第14話 霧雨平原・5

 

 

 マリアンヌさんの先導に従い霧の中を進む。

 魔法陣の劣化が激しく大まかな方向しか分からなかったらしいが、十分すぎる。

 

「きゃっ」

「っどうした!」

 

 マリアンヌさんの悲鳴にすぐさま辺りを警戒する。だが周囲には特に異常は見当たらない。

 いや、よく見ると霧の先にオークの集団がいた。だが当然ながら時間停止により動くことはない。

 

「すみません。霧の中から急に魔物が現れて驚いてしまいました。安全だとは分かっているのですが」

「なんだ。まあ何もなくてよかった」

 

 まあ時間が止まっているなんて異常事態だろうし、すぐには慣れないか。

 

「それにしてもこの辺りは少し魔物が多いな」

 

 少し目をこらすと、霧の中に他にも魔物の集団が見える。

 

「もしかしたら魔王軍の基地が近いのかもしれないね」

「そうですね。哨戒でもしていたのでしょうか?」

 

 だと嬉しいんだが。正直霧の中ただ歩いていると、本当にこの方向で合ってるのか不安になる。

 人間は真っ直ぐ進んでいるつもりでも、砂漠や吹雪の中など視界が制限されていると、右足と左足の歩幅の違いで気付かぬうちに曲がっていってしまうらしい。案内役が必要なのもそれが原因だろう。

 

 それからも何度か魔物の集団を通り過ぎながら進んでいくと、霧の中に巨大な何かが見えた。

 

「お、何か見えてきたな。あれか?」

「? 私にはまだ何も見えませんが」

「僕も見えないな」

「あれ? まあもう少し近づけば見えるだろ」

 

 とりあえず俺の見た影を目指して進む。

 今の所ドーム状の何かということしか分からない。というか中々デカイな。

 

 近づくと段々と全容が明らかになってきた。

 ドーム状の何かだと思っていたのは、半透明の薄い壁のようだった。その中には小さめの町ぐらいのスペースがあり、中には複数の建物がある。パッと見は普通の町だが、そこをうろつくのは武装した魔物達だ。

 オーク、ゴブリン、何か犬っぽい奴、鳥っぽい奴、悪魔っぽい奴、何なのかよく分からない奴。俺は魔物に詳しくないから種類までは分からないが、彼らが魔王軍というのは分かる。

 なぜなら彼らは武装していた。それも冒険者から略奪したような物ではなく、明らかに統一してデザインされたと分かる装備だ。

 

「おいおい。とんでもねえなこりゃ」

「あの。リュート様? 私には何も見えないのですが」

「え? ジミーも?」

「ああ。だが景色が歪んでいるような違和感があるね。この感覚は、おそらく姿隠しの結界か何かが貼られているんじゃないか?」

 

 なるほど。ジミーに感じ取れてマリアンヌさんが感じ取れないのはレベルが関係しているのかな。まあそれは今はいい。

 

 俺は二人に中の様子を話した。

 

「ふむ。それは魔王軍で間違いないだろうね」

「今まで見つからなかったのは霧だけでなく結界があったせいなのですね」

 

 しかも周囲を哨戒する魔物達には魔王軍特有の装備は着けさせずに野生の魔物に扮させている。なかなかに小癪だ。

 

「とりあえずここで話していてもしょうがないし、中に入ろうか。入れば僕達も中の様子が分かるだろうし」

「あ、ちょっと」 

 

 ジミーが結界に向かっていく。だがゴンと鼻っ柱が結界に当たり弾かれた。

 

「痛っ。・・・・・・結界も時間が止まるんだね」

「そうらしいな」

 

 俺からしたら半透明の壁が見えていたからもしかしたらそうじゃないかと思っていたが、ジミーからしたら見えない壁にぶつかったような感じだろう。

 

「しかし参ったな時間停止はここで解除しなきゃならんか」

 

 俺も結界を触ってみたが、ビクともしない。

 まあ想定通りと言えば想定通りだ。

 

「どうするんだい? 何か作戦はあるのかい?」 

「んー。そうだな」

 

 しばらく考えた後、一つ頷く。

 

「よし。とりあえず休憩時間にするか」

「え? ・・・・・・いや、確かにそうだね」

 

 途中で何度か休憩を入れながら進んでいたとはいえ、疲労は溜まっているだろう。俺は問題ないが、ジミーと、特にマリアンヌさんはそうはいかないだろう。今は時間が止まっているから時間にはめちゃくちゃ余裕はあるし、休める時にしっかり休んで万全の状態にしてから突入するべきだ。

 

 携帯食を齧りながら救出のプランを話す。と言ってもかなり大雑把なもんだが。

 

 まず俺が二人が休憩している間に、結界の外からジェンドゥが捕らえられてそうな場所に検討をつけておく。

 そして時間停止を解除したら速攻でその場所に向かう。

 今回は隠密は無理だろう。結界を破れば流石に気づかれる。故に必要なのはスピードだ。

 

「スピード・・・・・・そうなると私は足手まといではないでしょうか。どこかに隠れていた方が良いのでは」

 

 マリアンヌさんが不安そうに言うが俺は首を振った。

 

「いや、この霧の中で離れると合流するのが難しい。ジェンドゥを見つけたらすぐにここを離れたいし、全員で移動する。それにスピードなら問題ない」

「・・・・・・どうしてですか?」

「それは──」

 

 

 〇

 

 偵察と休憩を終え、後は突入するのみとなった。

 

「あの。本当にこれで行くんですか?」

「ええ。これが一番早いと思います」

「いや、でもこれは・・・・・・」

 

 俺は両脇にジミーとマリアンヌさんを抱えていた。

 この状態で移動すれば移動速度に差が出る事も無い。

 

「じゃあ舌噛まないように。あっ、そうだ。一応軽く陽動もかけるか。【大紅蓮】」

 

 俺は巨大な火球の魔法を唱えると、突入場所とは反対側に向かわせた。

 

「よーし、じゃあ行くぞ。3、2、1、時間停止解除」

 

 解除と同時に結界を蹴り砕く。結界は大した手応えもなく砕け散る。それと同時に反対方向から凄まじい爆発音が聞こえ、衝撃波がずんと内蔵に響いた。霧の奥に天をつかんばかりの赤い火柱がほのかに見える。

 陽動はこれで十分だろう。

 

 俺はすぐさま目の前の檻が見える建物に入った。

 

「ジェンドゥ! いるか!」

 

「ぎぎぃ! ぎっ! ぎっ!」

「ぐげげげ!」

「カロロロロ。ロロロ」

 

 だが中にいたのはどれも知能の低そうな魔物ばかりだ。見知らぬ人間が気に触ったのか、皆威嚇している。

 

「うぅ、すみません。少し吐き気が」 

「ちょ、耐えて耐えて」

 

 マリアンヌさんは既にグロッキーだ。アニメや漫画ではこういうのよく見るけど実際にはそううまくいかいないか。

 

「デモンズサーバント、フロストフロッグ、瘴気大蛇・・・・・・どれも凶暴な魔物だ。ここはおそらく魔物の飼育小屋だろうね」

 

 対照的にジミーはケロッとしている。さすがは騎士といった所か。

 

 ともかく一箇所目は外れか。

 一応あと2、3個目星を付けている場所はある。

 魔王軍に見つかって応援を呼ばれる前に次の場所に向かおう。

 

「っ!」

 

 外に出ようとした瞬間、重い足音が聞こえてきて慌てて身を隠す。するとオークの集団が荒い息をあげながら走り去っていった。

 危ねぇ。見つかる所だった。

 

 一息ついた瞬間、鐘の音が鳴り響いた。

 カンカン、カンカンカンと特定のリズムで鳴らされている。

 

「これは・・・・・・半鐘か?」

 

 半鐘とは非常事態を知らせるために鳴らされる鐘だ。

 鳴らし方で大まかな内容を味方に伝える暗号でもある。これは急がないと、すぐに混乱から立ち直るかもな。

 

 急いで次の目標に向かう。

 次は一番みすぼらしい建物だ。

 結界の外から窓越しに見えただけだが、鎖とそれに繋がれる人の腕のような物が見えた。おそらく捕らえられているのは罪人(罪魔物? )か、生け捕りにされた人間のどちらかだろう。

 さて吉と出るか凶と出るか。

 周囲に魔物が居ないことを確認して中に入る。

 

 ジェンドゥ、と喉元まで出かかった所でそれを飲み込む。

 ・・・・・・何か聞こえる。

 肉を打つような音と、淫靡な水音。

 それと生理的に嫌悪感を抱かせる、生臭さが鼻を突く。

 

 ・・・・・・嫌な予感がする。

 おそらくココは── 

 

「ごめん、一回降ろす」

「は、はい」

 

 マリアンヌさんを降ろすが目を回してしまって立てそうにない。ジミーが背中をさすっているがまだ回復には時間がかかるだろう。

 ・・・・・・好都合だ。 

 

「ジミー、マリアンヌさんの介抱をしててくれ。俺はこの建物を探索してくる」

「・・・・・・一人でいいのかい?」

「マリアンヌさんを一人にする訳にもいかないだろ。それに──」

 

 俺はマリアンヌさんに聞こえないように声をひそめ

 

「この先の事を女性に見せるのは、さすがに気が引ける」

「・・・・・・そうだね」

 

 ジミーはこの建物で何が行われているのか既に察しているのだろう。

 俺の意図を汲んで素直に引いてくれた。

 

 さて

 息を潜めて音のする方に向かう。

 構造的には牢屋が近いだろう。一本道に面するように格子に遮られた部屋が並んでいる。各部屋の中には裸の人間が鎖に繋がれ虚ろな顔をしている。生きているのか死んでいるのか、俺が前を通っても無反応で、ただ宙を見つめている。

 そして牢に捕らわれているのは──皆女性だ。

 

 (チッ)

 

 舌打ちは心の中に留め、先を進む。

 水音を響かせる部屋の手前から顔だけ出し、中を覗き込むと──いた。

 巨体でのしかかり、まるで押し潰すように腰をふるう醜い豚の化け物。周囲は敵襲でてんてこ舞いだというのにそれにも気づかないのか。

 まったく、胸糞悪い。

 

「【光弓】」

 

 指先から迸った光がオークの尻に当たり、そのまま脳天を貫通する。と、まずい。

 俺は力を失ったオークの体が下にいる人を押し潰す前にどけた。

 

「おーい、大丈夫?」

 

 反応がない。しかばね・・・・・・というわけでもないようだ。しっかり呼吸しているし、瞬きもしている。ただ焦点の合わない瞳で天井を見つめている。

 

 相当雑な扱いをされてきたのだろう。その全身には大小様々な傷がつき、まともな食料も与えられていないのか骨が浮いている。

 

「うっ」

 

 改めてまじまじと見ると、裸だというのにエロいとかそういう感想はわかず、ただただ生々しい悲惨な現実に吐き気すらする。

 ・・・・・・もしかしてジェンドゥも同じような目にあっているのか。くそ、悪い想像はよそう。

 

 女性を裸のままにしておくのも悪いので何か覆えるものはないかと探すが見当たらない。仕方ないので俺の服を着せてやる。

 

「ん? なんだこれ」

 

 ちょうど下腹部の辺りに刺青のようなものが彫られている。複雑な図形と文字のようなものを組み合わせた紋章のようなものだ。

 なんだろ。淫紋?

 

 考えても分からないのでとりあえず二人の元に連れていく。その途中でジェンドゥがいないか全部の檻を見て回ったがいなかった。その事にホッとするべきか残念がるべきか。

 

「ああ戻ってきたね」

「すみませんリュート様。私はもう大丈夫です。ジェンドゥ様は?」

「見つからなかった」

「・・・・・・そうですか。そちらの方は?」

「ここに囚われていた人だ。おそらくここは奴隷の収容施設だ。」

 

 正確に言えば性奴隷の、だけどな。

 

「まあ! それは・・・・・・」

「どうするんだい? 僕としては助けたい所だけど・・・・・・」

「うーん」

 

 少し考える。

 もちろん俺だって助けられるのなら助けたいが、そう単純な話でもない。

 

 まず俺達の目標はジェンドゥの救出だ。ジェンドゥがいないとまず霧雨平原からの脱出もままならない。これが最優先なのは確定だ。

 だがまだジェンドゥの居場所すらわかっていない。

 

 そんな状況で他の人まで助けていられる余裕があるのか。

 問題なのは人数だ。ここに囚われているのは2人や3人ではないだろう。建物の大きさ的に10人以上はいそうだ。しかもこの人の様子から見て、他の人も自力での歩行は困難だろう。2人や3人なら担いでいけるが、10人以上ともなると運び方の問題がある。重さ的には大丈夫だが、俺の腕は2本しかない。

 

 くそ、俺は勇者なのに、なんでこの程度の問題でつまづいているんだ。それもこれも俺の能力が戦闘に寄りすぎなんだよ。せめてル〇ラとか使えたらな。

 

 いや、無い物ねだりをしてもしょうがない。俺は最強の勇者だ。何とかなるだろ。

 

「よし、2人でここにいる人達の救出をしてくれ。俺はジェンドゥを探し出してここに戻ってくる。それまでに何とか全員を一度に運べるような形にまとめといてくれ。できるか?」

「了解した」

「ええ。私も足を引っ張ってばかりいられませんから。任せてください」

 

 自信ありげに頷く2人にこの場を任せ建物を出る。

 

 だが少し不安だ。万が一2人が魔物に見つかったら俺はすぐには助けにいけない。ジミーがいるとは言っても多勢に無勢では為す術ないだろう。念の為もう一度くらい陽動かけておくか。

 

「【地伏炎龍】」

 

 地に手をかざして呪文を唱える。

 地中を魔力が流れ、基地の端の方で巨大な火柱が吹き上がった。ついでに帰ってくる時の目印用にここにも一つ仕掛けておく。

 

 さあ急がなければ。

 俺は脳裏にチラつく最悪の想像を振り払うように次の目標へと向かった。

 

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