第13話 霧雨平原・4
話がついた所でジェンドゥを呼ぶ。
「ちょっと僕達の想定より魔物が強いようだから撤退する。道案内を頼めるかい?」
「りょうかい」
霧の中で戦闘をすると簡単に方向感覚を失ってしまう。その上ここの霧は探索系の道具やスキルの効果を弱体化するらしい。だからここに慣れた冒険者が必要だったんだな
「・・・・・・コッチだ」
ジェンドゥの先導に従い霧の中を進む。
・・・・・・そういえば。
「なあジェンドゥちゃん」
「チッ、なんだよ」
「さっきの俺達の会話聞こえてた?」
「別に」
どっちだろ。
ジミーと話し合いでうっかり声が大きくなったし、
一応あれって機密事項ではあるんだよな。念の為釘を刺しておくか。
「あー、もし聞こえていたらなんだけど、誰にも話さないようにな」
「何のこと言ってるか分かんないな」
うーん。
まあいいか。
どっちにしろ1冒険者のジェンドゥが知っても大した問題になる話じゃない。
しばらく無言で霧の中を進む。
たまに俺の敵意レーダーの端を掠める魔物もいるが、ジェンドゥの先導のおかげか戦闘にはならずに済んでいる。
だが数十分ほど進んだ時、マリアンヌさんが不安そうに周囲を見渡し
「ねえジェンドゥさん。本当にこの道で合ってますか?」
「合ってるけど、なんで?」
「いえ、行きの時と道が違うような気がして」
言われて俺も周囲を見渡してみるが、正直ぜんぜん分からない。周囲は深い霧に包まれ、足下はただの草原で目印になるようなものはない。
「ああ、そりゃコッチのが安全だから少し回り道してんだよ。戦闘は避けたいんだろ?」
「なるほど、そうだったのですね。お気遣い感謝します」
へー、ぜんぜん気づかなかった。
調査のために注意深く周囲を観察していたマリアンヌさんだから気づいたんだろうな。
・・・・・・にしても暇だな。
やっぱりこんな地味な依頼受けるべきじゃなかったかも。
そもそも落ち着いて考えてみればあの辺境伯が、例え俺が何らかの成果を持ち帰ったとして素直に式典を開くだろうか。
先程のジミーの話を思い出す。王国の三つの誤算の話だ。一つ目の誤算、大規模侵攻。二つ目の誤算、俺の強さ。そして三つ目。これをジミーは話してくれなかったが、俺は『
理由は魔王軍の作戦の立て方があまりにも人間側の事情を考慮しすぎているからだ。国同士の力関係や政治的思惑を利用し、他の国からの援護がないうちに大国を落とす。いくら魔人とやらが人と同じ知能を持っていたとしても、所詮森の中で生きてきた獣だろう。国同士の関係という複雑な事情は想像すらできないんじゃないだろうか。
大規模侵攻の周到な準備もそうだ。首都から戦力が出払った時を狙うという作戦の立て方、あまりにも人間臭い。
もっとも俺はまだ魔王軍の幹部とか見たわけじゃない。もしかしたらものすごい参謀がいるのかもしれない。だがそれを置いといても内通者の存在は考慮しなければならない問題だろう。
じゃあその内通者とはどんな奴か?
王国内の人間が魔王軍に情報を流しているとか?
普通は協力しないだろうが、人間を操る魔法とかあるかもしれないし、もしくは単純に人質をとるという選択肢もある。
それとも敵国がわざと王国の情報を魔王軍に流しているとか?
敵の敵とはいえ魔物に情報を与えるか? 下手すりゃ勢いづいた魔物が自国を攻めてくるかもしれないのに。
もしくは人に化けられる魔物が王都に紛れ込んでいる可能性もある。
さすがに今絞るには情報が足りないな。
それに少し話がそれた。
要するに俺が言いたいのは、王国は内通者の存在を探るために俺の情報を絞ってるんじゃないかって話だ。たとえ俺が魔王をサクッと倒したとしても内通者が潜んでいたら、後々の障害になる。そしてこれを機に内通者を特定したいんじゃないか?
俺の存在というデカい人参で内通者をおびき寄せ、不自然な動きが見られた奴を捉える、とかそんな感じで。
そう考えると、ここで俺がデカい成果を上げても上げられなくても式典が開かれる可能性は低い。勇者様に相応しい規模にするには準備に時間がかかる、とか何とか適当に理由をつけて。
まあそれはいい。ムカつくが、国を守るためだ。辺境伯も貴族連中も国民の命を背負っている。気楽な流れ者の俺とは違う。
気楽な流れ者の俺が考えるべきは、どうやって式典を開かせるか、だ。そうだな・・・・・・単純に考えるなら俺を秘密にしたいから式典を開かないなら、俺の存在を魔王軍にアピールすればいい。
だがどうやって? 俺には当然ながら魔王軍との繋がりはない。内通者の心当たりもない。王都で俺が勇者だと言いふらすか? いやいやそんなの頭のおかしい奴だと思われて終わりだ。魔王軍の本拠地に殴り込みに行けば簡単だが、それは一番ありえない。なぜなら場所も分からないし、なによりそんな事すればレベルが確実に下がるからだ。さすがに命に直結するレベルを犠牲にしてまで式典を開かせる気はない。
・・・・・・そういえばココがまさに魔王軍の本拠地(たぶん)の一つだったな。なんか上手いこと魔物が近寄ってくれれば「これがあの大規模侵攻を跳ね除けた勇者の力だ」とか言いながら追い払ってやるのに。でもさすがにそんな事はないな。ジェンドゥの索敵がよっぽど優秀なのか、さっきから俺のレーダーの端に魔物がかかる事はあっても戦闘にはならな・・・・・・
「待て!」
俺の言葉に全員が足を止める。マリアンヌさんとジェンドゥが不思議そうな顔をしているが、ジミーは既に剣に手をかけて周囲を警戒している。その判断は正しい。
「悪い。気づくのが遅れた」
「どうしたの? ボクの索敵には今のところ敵の姿はないけど。あってもまだ距離があるし気づかれてないって。それより早く移動した方が」
「ああ。だが俺のレーダーにはちょくちょく反応がある。そして俺のレーダーは魔物を捉えるものじゃない。敵意を捉えるものだ」
さっきからレーダーの端にかかっていた敵意。敵意を発しているということは、俺達に気付いているということだ。それなのに襲ってこなかったのはなぜか。そんなの決まっている。
「俺達はずっと監視されてたんだよ。そしてあえて泳がされていた。おそらくこのまま進めば罠か、もしくは魔王軍が待ち構えているだろうな」
「で、でもボクの索敵には何も」
「そんだけ魔王軍の隠密が優秀だって話だろ」
しんと静まりかえる一同。
事態は深刻だ。
「それで、どうするんだい? 別の方向から脱出するか、それともあえて迎え撃つかい? いずれにせよ、こうして立ち止まっていては魔王軍に不審がられる」
「そうだな・・・・・・」
迎え撃つのはナシだ。レベルが下がる。
別の道を通って脱出・・・・・・も厳しいだろうな。俺の敵意レーダーも万能じゃない。わかるのはせいぜい半径数10mしかないからそれより遠くから監視されたら分からないし、そもそもどの方向に向かえば包囲を抜けられるのか、この霧の中では見当もつかない。
ここは、ジェンドゥに頼るしかないか。
「ジェンドゥちゃん。多少遠回りでも霧雨平原から出れる道はあるか?」
「あ、あるにはあるけど、でもボクじゃ魔物を見つけられないよ」
「魔物の居場所はできる限り俺が教える。それを聞いてできる限り魔物を避けるルートを通ってくれ」
「監視している魔物はどうするんだい? 排除するならしてくるが」
「・・・・・・いや、魔王軍には俺達が気づいた事に気づかれたくない。無視していこう」
俺達は方針を確認し終わると、再びジェンドゥを先頭に移動を開始した。
最悪なのは俺達が気づいたことを悟った魔王軍が押し寄せてくることだ。
だが正直そうなる可能性は高いとは思う。急に方向を変えたのは不自然だったろうし、準備不十分でも襲ってきてもおかしくない。
まあ最悪の場合、俺が全員抱えて逃げ出せばいい。その場合はジェンドゥに俺が勇者だとバレることになるだろうな。
・・・・・・いや、別にそれでもよくないか?
一応この調査の後、俺の正体は大々的に公表される予定ではある。それが多少早くなるだけだ。
もし俺の予想が当たって公表されなくても、そんな事は知ったこっちゃない。
それよりもこの場を穏便に終わらせる方が重要だろ。
よし、そうと決まれば早速・・・・・・いや、一応ジミーに相談してからにするか? 何か見落としがあるかもしれないし。
「なあジミー・・・・・・」
「危ない!」
「え?」
考え事に気を取られ反応が遅れた。
マリアンヌさんの声にハッとして周囲を見渡すと、ジェンドゥが驚きの表情とともに光に包まれていた。何が起きているのか分からず混乱しながらも、何かよくない事が起きている事だけは理解できた。咄嗟に手を伸ばすもその手は空をきった。
「消え、た?」
「転移の罠です。すみません。巧妙に隠されていて気づけませんでした」
「罠・・・・・・魔王軍の仕掛けたモノか?」
「おそらくは」
マリアンヌさんがジェンドゥが消えた場所の地面を掘り返すと、下から魔法陣のようなものが描かれた石版が出てきた。だが魔法陣はところどころ焼ききれたように途切れてボロボロになっている。
「どうやら単発式のようですね。単発式の場合、魔法陣が自壊するため転移先の特定に時間がかかります。どうしますか」
「どうするって、助けに行かなきゃいけないだろ」
帰り道がわかるのはジェンドゥだけだ。
それに何より──もうジェンドゥは俺にとっては友人みたいなもんだ。ここで見捨てるなんてことはありえない。
「時間なら俺が稼ぐから何とか特定してくれ」
「わかりました」
くそ、にしても失敗した。
俺がもっと警戒していればこんな事にはならなかったのに。俺だけは何があっても安全だからと、そんな意識があるから注意が散漫になるんだ。
だがまだ取り戻せるはずだ。地雷のような罠ではなく、わざわざ転移させたという事は、魔王軍はジェンドゥをまだ生かしておくつもりという事だろう。人質か、尋問か、そこまでは分からないが。
ともかく急がないと。これが魔王軍の仕掛けた罠だとしたら・・・・・・
「・・・・・・来た」
全方向から俺のレーダーに反応が入った。いや、もはやレーダーを使うまでもなく魔物達の荒々しい息遣いや足音が聞こえてきている。10・・・・・・20・・・・・・30・・・・・・いったいどれだけいるんだ。
奴らもしかして分かってたのか。
「やれやれ、戦うしかないね」
周囲を睨みながらジミーが剣を抜いた。だが俺は首を振ってそれを止める。
「いや、さすがにこの数を相手にするのは面倒だ」
「じゃあどうするんだい?」
「こうする。【時間停止】」
指を鳴らすと俺達以外の時間が止まる。それまで聞こえていた魔物の息遣いや足音がなくなり、痛いほどの静寂が訪れた。
「俺達以外の時間を止めた。これでしばらくゆっくりできる」
俺は大きく息を吐くとドサリと草原に腰を下ろした。
だが何やら二人が呆けた顔でこちらを見ている。
「どうした?」
「ああいや、まさかそんな事まで出来るとは。つくづくキミは常識外れだね」
「何をいまさら・・・・・・そういえば直接【時間停止】を見せたのはロベ卿だけだったか」
よく考えなくても【時間停止】ってとんでもないことだよな。そりゃこんな反応にもなるか。
「それにしてもこんな魔法があるのに、どうして今まで使わなかったんだい? デメリットでもあるとか?」
「んーまあデメリットって程でもないけど、あるっちゃある。まず消費魔力が大きい。だいたい大規模侵攻を返り討ちにした【
「それはなかなか大したことある魔力量では・・・・・・」
「重要なのは
正確な再使用時間はわからないが、ダンジョン行って帰ってくるぐらいで使えるようになってるから多分それぐらい。
「あと、途中で対象を変えることもできない」
「ふむ」
「それと、これはメリットでもあるんだが・・・・・・言うより直接見せた方が早いな。ちょっと来てくれ」
ジミーを手招き、一番近くに敵意の反応があった場所に行く。そこには口からヨダレを垂らした二足歩行する豚のような魔物がいた。おそらくオークだろう。
「おお、なんて奇妙な。垂れたヨダレが空中で止まっている。本当に時が止まっているんだね」
「ああ。俺が指定したモノはその瞬間の状態で固定される。そして──」
俺はそのでっぷりとした腹に向けて軽く拳を放った。
いや俺としては軽くのつもりだったんだが。
実際にはごぅんと鈍い音が響き、それ以上の轟音を伴って衝撃波が時間を止めていない大地を穿った。巻き上がった土砂が降り掛かって少し口に入ってくる。
・・・・・・少しやりすぎた。
「ごほ、急になんだい」
「ぺっぺっ、やっぱり物理の手加減はまだ難しいな。まあともかく見てくれ」
「な! これは」
そこには先程とまったく変わらないオークの姿があった。いや、正確には降りかかった土砂で汚れてはいるが、その体には傷一つついていない。
しかも下の土がえぐれたのに先程と同じ位置にあるせいで若干浮いている。
「時間を止めた対象には干渉できない。たとえ俺であってもな」
「なるほど。時間を止めたまま攻撃すれば無敵だと思ったが、そこまで美味い話はないんだね」
「そうだなー。それができれば時間停止モノのAVみたいな事できるとおもったんだけどなー」
「えーぶい?・・・・・・なんだいそれは?」
「なんでもない。コッチの話だ」
とはいえこれはなかなか面倒な問題ではある。せっかく時間を止めて移動しても、うっかり扉の時間まで止めて進行不能なんて事も考えられる。
今回も、もし地面の草木まで時間を止めたら 歩けなくなっていただろう。しかも一度時間を止めれば対象は変えられず、再使用には半日かかる。わりと制限の多い魔法なのだ。
まあそれを差し引いても便利なので使っちゃうんだけど。。
「だがそうなると救出は少し面倒な事になる可能性があるね」
「ああ。もし転移先がなんらかの建築物の場合、時間停止を解かないと侵入できない」
そしてその可能性は高い。
ジェンドゥが罠にかかったタイミングと魔物の軍勢が現れたタイミングからして、魔王軍による計画的な罠なのは間違いない。そしてそんな罠の転移先を適当な所にするはずがない。
ほぼほぼ転移先は魔王軍の基地的な場所だろう。まさかそんな場所が野ざらしとは考えづらい。時間停止中は布一枚垂らされてるだけで進めなくなるのは要注意だ。
「ジミーさーん。リュートさーん」
マリアンヌさんが呼んでる。転移先が特定できたのだろう。
俺はジミーと目を合わせて頷き、マリアンヌさんの元へと戻った。
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