第18話 パレード・中
自室の窓から見下ろす城下町は、どこか浮き足立っていた。表通りに面する家々は華々しく飾り立てられ、人々も普段は着ないような上等な服を引っ張り出している。
「とうとう来たな、俺の晴れ舞台、歓迎パレードが」
そして今日は、俺もまた着飾っている。
ダービーの時の鎧とは違い、俺のために誂えられた鎧だ。王国御用達の職人がデザインしたというだけあって、まるで御伽噺の英雄の如しだ。俺の平凡日本人顔を考慮しなければだが。
それでも鎧だけはかっこいいので様になっている。こういうのなんて言うんだっけ? 馬子にも衣装? いや絶対違うな。まあいいや。
試しに鏡の前でポーズなど取ってみる。
「・・・・・・かっけぇ」
思わず惚れ惚れするかっこよさだ。
これを作った職人にはボーナスをやらなければ。
「あの、勇者様。もう長い事鏡の前でポーズをとってますが、そろそろ次の準備が」
「まあ待てって。国民の皆様に安心してもらうには最高にかっこいい俺を見せる必要があるだろ。つまりこれは必要な事なんだよ。コレか? コレか? こっちの方がいいかな?」
メイドがアワアワするのを尻目にポーズの研究に没頭する。やがてポーズがだんだんと迷走しだした時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「勇者様! いつまでも珍妙なポーズをとって遊んでいる時間はありませんぞ!」
「あ、ロベっち。これは珍妙じゃなくてジョジ〇立ちっていう俺の故郷の伝統的な立ち姿なんだよ」
「何でも良いですぞ。もうそのままでいいから今日の予定の確認をしますぞ」
「えー要らなくない? 全部分かってるから大丈夫だって」
「でしたら今日の予定を言ってみてくだされ」
「パレードしてパーティして後は流れで解散。二次会は自由参加」
「何も分かってない!」
ロベっちがバンと机を叩く。朝から元気だ。
「良いですか。今日の式典は国の威信と魔王軍への牽制を兼ねた重要なものなのです。そのような軽い気持ちで挑まれては困りますぞ」
「はーい」
口ではそう言いながらも体と意識はポーズ研究に向いている。どうすれば一番インパクトがあるだろうか。ちょっと浮いてみるか? 風魔法を使えば出来るな。試しに胡座をかきながら浮いてみる。・・・・・・ちょっと宗教っぽいな。
「うわぁ・・・・・・。勇者殿、それをパレードでやるのはオススメしませんぞ」
「だろうな」
俺もそう思う。でも浮くって発想はありだな。ちょっと繊細な魔法が必要になるが。
ロベっちが一つ咳払いして逸れた話を戻す。
「えーともかく、集中力の無い勇者殿のために極力要点を絞ってお伝えしますぞ。まずパレードで正門から入って王都をぐるりと一周。勇者様はワイバーンの牽引する竜車に乗っていただきます。その間勇者様はにこやかに国民に向けて手を振っていてくだされ。極力無駄な事はしないように」
「無駄な事って?」
「そういう風に火球を使って曲芸紛いの事をする事ですぞ」
「これはジャグリング、もしくはお手玉って言って」
「だからどうでもいいですぞ。
ピエロ・・・・・・そう言われるとちょっと嫌だな。
「その次は王宮前広場で王からの式辞があり、その後勇者殿からの決意表明を兼ねた演説がありますな。そしてコチラがその原稿ですぞ」
「えー? 俺もう何言うかも決まってるの?」
「はい。勇者殿が何を言うべきか考えるのも大変だろうと思い、事前に作らせておきましたぞ」
あくまで俺のため、とでも言いたげだが、実際は違うだろうな。渡された原稿をチラリと見る。
ナーロップ王国のため誠心誠意尽くす・・・・・・魔族を滅ぼし、人族と王の威光を世界に知らしめる・・・・・・国民達よ、共に手を取り合い勝利を勝ち取ろう・・・・・・
耳触りの良い言葉が美しく修司され書かれている。もっともそれも国にとってだが。どうせ勝手に喋らせたら何言われるか分かったもんじゃないとか、そんなとこだろ。
まあ別にいいさ。実際いい感じの演説するのって緊張するし、文章考えてくれんなら楽でいい。
ただ問題があるとすれば
「長くね? こんなん覚えらんないよ」
「覚えろ・・・・・・と言って覚えてくれるなら我々も楽だったでしょうなぁ」
「お、チクチク言葉か?」
「ごほん、別に覚える必要はありませんぞ。演説の時に取り出して読み上げて下さればそれで結構」
そうか。でも卒業式とかでもそうだけど、なんかそういうのカンペ見てるみたいでちょっとダサく見えるんだよな。まあだからと言って覚えるのはダルいからいいや。
「その後は城下町は祭り。勇者様は王宮内でパーティですぞ」
「お、いいねぇー」
「細かい流れはお付の者にその都度聞いて下され。応対もお付の者を通すように。くれぐれも好き勝手に喋って勇者の品位を落とすことのないように気をつけてくだされ」
「わーってるって。それでお付きの者っていうのは?」
「僕のことだよ、リュート。いや今は勇者様と言うべきかな」
「ジミー!」
ロベっちと入れ替わりで顔を出したのは金髪碧眼のイケメン騎士だった。
鎧は普通の一般兵士のものなのに、なぜか俺より勇者然として見える。なぜだ。これが顔の差か?
「チェンジだチェンジ。こんな奴が傍にいたら俺が霞むだろうが。もっと地味顔をつけろ」
「そんな事は無いと思うけど。それに本番中は兜をつけるから大丈夫だよ」
ジミーがフルフェイス型の兜をつけるとイケメンオーラはだいぶ軽減された。これなら・・・・・・まあ、大丈夫か?
「にしてもジミー、こんな裏方みたいな仕事もするんだな。騎士ってのは戦うのが仕事じゃないのか?」
「普通はそうだけどね。キミと面識があってある程度物怖じせずに話せる者が僕しかいなかったんだよ」
「ふーん、また貧乏くじか」
「わかってるならもっと素直にしてくれないかい?」
それは無理な話だ。反抗期の子供なもんで。
「それよりポーズ研究手伝ってくれよ。今俺の中で浮かんでる案が炎の中を突き破って登場するっていうのなんだけど」
「・・・・・・その鎧、デザイン重視で耐久性は低いからあまり無茶すると壊れるよ」
「マジ?」
炎を突き破って現れるボロボロの鎧を来た平凡な顔の男・・・・・・会場が一気に白けるのは想像に難くない。
うん、演出はちょっと大人しめにしよう。
〇
閉じられた正門の前で、国民達はその扉が開かれるのをいまかいまかと待ち構えていた。これから現れるのは王都を救った英雄。そして魔族を滅ぼし平和をもたらす救世主。その姿を一目見ようと、老若男女問わず目を輝かせていた。
「わっ、きたぁ!」
ファンファーレの音ともにゆっくりと扉が開かれていく。わっと沸き立つ歓声。
マーチング隊とそれに続く騎士の行進。
そして今回の目玉、勇者を載せた竜車。
だが姿を見せた竜車を見た時、歓声は困惑に変わった。
「あれ? 勇者様は?」
竜車の上には誰もいなかった。いや正確に言えばワイバーンを操る御者はいるが。
困惑がざわめきに変わったころ、突如天から巨大な破裂音が響いた。驚き空を仰いだ国民達は空に一輪の炎の華が咲いているのを見る。
そしてその華から落ちてくる影。煌びやかな鎧に身を包んだ勇者──そう、俺だ。
「YEAAAAA! 勇者様の登場だぁ!」
風魔法で軽く減速して竜車に着地。同時に大量の火球を纏めて放ち、上空で炸裂させる。王都の空に満開の華が咲く。魔法式の花火だ。
・・・・・・。
あれ、歓声が聞こえない。
突然のこと過ぎてびっくりさせてしまったか。
「王都のみんな! 俺のために集まってくれてありがとう! 今日は祭りだ! 盛り上がってこうぜ!」
風魔法で俺を中心に風を流して声を王都中に届ける。
さらに追加で花火を打ち上げる。
そこでやっと地鳴りのような歓声が響いた。
ふぅ。焦った焦った。
いきなり滑り散らかしたかと思ったわ。
「リュート! 今のはなんだい!? というかいつの間に空に!?」
御者を務めるジミーが焦った様子で問い詰めてくる。
俺はにこやかに国民達に手を振りながら
「インパクトのある登場演出だよ。空に居たのはまあ、【時間停止】でちょちょっとな」
「時間停止なんて力をそんな事のために使ったのかい。というかやるならやるで僕ぐらいには伝えてくれてもいいんじゃないかい?」
「ほら。敵を騙すにはまず味方からってな。俺は国民だけでなくお前らにもサプライズをお届けしたかったんだよ。驚いたろ?」
「ああ、心臓が止まるかと思ったよ」
恨めしそうな雰囲気を漂わすジミーを尻目に花火をさらに飛ばす。
「さっきから飛ばしているそれはなんだい? さっきは魔王軍の攻撃かと思ったよ」
「なにって花火だよ。・・・・・・あ、ちょっと待ったやり直す。──なにって花火を打ち上げただけだが?」
「・・・・・・? なんで言い直したんだい?」
そうか、この世界には花火がないのか。
道理で花火を見た時の盛り上がりが悪いと思った。いつの間にか空に炎が浮かんでたらそりゃ攻撃かと思うよな。
「俺の故郷じゃ祝い事があると、こうやって花火を打ち上げたんだ。綺麗だろ?」
「・・・・・・ああ、そうだね。空の華、か。言い得て妙だね」
ちなみにこれは大量の小さな火球を一塊にして空に飛ばして上空で拡散させてるだけだ。つまり全部の火球の軌道を手動でやってるので見た目の華やかさに対してけっこう頭が疲れる。複数同時に飛ばすと俺の脳まで弾けそうだ。
でもこれにはそれをやるだけの価値があるとおもうんだよな。やっぱ祭りには花火がないと。
・・・・・・待てよ。これなら火球以外でも出来るんじゃないか?
試しに小さな氷を大量に集めて打ち上げる。
上空で打ち上げた氷が空で花開く。キラキラと陽光を反射し、そのまま空に溶けるように消えていった。花火もとい花氷だ。
わっと観客から歓声が上がる。
いい感じじゃないか。
続いて雷を打ち上げる。空気を引き裂く音を轟かせ、空に閃光の華が咲く。
歓声はまさしく万雷の喝采だ。
「きゃー! 勇者様ー!」
「すげー! もっと見せてー!」
ふぉぉおおお!
これだよコレ。こういうのが欲しかったの。
観客のコールに答えてよりいっそうの花火で空を彩る。
俺は戦うことしか出来ないと思ってたけど、やろうと思えばできるもんだな。
そのまま上機嫌に花火を上げていると、突然首筋にぴりりと感じるものがあった。
これは・・・・・・敵意か。
「ジミー」
「なんだい?」
体と表情はそのままに、他の人に聞こえないようにジミーに話しかける。
「敵意だ。左前方、建物の裏。かなり強い敵意だ」
「・・・・・・暗殺者、あるいは入り込んだ魔物かな?」
「このパレードを台無しにしたいテロリストって線もあるな」
ナーロップ王国の敵は魔族だけではない。隣接する国やカクム帝国は相変わらず潜在的脅威だし、人の集団である以上、現在の政敵を敵視する者もいるだろう。
「どうする?」
「花火に紛れて攻撃する。花火打ちながらだと細かい操作が効かないから、多分建物ごとになるけど」
「無視、というのは?」
「俺は別にいいけど奴が攻撃してきたら国民が巻き込まれるぞ」
ここにはパレードを見に押しかけてきた国民が大量にいる。適当に魔法や弓を乱射するだけで甚大な被害がでるだろう。
「・・・・・・そうだね。できれば原型を留めるように倒してくれれば後から言い訳しやすいよ」
「善処する」
一応俺には不可視な上に生物以外を傷つけない【冥王ノ舞】という魔法もあるが、あれはクソ目立つ【星導・星屑ノ舞】を発動させた後に大量の素材を吸収するというタメが必要なため使えない。
勇者の技はどれもこれも派手なのが悩みどころだ。
使う魔法は・・・・・・雷でいいか。
雷なら速度が早すぎて、1つぐらい建物に直撃したとて観客は気づかないだろう。万が一建物ごといってもいいように他の花火の音は大きめにして
「とう」
ババババ、と大気を震わす花火に混ぜて雷撃をとばす。
「っし!」
敵意の反応が消える。しかも建物にも被害はない。パーフェクト! 思わず心の中でガッツポーズをする。
「きゃーーー!」
だが俺の耳にはつんざくような悲鳴が届いた。マズイ、バレたか。
しん、と静まりかえる街道。
その視線は全て俺に注がれている。
なんでバレた? とりあえず逃げるか? それとも謝れば許してくれるか? いや、そもそも事情を説明すれば。いやいや待てよ刺客の死体が残っているはずだからそれを見せれば。いやいやいやわざわざ刺客が自分の身元を証明するもの持ってるはずがない。いやいやいやいや、あー、どうしよ。
俺がどうやってこの凍りついた空気を戻す方法を模索していると、振り返ったジミーが震えながら俺を指さした。正確には俺の胸を。
「りゅ、リュート。それ・・・・・・」
「・・・・・・?」
なんだろうと体を見下ろす。
すると左胸の辺りに見覚えのない装飾があった。
赤い液体を滴らせながら鈍く輝く鋭利なナイフのようなモノ。──というかナイフ。
それを認識した瞬間、喉の奥から熱いものがせり上がり思わず吐き出す。
「な、なんじゃこりゃあ!」
どす黒く、禍々しい赤。どう見ても血だ。
あー、気づいたらめっちゃ痛くなってきた。
なにこれ俺死ぬの?
「死にたくねぇよ・・・・・・」
まだまだ勇者を堪能したいし、美味いもんも食いたいし、遊び足りないし、それにまだ童貞だし。
ああ、にしても呆気ないもんだな。死ぬ時は。
最強のはずの俺がまさか背後からナイフで一撃とは。正確に心臓を一刺しだ。これだけの衆人環視の中、犯行の瞬間まで誰にも気づかせない、まさしくプロの技だ。
というかこの鎧マジで見た目だけだったな。ジミーの忠告通り派手すぎる演出は控えてよかった。いやそれでもおかしいな。どうしてこんなに簡単にナイフが刺さるんだ? 鎧は紙同然だったとしても俺の防御力はレベル相応に高い。下手な攻撃ではかすり傷にもならないはずだ。後ろに人は・・・・・・いないな。敵意レーダーにもずっと反応は無かった。という事はこれは投げナイフか。投擲したナイフで俺の防御力を貫通する、そんな奴がこの世界にいるのか? そんな伝説の暗殺者みたいな奴が? さすがにそれは無いだろう。ならばこれには何かカラクリがあるはずだ。俺の知らないスキルか、魔法か。それにタイミングも良すぎる。俺が隠れていた敵を攻撃した瞬間の、最も無防備なタイミングを狙い打たれた。まさかあの隠れていた敵意は陽動? そして本命の一撃は敵意レーダーに引っかからないように遠距離から。まさか敵は俺の能力を知っていてこんな作戦を? それとも考えすぎか? あー、でももはやそんなのどうでもいい話か。なんせ俺はここで死ぬんだからな。はぁ、たった16年の人生か。いやまあ異世界に勇者として召喚されるなんて経験があるのなんか世界で俺ぐらいのもんだろうしな。それほどの幸運の揺り戻しが来たってことだろう。あーあ、せっかく最強の勇者として召喚されて人生これからって所だったのにな。あぁ、呆気ないもんだな、死ぬ時は。いやこれさっきも思ったな。思考がループしてるぞ。
・・・・・・。
・・・・・・ていうかなかなか死なないな。
というかなんか死にそうな感じしないんだけど。
普通に呼吸出来るし体も普通に動く。指先が冷たくなっているようなことも無い。
・・・・・・なんか大丈夫そうじゃね?
「よっと」
背中に手を回してナイフを引っこ抜く。ぴゅっと血が吹き出たがすぐに止まった。面倒だが鎧を脱いで傷跡を確認する。傷・・・・・・あった。だが見てる目の前で傷跡が蠢いて塞がっていく。
わぁ、我ながらキモ~イ。
あれか? レベルが高いと生命力も高いからちょっとの傷でも死なないと、そういうことか? いや心臓をナイフで一刺しは全然大したことある致命傷だと思うけど。でもそれ以外考えられない。そういえば勇者になってコレが初めての傷だしな。知らなくてもしょうがない。
「うん。というわけでジミー」
「な、なんだい?」
「特に問題は無かったからパレードを続けてくれ」
「無理を言わないでくれよ」
周囲を見渡す。誰も彼もどうすればいいのか分からずに動けないでいる。
確かに、もう祝うような空気じゃないな。
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