第22話 悪人

 鬱蒼と茂った草木をアランが切り払いながら道を作る。その後を俺が通り、ソフィーさんとミシェルが続く。

 

「ぎぎ・・・・・・ぎ・・・・・・」

 

 道の先の方で軋みと共に木が揺れた。しかしそれは風によるものでは無い。

 

「いたぞ、木獣トレントだ!」

 

 アランが声を上げて盾を構え、襲いかかってきたトレントの攻撃を受け止める。その隙にミシェルとソフィーさんが魔法の詠唱を始めた。

 

「【プロテクション】」

 

 ソフィーさんが防御力上昇の魔法をアランにかける。

 

「準備できたわ! 離れて!」 

「よしきた!」

 

 アランがシールドでトレントに体当たりすると、トレントの巨体がぐらついた。その隙にアランが素早く退避し

「【ロックブラスト】」

 

 巨大な岩が勢いよく放たれトレントに命中する。岩は勢いそのままトレントをへし折り奥の木々にぶつかって落下した。

 

「グギ・・・・・・」 

 

 トレントはしばらくピクピクと動いていたがやがて動かなくなった。断面からは血と臓腑が漏れ出ている。ちなみにトレントは植物ではなく植物に擬態した動物である。

 

「よし、戦闘終了」

「イエーイ。今日も私の魔法は絶好調ね」

「はい。さすがミシェルさんです」

 

 アラン達が手を合わせて互いの健闘を称え合う。

 既に何度か彼らの戦闘を見てきたがかなりの安定感だ。アランがタンクとして敵を引き付け、その隙にソフィーさんがアランやミシェルにバフをかけ、ミシェルが魔法でトドメを差す。付き合いの長さを感じさせるよい連携だ。

 道中聞いた話ではアランとミシェルは幼馴染らしい。確かに背後から大岩を飛ばすなんて相当の信頼関係がなければできない芸当だ。

 

 ・・・・・・うん。

 もしかしたら彼らなら大丈夫かもしれない。

 強さは及第点。優しさも俺を拾ってくれたぐらいだから大丈夫。口の堅さは・・・・・・こんだけ優しい人達なら大丈夫だろう。

 彼らならなれるかもしれない。俺の代わりに戦う勇者に。

 

「ダービーさん? ぼーっとしてどうしました?」

「あ、すいません」

 

 気づいたらソフィーさんがこちらを不思議そうに覗き込んでいた。どうやらもう移動するようだ。ずっとここにいても血の匂いに引き寄せられて別の魔物がやってくるかもしれないからか。

 

「お疲れなんじゃない? アラン、そろそろ休憩にしない?」

「そうだな。この近くに確か小川があったからそこで小休止をとろう」 

 

 ああ、気を使わせてしまった。いや、でもちょうどいいか。一度腰を落ち着けて考えよう。

 

 〇

 

「しっ」 

 

 小川に向かって進んでいたところ、急にアランが立ち止まり茂みに隠れるようにジェスチャーをした。ミシェルとソフィーさんは素早くそれに従い、俺もわけが分からないながらもそれに倣った。

 しばらく息を潜めていると木々の奥から少女のものらしき声が聞こえた。こんな所に女の子? と不思議に思い茂みの中から様子を伺うと、そこには狼のような耳と尾の生えた少女がいた。いわゆる獣人、いやこの国だと亜人と呼ぶんだったか。

 獣人の少女は鼻歌を歌いながら木の実を取っている。そのままこちらには気づかないまま森の奥に消えた。

 

「よし、もう大丈夫」

 

 アランの声に茂みから這い出す。

 いやー可愛かったな。でもなんでダンジョン内に獣人の少女がいたんだろう。あの慣れた様子、もしかしてこの辺にすんでるのか? それになんでわざわざアランは俺たちに隠れさせたんだ?

 

「アラン、今の・・・・・・」 

「ああ。脱走奴隷の子供だな。おそらくこの辺りに巣があるのかも」 

 

 アラン達が神妙な顔で話し合っている。

 なるほど脱走奴隷。そういえばこの国では亜人は被差別階級だったな。大丈夫だろうかとソフィーさんの様子を伺う。

 

「・・・・・・保護しなければ」 

「えっ、ソフィーさん泣いてる!?」

「こんな危険な地で、神の愛も恩も知らずに生きるなんて、私は彼女が哀れでなりません。一刻も早く保護しなければ」

 

 さすがソフィーさん。見ず知らずの少女のために涙まで流すとは。こんな優しい人達には杞憂だったか。

 

「よし、後を追うぞ」

「でもどうやって追うんですか?」 

「心配ない。見ろ」

 

 アランが指し示した場所では折れた小枝がぶらんと垂れ下がっていた。

 

「あいつは木の実を取りながら進んでいたから進行方向には何らかの痕跡が残る。それを辿る」

 

 おお、さすがアラン。

 ・・・・・・でも、本当にいいのか? このまま追っても。何か、少しひっかかる。

 

「あのさ・・・・・・」 

「ん? まだ何かあるか?」

「・・・・・・いや、なんでも無い」

 

 大丈夫なはずだ。こんな優しい人達が酷いことするはずが無い。

 

 〇

 

「見えたな」 

 

 小川の近くにいくつかのボロい小屋が立っている。その付近には何人かの獣人が見える。その中に先程の少女もいた。とりあえず無事に帰れたんだな。それはよかった。

 

「お前、また勝手に森に行ってたな!」

「えへへ、ごめんなさい。でも木の実こんなにとれたよ」

「まったく。危ないんだからもう行くんじゃないぞ。それよりもうすぐご飯だ。手を洗ってきなさい」

「はーい」

 

 耳を澄ますと少女と親らしき人物の会話が聞こえる。裕福ではないが幸せそうな彼らに少しほっこりする。 

 だがそれとは対照的にアラン達の顔は険しいままだ。

 

「うーん、思ったより数が多いな。20人以上はいるか?」

「多分奴隷商人が輸送中に逃げられたのね」 

「こんだけいると俺たちだけで捕獲するのは難しいな。場所だけ記録して他の冒険者に協力を要請しよう」

 

 捕獲?

 やっぱりなにか、なにか違和感がある。俺とアラン達の間に見えない壁があるような、そんな違和感が。

 

「あの、俺達は彼らを『保護』しようとしているんだよな?」

「ん? そうだけど?」 

「保護って具体的にどうするんだ?」

「どうって・・・・・・彼らはもともと奴隷だったんだから、奴隷商人に引き渡すんだよ。これが結構金になるんだ」

 

 は? アランから出たとは思えない言葉に思わず脳が理解を拒む。 

 

「・・・・・・金に?」 

「今彼らは奴隷ではないし、形式的には奴隷商人に売却ということになるからね。まあこれもフマイン教徒としての勤めという奴さ」

 

 なんだそれ。

 

「え、いや、ちょっと待ってくれ。なんでそんな事するんだよ。彼らは今ここで平和に暮らしてるじゃないか。それをぶち壊して奴隷にするなんてそんなの」

「は?」

 

 ドスの効いた声が隣──ソフィーさんから聞こえた。

 見ればソフィーさんが今まで見たことも無いような表情で睨みつけていた。

 

「『そんな事』? 今、神の愛を広める行為を『そんな事』と、そう言いましたか?」

「あ、いや」

「ダービーさんは神話をご存知無いのですか? 亜人はもともと魔に属する種族。しかし人類の奉仕種族となることで神に生存を認められたのです。つまり亜人にとって人類の奴隷になる事が幸福になる唯一の手段なんですよ。それを否定するなんて、なんと罰当たりな。今すぐ訂正してください」

「いや、その」 

 

 今にも掴みかかってきそうな剣幕に思わず後ずさる。

 これが本当にあの天使のようなソフィーさんと同一人物なのか?

 思わず助けを求めるようにアランとミシェルを見る。

 だが彼らは冷めたような視線を返すだけだった。

 

「ソフィー、異教徒と話し合っても無駄よ」

「すまないが荷物を返してくれるかな。そしてここでお別れだ」

 

 彼らから向けられる敵意がザクザクと刺さる。 

 ・・・・・・ああそうか。今ようやく理解できた。

 これが価値観の違いか。 

 

 別にアラン達は悪人ではない。

 この国では亜人は奴隷にするのが当たり前・・・・・・いや、なんだ。それは困っている人がいたら助けたり、はたまた人を脅かす魔物を殺したりするのと同じような善行。彼らにしてみればそれを否定する俺こそが、悪人。

  

「・・・・・・ああ。そうさせてもらうよ」 

 

 大人しく預かっていた荷物を返す。

 もうどう取り繕っても元のような関係にはなれないのは分かりきっていたし、俺自身もこれ以上彼らと共にいたいとは思えなかった。

 

「・・・・・・」

 

 背負っている荷を地面に降ろしている間も、彼らは鋭い目で睨みつけていた。さすがに武器こそ構えていないが、俺が怪しい動きをすればすぐにでも武器を抜けるように臨戦態勢を取っているのが見て取れた。

 さすがに傷つくな。少し前まであんなに和気あいあいとしてたのに。

 

「はい、これでいいか?」

「待て、最後に兜をとって顔を見せろ」

「理由を聞いても?」

「お前のレベルでは無理だろうが、万が一生き延びて王都に戻ってきた時のためにな」 

「ふーん、やだ。安心しろよ、もう王都には顔見せないから」 

「お前っ! つべこべ言わずに兜を取れ! 取らないなら俺が剥いでやる」 

 

 ぬっと伸びてきたアランの腕をそっと止める。

 

「お前のレベルで俺に適うとでも・・・・・・っ」

 

 そのまま力任せに押し切ろうとしたアランだったが、軽く添えられているだけの俺の腕を一切動かすことが出来ず、その表情が驚愕に染まる。

 

「やめてくれ。力加減が難しいんだ。仲違いしたからって人殺しはしたくない」 

「ちっ」

 

 アランは素早く退くと武器を抜きはなった。それを見たミシェルとソフィーも杖を構えた。

 

「レベルすらも欺きか。言え卑怯者! 一体何が目的で俺達に近づいた!」

「最初に話しかけてきたのはアンタらだろ・・・・・・」

 

 なんだよ 

 すっかり俺が悪者みたいな雰囲気じゃないか。

 

「俺さ、本当に嬉しかったんだよ。仲間に誘ってもらえて。アンタらならもしかして、って本当に思ったんだ」

 

 まあ勝手に期待して勝手に失望してるんじゃ世話ないか。

 

「何をワケの分からないことを」 

「なあ、アンタらは俺を悪人だと思うか?」

「当然だ! 俺たちを騙して取り入ろうとした邪教徒めが」

「そうか。でも俺はアンタらの事を悪人だとは思わない。アンタらはアンタらが正しいと思った事をしただけだ」

 

 その時アランの陰に隠れていたミシェルの杖が輝いた。同時にアランが素早く横に飛び退く。

 

「【ファイアボール】!」

 

 巨大な火球が迫る。

 俺は何もせずそれを受け入れた。

 火炎が俺を包み込み、視界を遮る。

 

「だから俺も、俺が正しいと思った事をするよ・・・・・・【時間停止】」 



 

 〇

 

「【ファイアボール】!」 

 

 ミシェルの放った火球が歪な全身鎧を包み込み倒れる。

 不意打ちで放った魔法に異教徒は何も反応できないようだった。

 

「やったか!?」

 

 燃え盛る炎が視界を遮り敵の姿はよく見えない。だが炎の中に動く者はいない。

 

 やがて炎が収まると、そこには焦げた全身鎧が転がっていた。

 

「殺せた・・・・・・の?」

「・・・・・・いや、死体がない」

 

 ミシェルのファイアボールの火力がいくら強くとも骨まで完全に炭化し尽くすほどの火力はない。しかし鎧の中にあるのは虚ろな空洞だけだった。

 

「気をつけろ、まだ近くにいる可能性がある」

 

 しかしそのまましばらく周囲を警戒していたが何も出てくる様子は無かった。

 

「まさか本当にやったのか?」 

「もしかしたらリビングアーマーの一種だったのかもしれません」

 

 リビングアーマー、鎧に取り付いた死霊が本体の魔物だ。一般に力は強いが魔法に弱いという特性がある。

 ソフィーの推理にアランもなるほどと頷き臨戦態勢を解いた。

 

「そういえば街の中に魔王軍のスパイが潜んでいるとかいう噂があったな。もしやコイツがそうだったのか?」

 

 伽藍堂の兜を蹴りつけるが、兜はぐわんぐわんと空虚な音を響かせるばかりだ。アランはしばらく考えていたがそれよりも重要な事を思い出した。

 

「そうだ亜人の巣!」

 

 距離はあったとはいえ、ファイアボールの爆発音はかなり響いていたはずだ。元奴隷なら冒険者の気配を察すれば逃げてしまうだろう。慌てて確認しにいくと先程まで家屋の付近で談笑していた亜人は居なくなっていた。

 

「くそ、しまった」

 

 まさか初めからこれがあのの狙いなのかとアランの脳裏に過ぎったが、まずは亜人の痕跡の確認を優先した。急いで集落に向かう。

 

「・・・・・・これは」

 

 足下には大量の獣の足跡。亜人によっては足にも獣の特徴がある種もいる。だがそれにしては数が多い。多すぎて正確な数は分からないが、地面を埋め尽くす程の足跡があり、四方八方に伸びている。

 

「魔物に襲われた? ・・・・・・いや」

 

 それにしては死体どころか血の一滴すらないのは不自然だ。

 

「撹乱のためか」

 

 これでは足跡を辿るなど不可能だ。

 奴隷商人から脱走しこんな集落を作るぐらいだ。相当頭が回る奴がいたのだろう。だがそれでもアランには奇妙に思えた。

 

「アラン」 

 

 同じように痕跡を探していたミシェルが家屋から手招きをしていた。何か見つけたのかと近づきミシェルが指し示す方を見る。

 

「妙よ。明らかに料理の途中で放置されてるのに、もう灰が冷えてる」 

 

 それはつまり亜人が逃げ出してからかなりの時間が経っていることを表していた。だがアラン達はついさっきまでここに亜人がいた事を確認している。明らかな違和感にアランは首を傾げた。

 

「もしかしたらあの魔族が死に際に何かしたのかもしれません。やけにあっさり倒されたのもそのせいでは」

 

 ソフィーの言葉にアランは頷く。というより、そういう事にしなければ理解出来なかった。

 

「・・・・・・今日はもう帰ろう」

 

ミストベール耐暑魔法の効力がきれてきたせいで、じりじりと粘り着くような暑さを感じ始めていた。にもかかわらず背筋にひやりとしたものを感じた彼らはそそくさとその場を後にした。

 

 

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