第16話 帰還

 その後は特に問題なく霧雨平原から脱出出来た。

 もちろん囚われていた人達も全員救出した。ジミーとマリアンヌさんが牢獄の檻を使って上手いこと籠を作ってくれたおかげだ。

 

 ジミーとマリアンヌさんはネトルーガの頭を見せたら驚いていた。ジミーは魔王軍の本拠地と同じくらいの価値があると喜んでいた。

 ・・・・・・そういえばそもそもの目的は魔王軍の本拠地の情報を得ることだったな。ジェンドゥが攫われてからはすっかり忘れていた。

 

 当のジェンドゥはやけに大人しく、王都に帰ってからマリアンヌさんに念の為診療所に行くよう勧められても断り、報酬だけもらってさっさと居なくなってしまった。

 魔王軍の基地に一人攫われて、相当怖い思いをしたのもあるだろう。追いかけようかとも思ったが、俺はジェンドゥから嫌われているからなあ。

 ──そういえばなんかジェンドゥの事で疑問に思ったことがあった気がする。なんだったかな。まあ思い出せないなら大したことじゃないか。

 

 まあともかく、これで想像以上に大変だった調査依頼は終わった。

 ・・・・・・いやマジで大変だったな。これは絶対に盛大なパーティで祝ってもらわないと気が済まないぞ。

 

 なんせ魔王軍に俺が勇者ってバラし・・・・・・あれ? そういえば俺が勇者だとカミングアウトした時にいたのってネトルーガとボアオーク、あと一応ジェンドゥだけだよな。ネトルーガは死んでボアオークも崩落に巻き込まれて生死不明。これ、魔王軍に伝わってなくね?

 しまったー! 証言者を生かしておくのを忘れてたー! なんという痛恨のミス。

 くそ、ネトルーガめ。四天王だったら護衛の魔物ぐらい侍らせておけよ。

 ・・・・・・いや、ネトルーガは多分かなりの武闘派だ。自分より弱い魔物なんて護衛に要らないという事だったのだろう。それにあの時は俺の襲撃により混乱状態だったし。

 

 はぁ。まあ終わったことは仕方ない。いざとなれば駄々をこねてでも開かせる。俺の駄々は怖いぞ。駄々(Lv892)だからな。

 

 そういえばレベルはどうなったんだ? ネトルーガを殺してかなりの経験値が入ったはずだ。

 ・・・・・・はぁ。気が滅入る。確認するのも怖いが、確認しないのも怖い。俺はため息混じりにステータスを開いた。

 

 ──────────

 

 名前:荼毘龍斗

 年齢:16

 種族:人間

 職業:勇者

 レベル:892

 特性:【竜頭蛇尾】

 

 ──────────

 

「あれ?」

 

 1つも落ちていない?

 どういう事だ?

 もしかして思ったより経験値が少ないのか? 確かにいくら他の魔物より強いとはいえ、俺からしたら格下だ。ネトルーガ程度の経験値では俺のレベル1つ分にも満たなかったという可能性もある。

 もしくは、ネトルーガが自殺したからか? 確かに弱らせはしたが俺は殺していない。

 ゲームなんかでも敵が自爆技で倒れた場合は経験値がもらえないなんて場合もある。可能性は高いな。

 普通の人間なら憤激して運営にクレームの電凸をする所だが、俺にとっては好都合だ。それなら今後、他の四天王や魔王と戦う時は相手に自殺させるようにし向ければ俺の被害はゼロで済む。なんて天才的な発想だ!

 

 ・・・・・・いや陰湿すぎるだろ。ネトルーガと戦ってみて思ったが、高位の魔物──魔人というのだったか──は人間とそう変わらない知能を持っている。ネトルーガの時は完全に想定外だったが、だからといって自殺に追い込むように戦って下さいと言われたら首を横に振るだろう。

 この案は却下・・・・・・いや、念の為保留としておこう。

 

「失礼します勇者様」

 

 自室でゴロゴロしながら考え事をしていると、メイドが来た。

 

「ペリシエ卿が先日の褒賞の件でお呼びです」

「ぺり・・・・・・? ああロベっちね。ようやく来たか」

 

 さてさてどうなるか。あの狸から何としてでもパーティ開催の言質を勝ち取らねばならない。

 魔王軍の基地の情報こそ無かったが、こちらには四天王の首という成果がある。いざ勝負!

 

「勇者様の歓迎式典の日取りですが、1週間後あたりでどうでしょうかな。なにか希望の日取りがあるなら合わせますぞ。さすがに明日明後日にするのは無理ですが」

「あれ?」

 

 ロベっちからあっさりと日取りを聞かれて逆に不安になってしまう。

 

「普通に開いてくれるの?」

「? そういう約束だったではないですかな?」

「ああ、いや、そうだな。そうだった。うん、日程についてはそっちに任せる」

 

 あれれ。普通に開いてくれるのか。

 え、じゃあ内通者スパイうんぬんは俺の考えすぎ? うわー恥ずかしすぎ!

 ちょっと待て、だとしたらジミーの言ってた想定外って何なんだよ。

 気になる、気になるが・・・・・・ロベっちには聞けないよな。

 

「ふむ。でしたら今日はもう下がってよいですぞ。後日、細かい日程や打ち合わせを致しましょう」

「おう。・・・・・・ってちょっと待った」

 

 用済みとばかりに退室させようとするロベっち。だが1つ忘れていることがある。

 俺はロベっちに手を差し出した。

 

「金くれ」

「は?」

「だから、金だよ。あんだけ苦労して四天王倒してきたんだぞ? 報酬を要求すんのは当然だろ」

「報酬は式典という形で」

「おいおい。貴族と違って、俺の腹は名誉だけじゃ膨らまないんだわ」

 

 その後もしばし睨み合いが続いたが、思ったより早くロベっちが折れてくれた。

 

「分かりましたぞ。後でメイドに部屋まで届けさせましょう」

「分かってくれたならよし」

 

 俺はしばらくは休暇にするつもりだ。しかし時間だけあってもしょうがない。遊ぶには金が必要だ。

 一応ダービー君になってギルドで稼ぐという手もあるが、めんどくさい。そもそもそれしてたら休暇にならないし。

 

 想像以上の成果に足取り軽く部屋を出る間際、ロベっちのため息混じりのボヤキが聞こえた。

 

「はぁ、どうしてもっと従順な勇者が召喚されなかったのか」

 

「・・・・・・!」

 

 ぐるんと音がしそうな勢いで振り返る。ロベっちがギョッとしているが俺はそれどころでは無い。

 

 もしかしてそれか! 最後の想定外って!

 

 〇

 

「まあ、そうだね。あの時は君の機嫌を損ねそうだから伏せさせてもらったけど」

 

 訓練場的な所で素振りをしていたジミーをとっ捕まえて問い詰めるとあっさりと白状した。

 

『勇者が想定より自分勝手だった』

 まさかそんな簡単な事だとは思いもしなかった。

 いやそもそも人間呼び出しておいて自由に動かせると思うなよ。もしくはなんでも言う事聞いてくれる聖人傀儡が来てくれると思ったのか?

 

「俺は内通者スパイがいる可能性があるから、って予想してたんだが」

「内通者か。でもそれは想定外にはならないね」

「なんで?」

「貴族とまつりごとにとって内通者は付き物だからさ」

 

 なるほど。初めからいるものと考えているなら、それは想定外にはならないな。

 

「じゃあとっくに内通者の対策はしているのか? 例えばどんな?」

「王城結界とかだね。この間マリアンヌ嬢が張った結界があっただろう。あれの超強力な奴があるのさ」

「へー」

 

 確か魔族の侵入を防ぐ結界だったっけ?

 ぐるりと周囲を見渡すが何も見えない。

 まあちゃんと対策してあんならいいか。

 

「そういえばジミーは今日も仕事なのか? 昨日の今日で?」

 

 まだ昨日王都についたばかりだ。帰りは俺が運搬したとはいえ、戦闘や長旅のストレスで疲労は溜まっているだろう。

 

「いや、今日は非番さ。でも僕は調査で何の役にも立てなかったからね。曲がりなりにも『王国最強の騎士』と呼ばれるからには、コレではいけないと居ても立っても居られなくなったのさ」

「へー」

 

 真面目だなぁ。

 

「そうだ。キミさえ良ければ稽古つけてくれないかい?」

「俺が? 馬鹿言え。俺はレベルの高いだけの一般人みたいなもんだぞ。俺ができるアドバイスといったら『レベルを上げろ』くらいだ」

 

 残念そうなジミーに手を振り訓練場を後にする。

 そもそも今日は休日だ。いつまでもこんな汗臭い所に居られるか。俺は街に出させてもらう。

 

 〇

 

 と、その前に今日は寄る所がある。

 市場で適当な果物を買い、教会を目指す。輪っかのようなマークが目印だ。遠くから見るとでかいワッシャーがくっついているように見える。確かフマイン教とかいったか。フマイン教は人間主義の宗教で、魔人、魔物などの魔族を激しく嫌っている。曰く、神は自らを模して人間を作り、そして人間のために世界を作った。そして魔族は悪神が人間と神を滅ぼすために作った穢れた命である、みたいな。

 

 まあ今日用があるのは教会ではないから置いておこう。用があるのは教会の隣にある、教会の運営する診療所だ。

 

 ここには先日救出された女性達がいる。昨日は預けた後、すぐにマリアンヌさんに「後は私がやりますから」と追い出されてしまったから、改めて様子を見に来たのだ。まあ女性達はほぼ裸だったからな。安全な場所まで来れたら男は居ない方がいいだろう。

 

「ちわーす」

 

 声をかけつつ中を覗くとシスターらしき女性と話すマリアンヌさんが居た。マリアンヌさんは俺に気づくとシスターに一礼してコチラに来た。

 

「リュート様。お見舞いですか?」

「まあそんなとこ」

 

 マリアンヌさんと話しつつ見舞い品の果物をシスターに預ける。

 中は簡素なベットが等間隔に並んでいる。そこに寝る人は様々だ。ケガだったり、咳き込んでいたり、うなされていたり。

 俺はその中から見覚えのある人達の方へと向かった。

 

「彼女たちはどんな感じ?」

「はい。幸い外傷は大した事はなく、治癒魔法で治せたのですが・・・・・・精神こころはそう簡単にはいかず」

 

 彼女たちは相変わらず虚空を見つめていた。呼吸はしている。血色もいい。にも関わらず目だけは死んでいる。

 

「精神は魔法で治せないの?」

「もちろん試しました。ですが効果が無かったのです。私は奴隷紋のせいだと思っています」

「どれいもん?」

「これです」

 

 マリアンヌさんが女性の服を捲りあげると、そこには複雑な図形と文字を組み合わせた紋章のようなモノがあった。俺が淫紋と呼んでた奴だ。

 

「ふーん、これが。これ解除できないの?」

「今はその方法を探している段階です。なにぶん我が国で使われている奴隷紋とは全く系統も構造も違うので難航しております」

「へー」

 

 我が国、ね。

 じっと奴隷紋を観察する。文字のような物が描かれているが、この間見せてもらった魔法文字とは種類が違うようだ。なんというか、魔法文字はカクカクしているのに対し、この文字は蔦がのたうったかのような形だ。魔法にも色々と系統があるんだなぁ。

 俺は最強ではあるが万能ではない。こういう事についてはからっきしだ。申し訳ないがマリアンヌさんに頑張ってもらおう。

 

 と、視界の端でマリアンヌさんが欠伸を噛み殺すのが見えた。よく見ると目の下にクマが見える。

 

「もしかしてマリアンヌさんずっと看病してたの?」

「ええ。とはいえ私に出来たのはシスター達のお手伝い程度ですが」

「そ、そっか。なんかゴメン。ぐっすり寝てて」

「いえ、調査では皆さんの足を引っ張ってばかりでしたので、せめてこれぐらいはしないと気がすみませんのです」

 

 二人揃って真面目なことだ。

 いやでもマリアンヌさんがいないとジェンドゥの居場所も分からなかったし、別に役に立ってないって事は無いと思うんだが。まあこういうのは本人の納得の問題だ。俺がとやかく言ってもしょうがないだろう。

 

「そっか・・・・・・。まあゆっくり寝てね」

「いえ、これから報告書を書かないといけないので」

 

 そう言ってマリアンヌさんは診療所を後にした。若干フラフラしながら。

 ・・・・・・もしかして初めて会った時本に埋もれて気絶してたのは、寝不足のせいなんじゃなかろうか。

 

 

 〇

 

 マリアンヌさんから奴隷の話を聞いてから気になったことがある。

 かわいい女の子の奴隷・・・・・・それは男の夢。かわいくて俺に従順な女の子とか好きにならないはずが無い。

 ・・・・・・欲しい。

 

 まあもちろん俺も現代の教育を受けた身だ。奴隷という制度に対して良い感情は無いし、可哀想だとは思う。でもせっかくそういう制度があるなら使ってみたくなるだろ。それに酷い扱いをする気はないしな。むしろ他の人に買われるより幸せにしてやろう。

 

 マリアンヌさんは我が国の奴隷紋がどうとか言ってたから、この国にも奴隷制度があるはずなのだ。だが俺はまだ見た事がないんだよな。

 

 今まで見なかったのは俺が表通りしか見てないせいだろうか。なら今日は路地裏の方を歩いてみよう。

 有名な観光地でも、一歩裏路地に足を踏み入れると犯罪の巣窟、なんてのは元の世界でもよくある話だった。狙い通りちょっと歩いただけで後暗い雰囲気の人が目につくようになった。

 それだけでは無い。いくつもの鋭い敵意が突き刺さるのを感じる。大方身なりの良い俺をカモにしてやろうという追い剥ぎか何かだろう。

 無視してその辺をぶらつく。

 

 裏通りは表通りと比べれば狭いし薄暗い印象を受けるが、何よりもの違いは人だろう。みなどこか人目を避けるように歩き、目を合わせるということをしない。だからと言って活気が無いという訳ではなく、暗がりでは怪しげな商談が行われたり、明らかにカタギでは無い男が下っ端らしき男を殴りつけたりしている。裏には裏の活気がある、ということだろう。

 

「いひひ、どうだい? いいブツがそろってるよぉ」

 

 しゃがれた声のした方を見るとシワシワの魔女みたいな婆さんが小さな露店を開いていた。こんな治安悪そうな場所で不用心な、と思ったが不思議と周囲には誰もいない。いやあんな怪しげな婆さんに近寄りたくないだけかも。

 せっかくなので冷やかしに行ってみる。

 

「よう婆さん。何売ってんの?」

「おや、初めて見る顔だね」

 

 魔女みたいな婆さん、略して魔女婆はジロジロと値踏みするように俺を見た。

 

「見ての通り呪いの装備さね。うちのはどれも一級品だよ」

「なるほど呪いの装備・・・・・・呪いの装備!?」

 

 呪いの装備ってアレだろ? ジェンドゥと欲望の迷宮行った時に手に入れたネックレスみたいなの。付けると解呪をしないと取れない装備。

 

「何だってそんなものを」

「いひひ、呪術師が呪いをかける時の触媒になるのさ」

「へぇ、なるほど」

 

 需要ってのはある所にはあるんだな。

 感心しつつ商品を見ていくと俺の持っているネックレスと同じモノもあった。

 

「これって」

「それは【脱力】のネックレスさね。採れたてネトネトのダンジョン産さ」

「ネトネトってイヤな響きだな・・・・・・」

 

 これちゃんと売り物になるんだな。次からは宝箱から出てもガッカリしないで済む。

 それよりも気になっていた事を聞く。

 

「なあ婆さん。ココって治安悪そうだけど危なくないのか?」

「なんだい、こんな老い先短いババアの心配をしてくれるのかい。最近の子は優しいねぇ!」

 

 魔女婆はイーヒッヒッと魔女以外しないだろという笑い声を上げた。ちょっと怖い。

 

「心配しなくてもここには人払いの結界を貼ってあるからねぇ。不埒な輩は寄ってこないさ」

「客商売なのに人払い?」

「この程度の人払いも破れないようじゃ、うちの商品を買う資格はないからねぇ」

「なるほど」

 

 言われてみれば先程まであった敵意の視線が無くなっている。チンピラも俺を見失っているのか。ちゃんと効果はえるようだ。

 でも・・・・・・

 

「人払いを破れる悪人がやって来たら?」

「その時はうちの商品の品質がいかに優れているか、その身をもって知ってもらうだけさね。アンタも体験してみるかい?」

「え、遠慮しときます」

「冗談さね! イーヒッヒッヒッヒッ!!!」

 

 こわ・・・・・・。

 これは裏通りに店開いて正解だな。こんなの表通りでやったら一瞬で通報されるわ。

 

 〇

 

 魔女婆の店を離れた後も適当に歩いて見るが、奴隷を売ってそうな場所は見当たらない。

 というかそれよりも、俺の背中に突き刺さる敵意の視線が気にかかる。魔女婆のとこで1回無くなったのに、出たらすぐこれだ。治安悪すぎじゃないか? ちょっとムカついてきたぞ。

 ・・・・・・そうだ。

 試しにあえて敵意が濃い方向に行ってみる。

 

「・・・・・・よう坊主、観光かい?」

 

 すると狙い通り絡んでくる柄の悪い男達。しかも既に抜き身のナイフをクルクルと弄んでいる。治安悪っ。

 それとも海外ではこれぐらい普通なのか?

 

「俺たちちょっと金に困っててさぁ、ちょっとばかし恵んでくんない?」

 

 背後の道も男の仲間に塞がれる。

 まじで絵に書いたようなチンピラだ。

 だが自分から出てきてくれるとは好都合だ。

 

「さっきから散々人のこと付け回しやがって、鬱陶しいからやめてくんないか?」

「あ? よく聞こえなかったなぁ。もういっぺん言ってみろや」

「お家に帰ってママのおっぱい吸ってろって言ったんだよ」

「あ゛あ゛!? てめぇあんま舐めた事言ってるとぶっ殺すぞ! 言っとくがこのナイフは飾りじゃねぇぞ。おめぇら、やっちまえ!」

 

 

 〇

 

「へへ、アニキ、こちらが奴隷市場でやんす」

 

 卑屈な笑みを浮かべて口調まで変わった元ナイフ男が案内したのは、裏路地の中でも小綺麗な建物だった。

 

「こちらはお貴族のお方々もお利用したりしなかったりするお舘ですぜ。ここならアニキのお眼鏡に叶うお娘もいるかと」

「・・・・・・敬語苦手なら使わなくていいんだぞ」

 

 奴隷館の扉を押し開ける。

 ドアベルの音とともに独特な臭いが鼻を突く。やたらと濃い線香のような臭いだ。おそらく中の臭いを誤魔化すために香をたいているのだろう。

 

「へへ、中の案内なら任せてください。こう見えてあっしはこの店にを下ろしたこともあるんですよ」

 

 ・・・・・・なんでコイツ着いてきてんだ。

 

「おい媚びナイフ。もう帰っていいぞ」

「ちょ、アニキ。媚びナイフって。あっしにも名前が」

「あ゛あ゛!?」

「へへ、あっしの名前は媚びナイフでやんす」

 

 媚びナイフの卑屈度が上がった。

 ・・・・・・まあいいか。当たり前だが俺は奴隷を売買した経験なんて無いしな。なんか分からない事があったらコイツに聞こう。

 

「邪魔しないならいいぞ」

「もちろんでやんす」

 

 そうこうしているとカウンターの奥から店主らしき恰幅のいい中年が出てきた。

 

「誰かと思ったらいつものチンピラじゃねぇか。新しい商品でも持ってきたか?」

「今のあっしはチンピラではなく一介の媚びナイフ。そしてコチラのお方のお付き人でやんす」

「・・・・・・お前そんな喋り方だったか?」 

 

 店主は妙な物を見る目で媚びナイフを見た後、俺の事をジロジロと値踏みするように足先からつま先まで眺めた。裏通りの人は皆値踏みしてくるな。

 

「身なりは整っているようだが、金はあんのか? ウチの商品は安くねぇぞ」

「なんだ? 入館料が必要か?」

 

 懐から金貨を一枚取り出すと店主の目の色が変わった。指で弾いてやるとワタワタとしながら辛うじてキャッチした。

 

「おい店主。でいいんだよな? 少し見て回るから案内しろ」

「はい。もちろんでございます。どうぞどうぞ、こちらへ」

 

 店主は媚び店主に進化した。

 ニコニコ笑顔の媚び店主について行こうとすると、クイクイと服の袖を引かれる。

 

「アニキアニキ」

「あ? なんだよ」

「あっしにも案内料とか」

「あ゛あ゛!?」

「すいやせん!! 媚びナイフが調子乗りました!」

 

 アホな事を言っている奴は放っておく。

 それよりも奴隷だ。

 

「それで、本日はどのような奴隷をお探しでしょうか。戦闘奴隷? 労働奴隷? それともやはり愛玩奴隷でしょうか」

「愛玩奴隷だ」

「でしたらコチラです」

 

 媚び店主が案内した牢の中には十人ほどの奴隷が押し込まれていた。性別は皆女性だが、歳は10代~20代ほどでバラけている。彼らの表情はみな恐怖に染まり、怯えた顔で俺たちを見ている。

 狙っているのかいないのか、やたらと薄着で互いに肩を抱き合って目に涙を浮かべている姿には嗜逆心をそそられる。

 

 だが俺はそれどころでは無かった。彼らのある一点に目を奪われ、わなわなと震える。

 

「け、獣耳けもみみだ」

 

 彼らの頭頂部にはぴょこんと一対の耳が生えていた。今は恐怖によるものかペタンと伏せられているのが哀愁を誘う。

 

「お、おい。こいつらは何だ? 獣人か?」

「獣人? お客様の故郷ではそう呼ぶのですか? 私共は亜人と呼んでおります」

 

 亜人。へー。なるほど。

 王都では普通の人間しか見なかったが、いるんだな、やっぱり。

 

「じゃあエルフとかドワーフもいるのか?」

「いえいえ、エルフは私共のような小規模の奴隷館ではとてもではありませんが取り扱えません。ドワーフも同じくです」

 

 なんだ、残念。でも居るには居るんだな。

 夢が膨らむなぁ。いつか見てみたいな。

 

 まあそれは後だ。

 正直今日は冷やかしで買うつもりは無かったが、がぜん興味が出てきた。金はあるし試しに買ってみるか。

 

「店主。もっと近くでじっくり見たい。中に入ってもいいか?」

「はいもちろん。お客様には入館料も払っていただいておりますからな。ちょっとぐらいならして頂いても構いませんよ」

 

 ゲスいな。人前でナニさせる気だよ。

 

 ともかく店主に鍵を開けてもらい牢の中に入る。

 

「ひっ」

 

 入った瞬間、恐怖の視線と敵意が突き刺さる。当たり前だが歓迎はされていないな。彼女たちの様子と霧雨平原で救出した奴隷達の姿が重なる。

 そんな警戒しなくても、俺は酷いことしないって。

 

 さて、一人一人じっくり見ていく。

 どうせ買うならカワイイのがいい。

 漫画とかだと皆美人に描かれがちだが、ここは現実。当然美醜入り交じっている。

 

 じっと観察していると、ある事に気づく。

 ここにいるのは全員獣耳──亜人だ。

 

「なあ店主。人間の奴隷はいないのか?」

「にににににに人間の奴隷!!!!???」

 

 え、なに。

 店主が青ざめて壁際まで後ずさった。

 媚びナイフは驚きすぎてひっくり返っている。

 

「な、なんて恐ろしい事を。ウチは健全な奴隷館ですよ!」

「アニキ、顔つきからそうだろうとは思ってましたけど、やっぱりこの国の人じゃないんすね」

「は? なになにどういう事?」

「人間の奴隷は法律で禁じられてるんでやんす。いえ、それ以前にフマイン教の教えに人間を奴隷にしては行けないというのがあるんでやんす」

 

 フマイン教・・・・・・この国の国教か。

 

「人間・・・・・・亜人は人間じゃないのか?」

「当たり前でしょう! 人間にそんな獣のような耳が生えていますか!? 尻尾が生えていますか! 馬鹿な事仰らないでください!」

 

 店主は盛大に唾を飛ばしながら怒鳴ると、胸元から取り出したワッシャーみたいな金属の輪がついたペンダントに祈りだした。

 

「異教徒に売るモノはありません。もうお帰りください。金貨もお返しします。そしてもう二度と来ないでください」

 

 嫌われてしまったな。

 媚びナイフと目が合うと、困ったように肩を竦められた。

 

 〇

 

 バンと背後で勢いよく扉が閉められる。

 耳を澄ますとブツブツと聖典の文言らしきものが聞こえる。

 

「奴隷館は教会との関係も深いですからねえ。どの家も信心深いんでやんす。失敗しましたね」

「・・・・・・そうだな。お前は特に変わりないけど、お前はフマイン教を信じてないのか?」

「あっしが神に祈るのは腹が痛い時ぐらいでやんす」

 

 からからと笑う媚びナイフ。そういう人もいるのか。

 俺もクリスマスを祝い除夜の鐘を聞いてから初詣に行くような典型的な日本人的宗教観だ。だからこそ宗教というのは盲点だった。

 

 宗教は道徳と文化を形作る。俺にとって奴隷というのはそれだけで悪習だが、この国ではそうではないのだ。

 恐らく、人間以外の種族は正しくのだ。ゆえに人間扱いしなくてよい。

 

 なかなかに闇深い話だ。

 周囲にゴブリンだのサキュバスだのという、人型でありながら人を喰らう魔族とかいう敵対種族がいたゆえに発展した宗教だろうか。人という同族を纏め守るには、周囲全てを敵と見なし、結束を強めるしかなかったのかもしれない。

 そもそも元の世界ですら肌の色が違うというだけであれだけの差別があったのだ。それ以上の差異があれば結果は火を見るより明らかだ。

 

 待てよ、ファンタジー世界だしホントに神がいるのかもしれないのか。まったく狭量な神もいたもんだ。地球ならポリコレで大炎上してるところだぞ。

 

 

 

 〇

 

 ──────────────

 ───────────

 ────────

 ──────

 ────

 ──

 

 時は少し遡る。

 場所は霧雨平原、魔王軍前線基地。

 

 魔物達がある一角に集まって何かを囲んでいる。

 その真ん中には魔王軍四天王の一柱、ネトルーガが横たわっていた。胴体は胸部から弾け飛び、頭部は勇者によって持ち去られている。

 

 心臓と脳を破壊されて生存できる生物はいない。

 ──それは地球での常識だ。

 

 

 ネトルーガの紋章が蒼い輝きを放つ。

 力を失っていたネトルーガの肉体に活力が満ちる。断面からぼこぼこと肉が盛り上がり、傷を埋めていく。

 数分もすればそこには傷一つないネトルーガがいた。

 

「ネトルーガ様。コチラ冷水です」

 

 ネトルーガは配下の悪魔が差し出した巨大な樽の中身を一息で飲み干すと、内から湧き上がる怒りのままに樽を握りつぶした。

 

「この我によもやをさせるとは。なんたる屈辱! 勇者リュートめ、許さぬ!」

 

「仰る通りです。如何致しましょう。王都に向けて進軍致しますか?」

「いや、奴の力は圧倒的だ。あの力の前では先の侵攻の二の舞になる。多少策を練る必要があるな。王都に潜ませた奴らを動かせ」

「はっ」

「勇者め。ただではすまさんぞ」

 

 ネトルーガはゆっくりと立ち上がると王都の方角を睨みつけた。

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