第17話 パレード・前

 王宮の自室から城下町を見下ろす。色鮮やかな街並みに柔らかな日差しが差し込んでいる。その中を豆粒のような人々が慌ただしく行き交っていた。とても魔族と戦争中とは思えない、のどかで平和な時間だ。

 だが平和は時に退屈を生む。

 

「ヒマだな」

 

 娯楽飽和国日本で生まれ育った身としては、この世界は刺激が足りない。漫画をくれ。ゲームをくれ。ようつべを、アニメを、スポーツを。娯楽をくれ。

 

「勇者様には貴賓にふさわしき礼儀作法を覚えるという仕事がございますので暇ではありませんよ」 

「俺は思うんだが、人間ってのはやらなきゃいけない事がある時ほど暇を感じるんだよな」

 

 特に授業中とかな。

 

「逃がしま・・・・・・」

「【時間停止】」

 

 〇

 

 ガチャガチャとサイズのあっていない鎧を鳴らしながら街を歩く。道行く人が奇妙なモノを見る目を向けてくるが、こういうのは恥ずかしがったら負けだ。堂々と、逆に鎧で音楽を奏でるぐらいの気持ちで行くべし。

 

「何かしらあれ」

「大道芸人?」

「新手の道化師かしら」

 

 ・・・・・・なんかもはや冒険者とは見られてないようだ。

 だが今の俺は冒険者。都会を夢見て田舎からやってきた、ちょっと常識に疎いが実は高い剣の才能を秘めており、王都でメキメキと頭角を表していく予定の冒険者ダービーだ。

 最近は霧雨平原に行ってたからダービー君になるのも久々だ。

 

 でも別に今日は依頼を受けに行くわけじゃない。ギルドには酒場も併設されているからな。人目を忍んで飲み食いするにはギルドが適しているというわけだ。

 

 だが意気揚々とギルドの扉を開けようとした瞬間、はたと思い留まる。

 

 俺ってギルドに入ってから特に依頼こなしたわけでもないし、職員とか同業者から仕事もせずに遊んでる奴って見られるんじゃ。

 

「・・・・・・」

 

 まいっか!

 別に俺の事覚えてる奴いないだろ。なんせ何も仕事してないんだからな!

 

 開き直ってカウンターまでずんずん進み、ガチムチの料理人に適当な額のコインを投げる。

 

「すいませーん。なんかいい感じの肉料理くださーい」

「ほらよ。新鮮な骨付き肉だ」

「・・・・・・あの、新鮮すぎて血滴ってるんだけど」

 

 まあいいか。

 【火球】を使って自分で焼こう。

 そもそもこれ何の肉なんだ? 寄生虫とか細菌とか大丈夫なんだろうか。実は生食OKな肉? ちょっと怖いからウェルダンでいこう。

 俺のレベルなら寄生虫や病気に負けないという可能性もあるが。万が一にも腹を壊して媚びナイフのように神に祈りたくはないし。

 

「うし、こんなもんか」

 

 全体にこんがりと焼き色がつき、いかにも上手に焼けましたって感じだ。想像以上の出来栄えにしばし酔いしれる。

 いざ実食。骨付き肉に豪快に喰らい・・・・・・つこうとしてフルフェイスの兜に阻まれ、ベタりと肉汁が兜につく。しまった。兜のこと忘れた。

 

 笑い声に視線を向けると、ガチムチ料理人が肩を震わせていた。あの野郎。

 

 だが困った。この兜だけは外す訳にはいかない。でも肉は食いたい。

 仕方なく肉をちぎり取り、兜と鎧の隙間から捩じ込んで食べる。・・・・・・食いづらいな。この鎧欠陥構造だろ。いや本来はこんな使い方想定してないのか。

 でも肉は美味いな。塩も何もふってないのに肉汁の旨みが凄い。なおのこと喰らいつけないのが悔やまれる。

 

 がしゃん

 

 グラスの割れる音に振り向けば、大男二人が取っ組みあっていた。

 

「んだとテメェ! もっぺん言ってみろ!」

「ああ言ってやるさ! お前はぐへぇ!」

 

 男が何事か言う前にもう一人に殴り飛ばされる。

 殴られた男も負けじと殴り返す。それからはもう言葉は要らない。喧嘩の始まりだ。

 

「おおー! やれやれ!」

「はいはーい! ロルフに掛ける奴はコッチ、ジョセフに掛ける奴はアッチだよ!」

 

 だが周りは止めるどころかはやし立てている。どころかトトカルチョまで始める始末だ。

 

「元気だなぁ」

 

 周りの冒険者は素早い動きで椅子と机をどけると、魔術師らしき男が結界を貼り、即席の決闘場を作った。声のデカい奴が実況を始め、会場のボルテージは高まっていく。

 なんかやたらと手慣れてんな。

 

 火事と喧嘩はギルドの華ってか。これは彼らにとっては日常風景なんだろう。

 

「・・・・・・ん?」

 

 ぼうっと突如始まった熱狂を眺めていると、それとは一切関わらずにいる奴を見つけた。物憂げな顔を浮かべながらジョッキをちびちびと傾ける少女。

 というかジェンドウだ。

 

 何やら悩み事でもありそうな顔だ。

 もしかしなくてもあれか。霧雨平原のことか。

 うーん、下手に突くのは不味いか? でも俺はジェンドウとは友人だと思っている。友人が困っているなら、助けてやりたい。

 勇者リュートとしては初対面に失敗して嫌われてしまったが、冒険者ダービーなら大丈夫だろう。

 

「おっす、ジェンドウ。浮かない顔してんな」

「うわっ、ってアンタか」

 

 骨付き肉をちびちび食いながらジェンドウの前の席に座る。

 

「食いづらそうだな。兜外せば?」

「大丈夫だ。それよりなんか悩み事あるんだろ。俺でよければ話してみろよ」

「んー」

 

 ジェンドウは少し思案してから口を開いた。

 

「勇者って知ってるか?」

「え」

 

 俺?

 そりゃもう知りすぎてる程に知ってるが。

 

「あー、あれだろ。なんか街で噂になってるよな」

「そう、その勇者について知りたいんだけど、なんか知らない?」

「悪いな。ほら、俺田舎出身だから噂には疎くて」

「そっか」

 

 ダービーとしては知らないと言う他ない。

 だが気になるのは

 

「なんでだ?」

「ん?」

「なんで勇者について知りたいんだ?」

「まぁ、なんつうか、最近一緒に仕事して助けられたりしたからな、その縁でっつうか」

 

 微妙に歯切れの悪い回答。

 その瞬間俺の脳に一筋の電流走る。

 

 霧雨平原で危機に陥ったジェンドウ。それを颯爽と助けに来た勇者。そしてネトルーガとの激戦。さらにあの物憂げな表情。まさかジェンドウ・・・・・・!

 

「もしかして勇者に惚れたのか!?」

「はあ? なんでんな話に・・・・・・いや、そうだな、その通りだよ。あー勇者様好き好きー。どこに行ったら会えるのかなー」

 

 わざとらしくクネクネするジェンドウ。照れ隠しか。

 

 かっーー!

 まいったなー!

 でもそうだよな、あんな劇的な展開を迎えたら恋の一つや二つしちゃうよなー!

 

 俺も常々思ってたんだよ。俺の勇者人生にはヒロインが足りないって。そうか、ジェンドウ、お前が俺のヒロインだったということか。

 でも俺はジェンドウの事は女友達だと思っており、恋愛感情はない。女友達とそんな関係になれるのか。

 結論、問題なし。

 男ってのはそんなもんだ。好きじゃなくても抱ける。俺の場合はだが。

 

 とはいえ自分から行く気はない。あくまでも来るなら拒まずが俺のスタンス。だから俺から言えるのは一つだけだ。

 

「ジェンドウ。お前の熱い思い。きっと勇者にも届くはずだ。お前の恋が成就するのは俺が保証するぜ」

「アンタってそんなタイプだったっけ? まあいいや。それより勇者はどこにいるんだよ。それが分からなきゃどうしようもないだろ」

「さあ? 王宮とかじゃないか?」

「どうやって入んだよそんなとこ」 

 

 それもそうだ。

 そもそも俺ってほぼ寝る時ぐらいしか王宮いないんだよな。

 じゃあどうするか。自分から素顔でギルド行くか? でもそしたら俺の正体がバレる可能性が上がりそうだし出来れば勇者としてギルドには近づきたくない。俺を探しに来た騎士とかが、勇者がギルドにたむろしているって事で探しにくるようになったら面倒だ。

 あ! そうだ!

 

「そう言えば風の噂で今度勇者の歓迎式典的なパレードやるって聞いたぞ」

「へぇ」

「その時に上手いこと・・・・・・なんかこう・・・・・・手紙とか飛ばしてみたり? すればいけるんじゃないか?」

「矢文でも飛ばせってか?」

 

 ジェンドウの胡乱気な視線が突き刺さる。俺も言っててコレはダメだと気づいた。

 確かにパレード中は当然テロ警戒的なのもあるだろうし、一般冒険者には近付きようもないだろう。思ったより難しいな。これが身分違いの恋か。

 

「まあでも今のはいい事聞いた。ちょっと考えてみる」

「おお。役に立ったなら何よりだ」

 

 まさかホントに矢文を飛ばすのか?

 でも矢文って傍から見たら暗殺してるようにしか見えないよな。

 ・・・・・・ジェンドウが勘違いでしょっぴかれないように祈るばかりだ。

 

 

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