第15話 霧雨平原・6

「ここにもいないか」

 

 巨大なドームのような天井に空けた穴から中を眺める。広々とした空間に、大きな魔法陣のようなものが描かれている。ここが転移先の魔法陣になっているのかと思ったが違うのか。

 

「それとももう移動させられたか?」

 

 ここに来るまで時間停止で来ているが、この混乱の中でいつまでも同じ場所にいるとは限らない。移動させられるとしたらどこだ?

 

「・・・・・・っ!」

 

 その時敵意レーダーに反応があった。その方向を見ると二足歩行する犬のような魔物が俺を見上げて吠えている。

 まずい。匂いでバレたか?

 さっきの奴隷収容施設で濃い匂いを浴びたせいか。

 

「~~っ、【光弓】!」

 

 少し悩んだが魔法で処理する。

 だが遅かった。敵意レーダーに多数の反応が入る。

 

 まずい。この量はさすがに経験値が多すぎる。

 仕方ない、一回逃げるか。

 

「よっ、っておわ!」

 

 次の建物に移るために踏み込んだ瞬間、天井が崩れる。天井に穴開けたのがまずかったか!

 咄嗟のことに反応できず、重力に従って落ちていく。

 

「痛・・・・・・くはないな。びっくりした」

 

 瓦礫をどけてため息をつく。

 力のコントロール・・・・・・早いとこ慣れないと。

 

「ガルルル」

「あ、やべ」

 

 気づけば入口から入ってきた犬の魔物──おそらくコボルトに包囲されていた。しかもどんどんその数は増えている。

 

 めんどくさ。

 でも大人しく捕まってやる義理もないのでとっとと逃げ・・・・・・いや待てよ。

 わざと捕まればもしかして捕虜の収容所みたいな所に案内してもらえるのでは? 魔王軍に捕虜という概念があるのか知らんが、試してみる価値はある。ダメだったら適当に暴れて逃げればいい。

 

「マイリマシター。コウサンデスー」

 

 両手を上げて敵意が無いことをアピール。だがコボルト達は変わらず敵意と歯をむき出しにして近づいてくる。

 

「ガウガウ!」

 

 リーダーらしきコボルトが吠えるとコボルト達が一斉に襲いかかってきた。剣で切りつけ、槍で突き、その鋭利な牙で食らいつき、鋭利な爪で切り裂いてくる。もちろんダメージはない。

 だが俺の無抵抗の意思が伝わっていないのは問題だ。

 何がいけないんだ?

 

 その時俺の鼻っ柱に1匹のコボルトが噛みついてき・・・・・・くっさ!

 

「ふん!」 

 

 あまりの臭さに顔を振り払うと、そのままコボルトも飛んで行った。

 うげぇ。唾液も臭い。コイツら歯とか磨かねえんだろうな。

 

 飛んで行ったコボルトを見ると、何が起きたのか理解出来ていないのか目を白黒させている。あ、目が合った。ぶち殺すぞという念を視線に込めて送ってみる。 

 

「くぅ~ん」

 

 コボルトは情けない声をあげながら仰向けになって腹を見せた。二足歩行になっても服従のポーズは同じなのか・・・・・・って、そうか。

 

「クーン」

 

 俺もコボルトを真似て仰向けになり腹をさらけ出した。するとコボルト達の攻撃の手が止まった。

 だがやはり先程まで平気な顔していた人間が急に服従のポーズをとったのが不審なのか、皆どうしようという顔をしている。コボルトの表情なんて分からないけど、多分そう。

 そしてコボルト達の視線がリーダーらしきコボルトに集まる。

 

「クーン、クーン」

 

 全力の情けない声を上げて、全身で敵意が無いことをアピールする。

 どう? ダメ?

 

 リーダーコボルトはしばらく悩む素振りを見せた後、ひとつ頷いた。

 

「ガルルル!」

 

 あ、ダメっぽい。

 

 仕方ない。このプランは諦めるか。

 俺がコボルト達を振り切る方法を考え始めた時だった。

 

「マテ!」

 

 その声にコボルト達が動きを止める。

 俺も人の言葉が聞こえてきた事に驚き、思わず逃げるのを止めてそちらを見る。

 だがそこに居たのは人ではなかった。

 オーク・・・・・・に似ているが、今まで見てきたオークとは少し違う。体は一回り大きいし、腹周りも引き締まっている。その身は天然の鎧である剛毛に覆われ、牙は一般人の体なら容易く貫通してしまいそうな程に長く、太く、そして鋭かった。

 オークの進化系か?

 ハイオーク・・・・・・いや猪っぽいからボアオークと呼ぼう。

 

 そのボアオークがのしのしと近づいてきた。するとコボルト達の集団がモーセのようにサッと道を空ける。

 

「シンニュウシャ ハ イケドリ。ネトルーガサマ ノ メイレイ」

 

 片言なせいで聞き取りづらい。が、今侵入者は生け捕りって言ったよな。なら俺の作戦は成功か。

 だがネトルーガサマってのは誰だ? ここで一番偉い魔物か? なんか嫌な響きの名前だな。

 

 〇

 

「フゴッ、フゴッ」

 

 俺は四肢を棒に縛り付けられ吊り下げられる──俗に言う豚の丸焼き状態で連行されていた。オークに豚の丸焼きにされる・・・・・・なんつって。

 ちょっとばかし屈辱的な格好だが勝手に運んでくれるなら楽でいい。

 運ばれながら周囲を見てみるが、やはりジェンドゥはいない。うーん、いったい何処にいるんだ。

 

「シンニュウシャ ヲ トラエタ」

 

 移動が止まったので頭を起こすと、ボアオークが何やら門番のような魔物と話していた。

 ココが収容施設かと建物を見てみたが・・・・・・なんだかやたらとデカい。そして豪華だ。

 というかここ、この基地で一番デカくて綺麗だった建物じゃん。こんな所が収容施設なのか?

 

「ネトルーガサマ 二 オアイスル」

 

 ああ、なるほど。

 賊を捕らえた手柄の報告か。

 まあついでだ。どんな奴か顔を拝んでやろう。

 

 ブラブラ運ばれ、一際大きい扉をくぐる。

 かと思ったらポイと投げられた。扱いが雑。

 

「ネトルーガサマ シンニュウシャ ヲ トラエマシタ」

 

 ボアオークが膝をついて傅く。

 何とか首を伸ばして背後のネトルーガサマとやらを見る。

 

「御苦労」

 

 オークだ。

 だがただのオークではない。身の丈4mは越すかという巨躯に、はち切れんばかりの筋肉を鎧で覆っている。あまりのデカさに遠近感がおかしくなりそうだ。その目には理性が宿り、ボアオークと違って発音も滑らか。そして何よりも特徴的なのは全身にはしる蒼白く輝く紋章だ。何か、魔力とは違うエネルギーを紋章から感じる。

 

「えーと、ネトルーガだっけ? あんたがここのボス?」

 

 気さくに話しかけたのに鋭い眼光に睨みつけられる。それと同時にボアオークに顔面を掴まれて叩きつけられた。

 

「クチヲ ツツシメ。ネトルーガサマ ハ マオウグン シテンノウ ダゾ」

 

 シテンノウ・・・・・・四天王!? そんなベタな存在がいたのか。

 なるほど確かに威厳のある佇まい。

 これは思いがけず大物が出てきたな。だが考えれば当然か。ここは大規模侵攻の前線基地だ。そんぐらいの大物もいるよな。

 

 さてどうするか。

 ジェンドゥの救助は最優先なのは変わらないが、四天王も無視はできない。経験値が入るのは嫌だが、四天王ほどの大物なら倒してもいいかもしれない。

 でもなぁ、四天王ともなると経験値多そうだなぁ、いやだなぁ、でもなぁ、放置しとくのもなぁ。

 考え込んでいるとネトルーガが重々しく口を開いた。

 

「貴様、名は?」

「え? 龍斗」

「では龍斗。これから貴様にはいくつか質問をする。心して答えよ。偽証は許さぬ」

「はあ」

 

 尋問を四天王自ら行うのか。人手不足なのか?

 ・・・・・・いや案外本当にそうなのかも。優秀な人材はみんな大規模侵攻で死んだとか。

 

「貴様の仲間は何人いる」

 

 わざわざ馬鹿正直に答えてやる義理もない。

 

「仲間なんていないよ。俺一人の単独犯でーす」

「・・・・・・ちっ」

 

 ネトルーガ合図するとボアオークがまたしても顔面を床に叩きつけてきた。痛くはないが汚いなぁ。

 

「次から舐めた態度をとったら指を落としていく」

 

 ボアオークが山刀のようなものを取り出した。落とせるものなら落としてみろ。

 

「次だ。貴様の目的は何だ」

「目的か・・・・・・あえて言うなら人探しだな。ココに攫われた女の子探してるんだけど知らない?」

「・・・・・・」

 

 ネトルーガが額に青筋を浮かべて指を鳴らす。それと同時にボアオークが指に山刀を振り下ろした。 

 

「ここまで思慮足らずだと哀れだな。質問をしているのは私だ。無駄口を叩くな」

「えーそう言わずにさぁ。コッチも切羽詰まってるんだって。ケチケチせずに答えてよ」

 

 ネトルーガが驚きに目を見開く。ボアオークの方はもっと動揺している。事態を飲み込めず焦って何度も山刀を叩きつけるが、先に山刀の方が耐えきれず根元から折れてしまった。

 あー、もういいか。

 四肢に力を込めて拘束を引きちぎった。

 体についた埃をはらいながら立ち上がって伸びをする。うーん、自由って素晴らしい。 

 

「ブロォォオオオ!」

 

 ボアオークが牙を突き出し突進してきた。相手するのも面倒なので横に避けつつ足を引っ掛ける。足が当たった瞬間ゴキリと嫌な音が響き、そのままの勢いでボアオークは顔面から壁に衝突した。相当な勢いだったのか壁に頭がめり込んでいる。

 

「貴様! いったい何者だ!」

「おいおーい。先に質問したのは俺だよ?」

 

 それに聞かれたとして答えてやるわけが・・・・・・いや待てよ。

 その時俺の脳内に電流走る。

 

 これは魔王軍に俺の、勇者リュートの存在をアピールできるチャンスなのでは!?

 

 ジミーから聞いた話からの推測では、ナーロップ王国は俺が今回どんな成果を持って帰っても式典は開かないかもしれないのだ。それはナーロップ王国が勇者という存在をできる限り魔王軍から秘密にしたいからだ。ならば魔王軍に勇者の存在をアピールできれば、式典は確実に開かれる。

 と言ってもこれまでは魔王軍に情報を伝えるツテが無かった。が、これはその千載一遇のチャンス!

 

「まあ特別に答えてやろう。しかとその胸に刻め。俺こそは」

 

 その時外から慌ただしく走る音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。なんだよ、タイミング悪いなぁ。

 

「ネトルーガ様!  監視していた勇者候補を見失いました! って何事ですか!」

 

 息を切らせて飛び込んできた悪魔のような魔物が俺を見て身構える。勇者候補? 思ったより情報が早い。これは俺がココでばらさなくてもスグにバレてたかもな。まあそれなら俺も気兼ねなく宣言できる。

 だが、気を取り直して勇者OC《カミングアウト》しようとした瞬間、俺の目は悪魔に続いて入ってきた人物に目を取られた。

 

「え、ジェンドゥ・・・・・・?」

「は!? なんでアンタがココに!?」

 

 ああなるほど。この悪魔は俺達の監視をしていたが見失ったから、一緒にいたジェンドゥから何かを聞き出すために連れてきたのか。嬉しい誤算だ。

 

「なんでって助けに来たに決まってるだろ? いやー無事でよかった。大丈夫か? 怪我とかないか? コイツらに酷い目に会わされたりしてない?」

 

 腕を広げてジェンドゥの方に歩いていくと悪魔が襲いかかってきた。今そういうのいいから。

 

「【烈風弾】」

 

 風魔法で外に吹き飛ばす。たぶん死んでないはず。

 

「よし、じゃあ逃げるか」

 

 ジェンドゥに手を差し伸べるが、なぜかジェンドゥは掴んでくれない。その表情には恐れが浮かんでいる。なんで?

 

「え? いや、だって。アンタはあそこに。有り得ないだろ。いったいどうやって」

「あー。俺が時を止めたんだ」

「は!? んなバカな」

「別に信じなくてもいいさ。重要なのは、ジェンドゥちゃんが攫われて、俺が助けに来たって事だ」

 

 時間もないのでジェンドゥを抱き上げる。驚いたジェンドゥが暴れるが可愛い抵抗だ。

 

「待て」

 

 だがそうだった。ここにはもう一人いたんだ。

 ネトルーガが立ち上がり、どこからともなく身の丈ほどもある巨大な戦槌を取り出した。

 

「そうか。分かったぞ。ソイツと共に居たという事は、貴様が勇者か」

「・・・・・・ああ、その通り」

 

 勘がいいな。せっかくかっこよく名乗り上げたかったのに先に言われてしまった。

 

「俺は異界より召喚されし最強の勇者! 先の大規模侵攻を一人で薙ぎ払ったのもこの俺だ。これからお前ら魔王軍を蹂躙していく予定なんでどうぞよろしく」

「あの魔法を・・・・・・一人で、だと。バカな。有り得ぬ」

「あれ? 信じられない?」

「・・・・・・妄言かどうかは、これで叩き潰せばわかる事だ」

 

 ネトルーガが戦槌を大上段に構える。この巨躯で巨大な戦槌を構えると、まるで重機を相手にしているかのような威圧感がある。

 それを見たジェンドゥが顔を青くして暴れだした。

 

「ちょ、やば、お、降ろしてくれー!」

「おい暴れんなよ。下手に離れるより俺の側のが安全だから」

 

 暴れるジェンドゥをしっかり左脇に抱える。左腕は使えなくなるが丁度いいハンデだ。

 

「どちらにせよ、生きては帰さんぞ」

「帰さないのはコッチのセリフだよ。悪いけどお前は生け捕りにしてナーロップ王国に連れてくから。そこで魔王軍のこと色々喋ってもらうからな」

 

 ついでにそうすれば俺がトドメを刺さなくても良くなるから経験値の問題も無くなる。魔王軍の情報も経験値の問題も全部解決する完璧な作戦だ。

  

「フン、やはりタダの馬鹿だったようだな。参る! 【我が覇道、阻む物無し】!」

 

 ネトルーガの紋章が一際蒼く輝く。

 同時に地鳴りのような音ともに、巨大な筋肉の壁が迫ってきた。

 俺はそんなのはどうとでもなるが、今はジェンドゥも一緒にいる。俺が受け止めても、衝撃だけでやられそうだ。

 まあ突進なんてのは足を潰せば終わりだ。

 

「【火竜咆】」

 

 凝縮された炎弾が右足に直撃し、その右足を破壊・・・・・・あれ。粉塵の中から無傷のネトルーガが飛び出し、何事も無かったかのように突進してくる。

 

「?????」

 

 あれ? 殺さないように手加減しすぎた?

 

「【紅蓮龍翔】」

 

 火炎の龍がのたうつようにネトルーガに襲いかかる。蒼い輝きと紅い龍がぶつかり合い・・・・・・アッサリと紅い龍が消し飛んだ。

 

「うそぉ!」

「おい! 何が俺の側のが安全だ、だよ! 嫌だー! 死にたくないー!」

「お、おおお落ち着け。まだ慌てる時間じゃない」

 

 足がダメなら地面を破壊すればいい。

 

「【虚空閃】!」

 

 放たれた光が大地を穿ち、ぽっかりと穴が空いた。

 よし、これで。

 

「フン!」

 

 ドン、と大地が揺れるほどの踏み込みと共にネトルーガの体が宙に浮き、弾丸のような速度で突っ込んできた。

 あ、まずい。

 これはもう避けられない。

 この勢いは後ろに下がっても意味は無い。

 左右に避けようにもネトルーガがデカすぎる。あの戦鎚で薙ぎ払われたら終わりだ。

 前後左右、あと残るのは前だけ。

 

「えーと、それならこれだ。【瞬歩】」

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

 

 大気を震わす雄叫びと共に全ての推進力を載せた戦鎚が振り下ろされる。瞬間、大地が跳ね上がった。衝撃で建物にヒビが入り、崩落を始める。

 ネトルーガは落ちてきた瓦礫を鬱陶しそうに払い、背後を振り向いた。

 

「ちっ、避けたか」

「いやー今のは肝が冷えたわ。どうすんだよ、ウチのジェンドゥちゃんがケガしたら」

 

 【瞬歩】は短距離限定の瞬間移動スキルだ。壁なんかはすり抜けられないが、なぜか生物の体はすり抜けられる。もっともそれにも限度があるが、今回は上手くいったようだ。

 

「い、生きてる・・・・・・?」

「とーぜん。この勇者様がいて死ぬわけないだろ?」

「ふざけんな! 離せ! 助けてくれー! ボクはコイツとは無関係だー!」

 

 どうどう。

 暴れるジェンドゥを宥める。

 まあ確かに今のはちょっとだけ危なかった。【瞬歩】のタイミングがズレたら普通に衝突してたしな。

 

「にしても今の突進凄かったな。まさか俺の魔法を弾くとは思わなかったわ。さすが魔王軍四天王の名は伊達じゃないってか」

「当然だ。あの程度で我が道を阻める道理もなし」

 

 ネトルーガが自慢げに鼻を鳴らす。相当あの突進に自信があるようだ。猪といえば突進みたいなとこあるしな。

 そういえば突進の直前、何かスキルのようなものを発動していたな。効果はよく分からないが、俺の魔法が弾かれたのはそれが原因だろう。

 そうと分かれば。

 

「【我が覇道、「させるか【煌々弓】」ぬっ」

 

 ネトルーガがスキルを発動しようとした瞬間、出の早い光系の魔法で牽制する。攻撃自体は軽く叩き落とされるがスキルは中断できた。

 

「【星導・星屑ノ舞】」

 

 その隙に大技を発動。

 俺の周りに周回する光の球が8つ現れる。それらは周囲の瓦礫を吸い込みながらその光を強めていく。

 

「何だそれは」

「さあ? 試してみる?」

「フン。何であろうと踏み潰すのみだ。【我が「【金の舞】」」

 

 光の球の1つが周回軌道を外れ、ネトルーガに横殴りに襲いかかる。ネトルーガはスキルを中断して戦鎚で弾こうとした、が・・・・・・

 

「ぐおっ!」

 

 水晶玉程度の大きさの光球は戦鎚を弾き、ネトルーガに直撃した。光球はその後もミシミシと軋んだ音をたてながらネトルーガにめり込んでいく。

 

「なめ、るな!」

 

 そのままその身を貫かん勢いだったが、すんでのところでネトルーガがその巨体を器用に捻り光球を受け流した。目標を失った光球は俺の元に戻り再び周回軌道に加わる。

 

「はっ、はっ、はっ」

「悪いが」

 

 膝をついて荒い息を繰り返すネトルーガに宣言する。

 

「もう二度とあのスキルは使わせないからそのつもりで。早いとこ投降してくれると嬉しいな」

「ふざけるな!」

「【水ノ舞】【火ノ舞】」

 

 口で言っても伝わるとは思っていない。だから俺がするのは淡々と、ネトルーガの心が折れるまで攻撃し続けるだけだ。

 

 光球から発射された高圧水流が容易くネトルーガの右膝を切断する。切断面から血が噴水のように吹き出るが、そこにすぐさま火炎の波が襲いかかる。火炎はネトルーガの全身を焼き、ついでに切断面を焼灼止血することで失血死を回避する。

 

「これでもう突進もできないな」

「舐めるなと言っている! GOAAAAAAA!」

 

 ネトルーガが雄叫びをあげると、ネトルーガの全身の紋章が蒼白い輝きを放った。すると失われたハズの右膝がずるりと生えてきた。

 

「うわぁ、ちょっとキモい・・・・・・」

「【我が覇道、】」

「【金ノ舞】」

 

 ネトルーガの正面から光球をぶち込む。頑丈な鎧が割れ、その巨体がずりずりと引きずられていく。

 だがそれでも、ネトルーガは一歩前に踏み込んだ。

 

「【阻むもの無し】!!!」

「おお」

 

 突進と共に光球が弾かれて消失する。

 やるなぁ。アレをくらいながら前に出るとは。

 だが悲しいかな。そもそもそのスキルは厄介ではあるが、既に一度回避されているのだ。

 

「【瞬歩】」

 

 十分に引き付けてから【瞬歩】で飛んで回避。あとは勝手に走り去るネトルーガを見送り

 

「逃がすかァ!!」

 

 ネトルーガが踏み込んだ足を軸に体を捻り、戦鎚をぶん投げた。突進の勢いを完璧に載せた戦鎚が轟音とともに迫る。

 【瞬歩】は再使用時間クールタイムにより使えない。

 

「【土ノ舞】」

 

 が、ぶん投げられた戦鎚程度なら避ける手段は無数にある。

 足下の地面がせり上がり、俺を上空に打ち上げた。戦鎚は土壁を破壊しても止まらず、そのまま霧の彼方へ吹っ飛んでいく。

 ・・・・・・なんか魔物の悲鳴も聞こえる。結構な数の魔物も巻き込まれてそうだな。

 

「【我が覇道・・・・・・】」

 

 ネトルーガを見ると既に突進の体制に入っていた。俺の体はまだ空中にある。空中なら避けれないという事だろうか。着地狩りとはこすい真似を。だが、

 

「もうそれはいいって。【冥王ノ舞】」

「がハッ」

 

 突如としてネトルーガが血を吐いてその体がふらつく。ぎりぎり倒れるのは耐えたが、立っているのも辛そうだ。

 

「貴様・・・・・・何をした・・・・・・っ!」

「何ってコレだよ」

 

 華麗に着地し人差し指をたてる。

 だがそこには何も無い。いや、見えない。

 

「バカには見えない球ってな。これは生命力を直接削る。防いでもいいぞ? 防げるもんならな」

 

 不可視の球を放つ。ネトルーガは咄嗟に両腕で防ごうとしたがその程度で避けられる筈もない。二度、三度とその身を貫かれると、やがて地に倒れ伏した。

 

「ひゅー、ひゅー、」

「どう? そろそろ俺には勝てないってわかった?」

 

 漏れるようなか細い呼吸のネトルーガの顔をのぞき込む。その全身は既に何十年もたったかのように痩せこけている。もはや抵抗できる術はないだろう。

 

「その、ようだな。貴様は、強い」

「よしよし。それじゃあ」

「だが! みすみす貴様にくれてやるほど、この身は安くないぞ!」

 

 ネトルーガの紋章が再び輝きを放ち、その右腕が瑞々しく力を取り戻す。

 最後の抵抗か。受け止めるのは容易いが、どうせ右腕だけでは起き上がって距離を詰めることもできない。ジェンドゥもいる事だし大人しく後ろに下がる。だがそれが判断違いだった。

 

「魔王様に栄光あれ!」

 

 高々と振り上げた右腕が流星の如く振り下ろされる。・・・・・・ネトルーガの胸を目掛けて。

 

「は?」

 

 予想外の事に反応出来なかった。

 爆音と共に血飛沫が咲く。

 

 上から飛んでくる何かに気づき避ける。ドンと重々しい音を立てたのは・・・・・・ネトルーガの生首だった。痩せこけて窪んだ眼光が憎々しげに俺を睨みつけた、ような気がした。

 

「まさか自害するとは。敵ながら天晴れだな」

 

 ネトルーガの体は胸から上が弾け飛び、下半身だけが仁王立ちしている。間違いなく死んでいるな。

 ・・・・・・まあ仕方ないか。貴重な情報源になるかと思ったんだが、上手くいかないな。今回は四天王の一角を崩せたことで満足しておくか。

 

「ふごふご」

「ふご」

 

 霧の奥から魔物の鳴き声が聞こえてくる。戦闘が終わったことに気づいた魔物達が様子を見にきたんだろう。

 目的を達成した以上、ここに長居する必要も無い。

 一応戦利品としてネトルーガの首を持って、霧の向こうで待つジミー達の元へと飛んだ。

 

 

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