第20話 レベルダウン
いつぞや来たこともある会議室は、それとは比べ物にならない緊張感に包まれていた。当然だ。今この国は攻め込まれているのだから。
「まず戦況の確認をしましょうか」
確か、アマ・・・・・・アマ・・・・・・アマ何とか騎士団長だ。騎士団長が広げた地図に駒を置いていく。南部の森に大量の魔物の駒を、それを妨げるように騎士の駒を置いた。
「南部の未開拓森林地帯とそれに接するペリシエ領が現在の最前線です。ペリシエ卿の尽力もあり何とか魔族の侵略を押しとどめていますが、森林という天然の壁に阻まれ攻勢に出ることができておりません。平たく言えば膠着状態です」
だが魔族の駒の中から一部の駒が防衛線を抜けて王都やダンジョンに入り込んだ。
「そんな中で魔族は変身や隠密能力に優れた魔族を各地に潜伏させました。ある者はスパイに。そしてある者はダンジョンに拠点を作る工作員として」
工作員の潜んだダンジョンに拠点の駒が置かれると、大量の駒が拠点に現れた。
「恐らく工作員は転移の魔法陣を敷いたはずです。それにより南部の防衛線を回避して大量の人員と物資を送り込みました」
「その結果があの大規模侵攻ってわけね」
騎士団長が頷く。
だがその侵攻は失敗に終わる。俺が召喚されたからだ。勇者の駒が王都に置かれ、魔族の拠点から出てきた魔族のほとんどを消し飛ばした。
「正体不明の攻撃により大打撃を受けた魔族は一時様子見に入ります。無謀な侵攻は部隊の消耗と敵の強化になりますからね」
経験値という概念があるこの世界では敵を殺せば殺すほど強くなる。そのため無謀な突撃はありえない。つまり・・・・・・
「今の魔族の侵攻には勝算がある、と」
「はい。ここからが現在の戦況になります」
国土内のダンジョンのいくつかに魔族の拠点が置かれた。
「先のパレードにより大規模侵攻を破ったのが勇者様であるという情報を得た魔族は、各拠点から出した兵を各街に分散させました。これにより勇者様に一網打尽にされるのを防ごうというわけですね」
あー、なるほど。
いくら俺が強いとはいえ、俺は一人しかいないしな。確かに有効な手だ。
「・・・・・・え、ヤバくね。こんなのんびり話してていいの? というかだとしたらパレード開いたの失敗じゃ」
「落ち着いて下され勇者殿。その程度、このロベール・ペリシエが予想していないはずがないのですぞ」
「ロベっち・・・・・・」
「ごほん、一応正式な会議の場なのですからそのような砕けた呼び名はやめて頂きたい」
「ごめんロベっち」
「・・・・・・まあ良いです。ともかく、勇者様の存在を公表した時、魔族がこのような行動をとることは予想出来ていました」
「あえてやったって事? ・・・・・・魔族をおびき出すため、とか?」
「その通り。先の大規模侵攻でダンジョンから魔族が現れたであろうとは予想されておりましたが、実際にどのダンジョンのどこに拠点があるのかは分かっておりませんでしたからな。こうしておびき出してしまえば後は追跡系のスキルや魔法で特定できるというわけですぞ」
「街の防衛は?」
「それについてもぬかりなく。既に騎士団の精鋭と迎撃用装備の配備は終わっておりますぞ」
おお、仕事が早いな。
やはり辺境伯になるだけあって優秀なんか。
騎士団長が各街に騎士の駒を置いていくのを眺めながら感心する。
だがロベっちは思案げに顎をする。
「ただ1つ予想外なのは魔族の侵攻が予想より早い事ですな」
「ん?」
「パレードが昨日。そして勇者の情報を得て作戦立案して実際に軍隊を動かすには1日ではいささか早すぎる」
確かにな。
離れた場所にある部隊が同時に別の場所を攻める作戦なんて、口で言うほど簡単ではない。明らかに魔王軍はもっと早くから勇者の情報を得ている。
「何か問題あるのか?」
「本来なら襲撃の予想される場所に陣地を敷くはずでしたが出来なくなりました」
「やばいじゃん」
待てよ、もしかして俺のせいか? 俺が霧雨平原で勇者だと名乗ったせい?
いやいや、それはないよな。だってネトルーガは死んでるし、その情報を伝える奴はいない。
──本当か? 本当にネトルーガは死んでるか? 確かに奴は心臓を潰され、頭も吹っ飛んだ。だが俺は心臓を刺されても平気だったし、それに奴は片足ぐらいなら一瞬で回復させていた。
もしかしたら奴はあの状態からでも回復できるのでは? 奴が死んでないなら俺のレベルが下がっていなかった事も説明がつく。
「はっはっはっ、そんなに慌てなくても各街の籠城準備は完了しております。隙を見て攻勢をかければよろしい」
「俺が心配なのはその事じゃなくて・・・・・・」
いや、まあ、いいか。
きっと俺の考えすぎだ。
そもそも街にはパレードの準備のために、勇者の存在が既に公表されていた。おそらく王都に潜んでいたスパイから情報が伝わったのだろう。
それに万が一奴が生きていても、もう一度俺が相手をすれば良いだけだ。
「まあ戦況と街の防衛については分かったよ。それで、俺は何をすればいいんだ?」
「はい。勇者様には王都の防衛をお願いしたく」
「えー・・・・・・」
防衛かー。それってつまり魔物と戦わなくちゃいけないってことだよな。
いつもならいつも通り嫌だつって駄々こねるところなんだが・・・・・・今回は昨日の失態もある。暗殺される上に働かない勇者と王都の人達に思われるのは癪だ。
仕方ない、今回は好感度稼ぎと割り切って嫌々ながら働いてやるか。
「まー、りょうかい」
「ふむ? やけに素直ですな」
「俺にも色々事情があんのよ。それに今回の魔族の狙いは俺以外だろ? だったら王都の目立つ所に立ってれば何もしないで済むかもしれないしな」
「確かにそれならサボり魔の勇者様でもできそうですな」
「はっはっはっ・・・・・・ロベっちって俺のこと舐めてない?」
「それでは吾輩はこれにて失礼させていただきます」
あ、逃げたな。
〇
王都の門の上に座り、ぼうっと青々とした草原を眺める。柔らかな日差しと爽やかな風に吹かれ、込み上げる眠気に船を漕いでいると、肩を叩かれた。
「ふぁ・・・・・・なに?」
「勇者様、敵襲です」
「ああ、やっと来たんだ。ご苦労さん」
物見の兵士に手を振り目をこらす。
地平線の先に確かに動く影が見える。
立ち上がりながらぐっと伸びをする。さて、ひと仕事するかぁ。
「おお、勇者様だ」
「おいおい、俺の息子より若いじゃねぇか」
「この間暗殺されかけたって聞いたけど本当に大丈夫なの?」
なにやら足元が騒がしい。
見下ろすと兵士や冒険者らしき人々がこちらを見上げていた。
ああ、俺が働かなかった場合の保険の人達か。
ずいぶん信用が無いとは思うが、俺のことをよく理解しているとも言える。
にしても俺の評判があんまりよろしくないようだ。
やっぱり衆目の前で心臓刺されたのは不味かったか。
これは由々しき事態だ。
俺はちやほやされたいというのに。
本当は魔物が来たら軽く姿見せてから適当にあしらって帰すつもりだったけど、やめだ。
ちょっと本気で相手してやるか。
「【
放たれた魔力が逆巻き、物理的な力となって吹き荒れる。力の弱い兵士や冒険者は立つことすらままならずごろごろと転がっていった。彼らを尻目に渦巻く魔力は魔物達の上空に巨大な魔法陣を描いていく。
「──【
振り注ぐ光。
圧倒的な破壊の余波は、数秒後に激震となってコチラに届いた。
ふっ、決まった・・・・・・。
「兵士くん。うち漏らしはいるかね?」
「え、あ、はい! 少々おままちください! ・・・・・・えー、視認できる範囲に敵はいません。敵勢力壊滅です」
「お、おおおおー!」
「すげぇええええ!」
「さすが勇者様だ!」
「勇者様がいればナーロップは安泰ね!」
「「「ゆ・う・しゃ! ゆ・う・しゃ!」」」
あー! 気持ちええええ!
っぱ異世界転生はこうじゃなきゃなぁ!
勇者コールを一身に浴びながらしばらく悦に浸る。
「ゆ、勇者様!」
だが慌てた様子の兵士がやってきたことでその至福の時間は中断される。
「なに?」
「は、反対側からも魔物の軍勢が! 至急対応お願いします!」
うへぇ。まだいんのかよ。
今の見えてたら諦めて帰ってくれんじゃないか?
うーん。でも、今の俺は機嫌が良い。
たまにはやってやるか!
「聞いたか皆の者! 王都に迫る脅威はまだ終わってはいない! それは即ち、俺の伝説はまだ終わってはいないという事だ! 我が雄姿を見届けたい者、共に伝説をつくりたい者はついてこい! 案ずるな! 俺がいる限り、諸君らの勝利は必然だ!」
「うおおおおお!」
「勇者様に続け!」
「魔族の軍勢、何するものぞ!」
うはぁ、俺、才能あるかもしれん。
人を盛り上げる才能。
もしくは勇者にそういうスキルでもついてんのか?
〇
俺の力なら王都の反対側であっても一瞬だ。しかし冒険者や兵士に俺の速度に着いてこれる奴は居なかったようで、気づいたら一人になっていた。
・・・・・・観客が減ってしまった。まあそのうち追いついて来るか。
「よ、やってる?」
「は! 勇者様、お待ちしておりました! おーい皆! 勇者様が来てくださったぞ」
王都の裏門に集っていた冒険者と兵士が、その声に沸き立つ。
「勇者様だ! これで安心だ」
「先程の魔法、ここからも見えておりました!」
「そのお力、今一度我らにお貸しください!」
「「「ゆ・う・しゃ! ゆ・う・しゃ!」」」
着いてそうそう盛大な勇者コールに包まれる。
この国の人はわかってるねぇ〜。
「まかせろ! 愚かな魔物共に力の差を思い知らせてやる」
一足で外壁に飛び乗り高らかに宣言する。
そして俺は天高く手を掲げ・・・・・・掲げて・・・・・・
「えっと・・・・・・」
「勇者様? 如何なさいましたか?」
あれ、何だこれ。
俺、いつもどうやってアレやってたっけ?
いや、そもそもアレってどんな魔法だっけ?
え、え、いや、何これ。
まさか・・・・・・。
(ステータス)
──────────────────
名前:荼毘龍斗
年齢:16
種族:人間
職業:勇者
レベル:849
特性:【竜頭蛇尾】
──────────────────
レベルが下がって・・・・・・っ。
ぶわりと嫌な汗が出て、全身から血の気が引くのがわかる。足下が崩れるかのような感覚に襲われ思わずよろめいた。
「勇者様! どういたしました!?」
「っ、なんでもない」
駆け寄ってくる兵士を手で制する。
これがレベルダウンか。どうやら俺はこのデメリットを甘く見ていたようだ。それまで出来ていた事が急に出来なくなるのが、これほどまでに恐ろしいことだとは。まるで一瞬のうちに数十年歳老いたかのようだ。
「は! まさか勇者様・・・・・・」
「!」
兵士が何かを察したようだ。まずい、レベルダウンのことだけは絶対に知られるわけには!
「敵からの攻撃を受けているのでは!?」
「は? あ、ああ、そう、その通りだ。かなり強力な攻撃だ。しかも俺だけをピンポイントで狙っている。かなりの手練だ。すまないが俺は術者を倒しに行く。この場は任せてもよいかな?」
「は! ご武運を! 皆! 我らが守られるだけの存在では無い事を魔物共に見せつけろ!」
「・・・・・・じゃあ俺はこれで」
盛り上がる兵士達を尻目に俺はひっそりとその場を後にした。
「何なんだよ、くそ」
喧騒から外れた路地裏で頭を掻きむしる。
俺にこんな能力を与えたのが神様なら、間違いなく性格が悪い。
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