだ。
道理で国民達のノリがよかったわけだ。伝説上でしかない勇者が姿を表せばそりゃ士気も上がる。貴族達の狙いはそれだったというわけだ。
でもそのわりには貴族とかからの敬意みたいの感じないな。あれか、最初の宴会でちょっと俗物っぽい所を見せすぎて引かれたか。しょうがないだろ俗物なんだから。
それともあくまで本物の勇者はこの聖書に出てくる存在であり、俺は偽物とか代替物みたいな扱いなのか? よくわからん。
まあそれは置いておこう。
それより気になるのは亜人についてだ。
『魔族の一部は降伏し、人の奉仕種族となった』これが今の亜人だという。
この話が事実なのか、なんてのはさっきも言ったがどうでもいいことだ。地球でも歴史や神話が時の為政者に都合の良いように歪められるなんてのはよくある話だった。この聖書の内容も同じように歪められていても何らおかしくない。
重要なのはこの話を民衆が事実だと信じている点だ。
これはつまり、俺にとっての『地球の公転』だ。物心着いた時には地球は太陽の周りを回っていると教わり、そういうものだと信じてきた。自分で地球が太陽の周りを回っていると確認したわけでもないのにだ。そして今さら、実は太陽の方が回ってました、なんて言われても絶対に信じられない。それと同じようなものだ。
亜人差別を止めさせることができればフマイン教徒でも仲間にできるかも、と思っていたがこれは難しいかもな。
俺が勇者という立場と力を使って強引に止めさせれば短期的・表面的には無くなるかもしれないが、それでは人々と亜人の間にある溝は無くならない。もしかしたら
これを解決するには特効薬は存在しない。長い時間をかけて聖書の改定や道徳観の是正、偏見の無い子供時代からの教育などで社会全体を変えていくしかないだろう。
そうなるとやはり俺に近い道徳観で非フマイン教徒を探すことになるのか。
第四章は神律の授受だ。
勇者は魔神との戦いで受けた傷で亡くなる。死の間際、勇者は王の祖先に先導の御剣と人々を導く役目を託す。
その際王の祖先は神から人を導くための戒律──神律を授かる。王は神律をもとに法律を制定して世を治めた。
なるほど。王の地位は神に保障されてるのね。王権神授説って奴か? そういえば前に王に会った時、大剣を持ってたな。あれが先導の御剣なのだろうか。
それよりようやく俺が求めていた情報だ。神律、神からの教えがずらりと書かれている。これに反する者が非フマイン教徒、もしくは信仰心の薄い者だ。その中からさらに善良で道徳的な人を見つける。
・・・・・・さあこっからが大変だぞ。
と思っていたがそれは以外とすぐに終わった。
「これは・・・・・・っ」
『神律の3、魔族に情けをかけるべからず』
これを見た時、俺の脳裏にジェンドゥと欲望の迷宮に行った時のことが過ぎった。
冒険者に扮したサキュバスに襲われた時、俺は殺すことが出来ず見逃した。そしてそれをジェンドゥにばっちり見られている。にもかかわらずジェンドゥはそれ以降も態度が変わらなかった。いや、それどころかその後ダンジョンに置き去りにしたにも関わらずやけに友好的だった。
しかもジェンドゥならある程度人となりも分かっている。彼女なら俺の仲間になってくれるかもしれない。
〇
翌日、朝からギルドに張り込んでいるとジェンドゥが来た。
「ようジェンドゥ」
「・・・・・・だれ?」
「いや俺だよ、ダービーだよ」
「ああアンタか。鎧が変わってるから分かんなかったよ」
この間地下密林で鎧を身代わりにしたので新しいのを買った。今回はちゃんと見繕ったのでサイズもピッタリだ。
「どうよ、似合ってる?」
「まあ前よりはな。それより何の用だよ」
もちろんそれは勇者の仲間になってもらうことなんだが、その前に最後の確認をしておきたい。本当にジェンドゥは善良で獣人への差別意識はないのか。
とはいえ馬鹿正直に言うわけにもいかない。というわけでいい感じの言い訳を考えてきた。
「俺とデートしない?」
「は? なに突然。酔ってんの?」
「いや素面だ」
「素面のがヤベェだろ。ふざけてんならもう行くぞ」
「ちょい待て待て」
思った以上に塩対応で泣きそう。
そういえば俺にとっては共にネトルーガと戦った仲だが、ジェンドゥにとっては何回かダンジョンに行ったくらいの仲でしかない。それにジェンドゥは
「よしわかった。デートしてくれたら勇者と合わせてやる」
「アンタにそんなツテないだろ」
「実はある・・・・・・って言ったら?」
「いやそもそも勇者と会いたくないし」
「なんでだよ! 勇者のことが好きなんじゃなかったのかよ!」
「・・・・・・そういやそんな事言ったな」
ジェンドゥは困ったように頭をかいた。
「あれはなんて言うか、ミーハー的なアレで、本気でアレなワケじゃないって言うか、な? 分かるだろ」
「そ、そんな!」
「なんでアンタがそんなショック受けてんだよ」
思わずガックリと項垂れる。
あれ、俺今告白してもされてもいないのにフラれた? なんか・・・・・・すごいショックだ。俺、もしかしてジェンドゥのこと、好きだったのか? 俺は『コイツ俺の事好きなんじゃね?』って思っただけで好きになるようなチョロ男だったのか? あ、なんか死にたい。
「もしかしてボクのためにホントに勇者へのツテを作ってくれたのか? だとしたら、その、ごめん」
いや、まだ終わりじゃない。ジェンドゥが貴重な勇者の仲間候補なのに変わりは無いんだ。ミーハー心だったとしても好感情を抱いているのは間違いないだろうし、仲間になってからゆっくりと愛を育んで行けばいい。
「あー、その、なんだ。詫びにデートくらいなら」
「ジェンドゥ」
何かを言おうとしていたジェンドゥの手を掴む。
「デートしてくれたら、なんでも言う事聞く。だからデートしてくれ」
「・・・・・・なんでも?」
「ああ、なんでもだ」
ジェンドゥは少し思案すると、イタズラっぼくニッと笑った。
「別にアンタが本気ならデートぐらいタダでもよかったんだけど、そこまで言うならやってもらうか。なんでも、な」
おっし!
心の中でガッツポーズをとる。
なんか途中からデートすること自体が目的みたいになってしまったが、まあいいか。
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