第12話 霧雨平原・3
霧の中をはぐれないように進んでいくと、すぐにダンジョンの境界をくぐった時特有の感覚があった。つまりここからが本番ということだ。
「ここからは戦闘は最小限に抑えたい。ジェンドゥさん。悪いが索敵はまかせたよ」
「・・・・・・りょうかい」
こくりと頷くジェンドゥ。しかしそんなに離れていないのに、もうジェンドゥの表情が見えない。入ったばかりでこれか。霧雨平原の霧は奥に進めば進むほど濃くなるらしいが、最深部はいったいどれだけ濃くなるんだ。
霧の中を進む。
隊列は先頭にマリアンヌさんとジミーが並び、その後ろから俺とジェンドゥがついて行く形だ。非戦闘員のマリアンヌさんが前にいるのは、マリアンヌさんが魔王軍が使ったであろう転移魔法の痕跡を探りながら進んでいるからだ。ジミーはその護衛である。
「・・・・・・ヒマだ」
これまでは景色の移り変わりもあって退屈しなかったが、霧雨平原に入ってからはどこもかしこも白一色。しかも敵地という事もあって誰も無駄話もしない。魔物もジェンドゥの索敵のおかげか一度も遭遇しないし。
そんな状況で数時間。もしかしてこれって凄く地味な仕事では。
「ははは。これでも僕達はずっと気を張っていて生きた心地がしないんだが。さすがだね」
「そう?」
まあ俺にとって敵になるような魔物なんていないし。常に索敵し続けているジェンドゥや、非戦闘員なのにダンジョン内で調査をしているマリアンヌさんと、その護衛として自分以外にも気を配っているジミーと違って俺には何の役割も無・・・・・・あれ、これ俺いる?
俺が自分の存在意義について首を傾げているとジミーはうんと頷き
「そうだね。あまり集中を切らした状態で進んでもよくないだろうし、ここいらでいったん休憩をとろうか。ジェンドゥさん、この辺りは安全?」
「・・・・・・まあ、今は魔物の気配はない」
「よし、じゃあ休憩だ。マリアンヌさん、結界をお願いします」
「は~い」
マリアンヌさんが鞄から出した杭のような物を地面に刺していく。
「マリアンヌさん。それは?」
「これは結界のための魔道具ですよ。これを四方に刺すと簡易的な結界になって弱い魔物ぐらいなら入れなくなるんです。強い魔物が来ても結界が壊れるからすぐに分かるんですよ。と言ってもこのダンジョンに出る普通の魔物では破れないですが」
「へえ、便利」
マリアンヌさんが杭を四本刺し、呪文を唱える。すると四本の杭が光の線で結ばれ光り輝いた。
「おーすげー」
「実は王城にもこれと似たような結界があるんですよ。あちらはもっと強力ですが」
「へー」
関心しつつ杭を観察する。よく分からない文字がビッシリと書かれている。
そういえばこの世界に来て文字は何故か理解できたが、この文字は読めないな。
「マリアンヌさん、この文字は?」
「それは魔法文字ですね。魔道具や魔法を作ったりするのに使うんですよ。ご希望とあれば教えましょうか? 覚えれば魔法でできる範囲がぐっと広がりますよ。例えばこの一文はですね」
「いや、結構です」
突然目を輝かせたマリアンヌさんが身を乗り出してくるが、キッパリと断っておく。
はっきり言ってこの世界に来てまで勉強したくない。自慢じゃないが俺は英語が苦手なんだ。なんなら国語も苦手だ。
俺は不満げなマリアンヌさんからそっと距離をとる。
こういう時は・・・・・・ジェンドゥにダル絡みでもしよう。
と思ったがジェンドゥの姿が見えたらない。おかしいな、霧で見失ったか?
「ジェンドゥちゃ~ん。どこ行った?」
「ああリュート、ジェンドゥさんなら花摘みに行ったよ」
「花摘み? こんなダンジョン内で・・・・・・ってそういう事か。わかった」
花摘みっていうのはトイレの隠語だ。
せっかく結界貼ったのにわざわざ外でやるのか、と思うが。まあジェンドゥも女の子だ。俺のような奴がジェンドゥを探してばったり遭遇みたいな事を避けたかったんだろう。
それならジミーに絡むか。ついでに気になってた事も聞こう
「なあジミーって一応『王国最強の騎士』って持ち上げられてるんだよな」
「その言い方は少し棘があるが、そうだね、その通りだよ」
「じゃあ国でも有名人だろ? こんな隠密任務には相応しくないんじゃ?」
俺がこの任務を引き受けたのは、俺が有名になる前に重要な調査を終わらせておく必要があったからという話では? それなのに既に有名人がいたらまずいんじゃ。
「いや、そうでもないんだ。実は僕が『王国最強の騎士』なんて呼ばれだしたのは、キミが召喚される少し前なんだ。その前には『王国最強の騎士』なんて称号は存在すらしなかった」
「はあ!? どういうことだよ」
「これは少し面倒な話になるんだけど、キミにも関わり合いのある話なんだよ」
「俺?」
「もともとはキミが召喚されたらすぐに国民達に公布するはずだったんだ。そして勇者という旗印の元に騎士団だけでなく義勇軍を募り魔王軍に対する攻勢に出る、そんな手筈だった。でも実力も素性も分からない勇者について行ってくれる人がいるかは分からない。だから騎士団長は勇者に泊をつけようとした」
「泊・・・・・・つまり『王国最強の騎士』を一捻りできるような実力って事か? その為だけに『王国最強の騎士』なんてご大層な称号を作ったのか?」
「その通り。国民に広めるにはキャッチーなフレーズが望ましいからね。僕はさしずめ君の価値をはね上げるための踏み台といったところだ」
まじかよ。あの騎士団長、顔に似合わず策を弄するタイプなのか。下手すりゃ騎士団の面子が潰れるような話じゃないか。
だがそれは置いといても、今の話はおかしい。
この国は俺にジャンヌ・ダルクのような偶像的英雄を求めていた。だが現実はそうなっていない。
「じゃあ今のこの状況はなんだ? 俺の存在は秘密にされて義勇軍なんて話も聞いたことがないぞ」
「うん。それには1つ、2つ・・・・・・3つの大きな誤算があったんだ」
「誤算?」
ジミーは人差し指をピッと立て
「1つ目はキミが召喚された日の大規模侵攻。過去に例を見ないあの侵攻は誰も予想していないものだった。恐らく、本来ならナーロップ王国はあの日滅んでいただろう」
「・・・・・・じゃあ二つ目は」
「キミが強すぎた事だ。奇跡が呼んだ異界の勇者と言えど常識で測れる強さだと、誰もが思っていた。だが当のキミはとんだ常識外れだ。キミならこの世界で神にすらなれると、掛け値なしにそう思うよ」
そう真っ直ぐに見てくるジミーの瞳に思わず照れる。
まあ実際は戦えば戦うほど弱くなる欠陥持ちだが、知らない人が見ればそう見えるだろう。
「へへ、それで3つ目は?」
「3つ目は・・・・・・その、なんだ」
ジミーには珍しく言い淀む。そしてしばし悩んだ後
「3つ目は宿題って事にしないかい?」
「はあ!? 急に何でだよ!」
「いや、これまで散々喋ってからで何だが、一応機密にあたるような話もあったしね。当事者であるキミは知っておいた方がいいと思ったけど、さすがにこれ以上は国に仕える騎士として気が咎めるんだ」
「は~~~~~~?」
納得できずガンをとばして圧をかけるがジミーはいつものように涼し気な笑みを浮かべるだけで動じない。
これはもう言う気はなさそうなので大人しく引き下がろう。それに予想する材料がないわけじゃないしな。
俺が聞き出すのを諦め一人で考え込んでいると、ジミーがくすりと笑った。
「・・・・・・なんだよ」
「いやあ、もう一つ誤算があったのを忘れていたよ。こっちは嬉しい誤算だけどね」
「?」
「それはキミが善人である事。キミなら力ずくで僕から聞き出すことだって容易いだろうに」
「・・・・・・そんなんじゃないさ」
本当に善人なら素直に人々のために力を貸しているだろう。だが俺はいつだって自分の事を第一に考えている。まあだからってこの力で誰かを傷つけようとは思っていない。それもただ単に誰かを傷つけて得る快楽より罪悪感の方が上回るだろうからしないだけだ。
あえて言うなら、そう
「俺はただ、悪人じゃないだけだ」
「そういうものかい?まあそういう事にしておこうか。こちらとしてはそれでも十分だからね」
ジミーからしたら俺がいたずらに暴力を振りまかないだけで十分、ということだろうか。まあジミーからしたらそうかもしれないが、他の人はそう思わないだろうな。実際、今もまだ貴族達は俺の事を恐れているんだし。
「さて、少し話し過ぎたね。そろそろ出発しようか」
「ん? ああ、でもまだジェンドゥが戻ってきてないんじゃないか?」
「あれ。そうだったか。じゃあいつでも出れるように準備だけでも」
その時突然ガラスの割れるような音が響いた。それと同時に周囲を覆っていた光が霧の向こうで消えるのが分かった。
「今のは・・・・・・」
「結界が破られた! 僕はマリアンヌさんの元へ行く! リュートはジェンドゥさんを回収して合流してくれ!」
言うが早いかジミーは霧の向こうに走って行ってしまった。行動が早いな。こういうアクシデントにも慣れてるんだろうな。
さてジェンドゥ探すか。と言ってもどうやって探そうか。周囲は霧のせいで見通しが悪い。声掛けたら出てきてくれるかな。
「おーい。ジェンドゥちゃーん。敵襲だってよー。出ておいでー」
・・・・・・
返事はない。
霧に迷って遠くに行っちゃったか?
そうだ。非常灯よろしく何か目立つ物を出そう。
魔法でデカい火球でも出したら、それを灯台代わりに戻ってこれるんじゃないか?
「【火球】」
とりあえずシンプルな火球を出してみる。握り拳ほどの大きさの火球が指先で煌々と輝いている。
なるほど。こういう弱い魔法を使ったのはこれが初めてだが、これはこれで便利だな。今はコレだけでは目印には不十分だ。
更に追加で火球を出す。合計で十個ほどの火球が俺の周りを衛星のようにクルクルと回る。さらに指を振るとその動きに合わせて自由自在に火球が動き回った。
なかなか面白い。
指をピッと上に振り、俺の頭上で火球の群れを回転させる。今の俺は傍から見たら灯台のようになっているだろう。
とりあえず目印としてはこれでいいか。
「おーいジェンドゥちゃーん。出ておいでー」
呼びかけながら手慰みに火球の数を増やしていく。
まったく、どこまで行ったんだ。
しばらく呼びかけたが見つからなかった。
いや、もしかしたら既にジミー達と合流しているのかもしれない。
一回戻ってみるか。
霧の中で帰り道分かるのかと思うかもしれないが、賢い俺はこんな事もあろうかと通ってきた道に火球を浮かべてきている。それを辿れば簡単に戻れるというわけだ。
「えーと確かコッチだよな」
途中まで火球を回収しつつ戻り、残りは記憶を頼りにマリアンヌさんがいたと思しき方へ向かう。
すると敵意とともに何かが向かってきた。
「? なんだ?」
視界には特に何も写ってないが、敵意レーダーを信用してとりあえず避ける。すると何かが風の音ともに確かに通り抜けていった。
「ま、いっか。ほい【火球】」
よく分からないが攻撃してきたという事は敵なんだろうと思い火球を飛ばしてみる。火球は敵意の元を確かに撃ち抜き、何かが燃えていくのが見えた。その何かは紙のように空中に巻き上げられたまま燃え尽きてしまった。
「魔物・・・・・・だったのか?」
だとしたら少し失敗したか。できれば経験値は受け取りたくないんだが。
若干後悔しながら進むと何やら周囲に感じる敵意が多くなった。
それと同時にジミーとマリアンヌさんの声が聞こえてきた。
「【風弾】【風弾】!」
「く、数が多すぎる」
ジミーとマリアンヌさん、その周囲を取り囲む多数の敵意。よく見れば霧がひとりでに蠢いているのがわかる。
なるほど、結界が破られたというわりに敵の姿が見え無かったのはコチラに集中していたからか。
それにしてもだいぶ苦しそうだ。あまりレベルが下がりそうな事はしたくないが、仕方ないか。
「おーい。大丈夫?」
火球を周囲を取り囲む敵意に向けて飛ばしながら近づく。狙いは雑でも数が多いから当たる当たる。
「リュートさま・・・・・・」
「リュート! 助かったよ」
近くで見るとジミーはあちこちに傷を負っていた。
マリアンヌさんも魔法を放っていたが、あまり魔物に効いている様子は無かったし、やはり非戦闘員という事なのだろう。そのマリアンヌさんを守りながらこの数の不可視の魔物を捌いていたのは流石だが。
「リュート、ジェンドゥさんは?」
「見つからなかった。とりあえず話はこの魔物を片付けてからにしよう」
火球を自由自在に動かしながら周囲を飛び回る魔物を倒していく。
魔法の一番良い所は威力が低い・・・・・・というか周囲に無駄に破壊を撒き散らさない所だ。
俺が物理で攻撃すると力加減が難しくて周囲を無駄に破壊してしまう。そうなるとこうやって二人を守りながら戦う事は出来ないだろう。
しかしどうやら魔法はあらかじめ最大威力のようなものが決められているようだ。要するにレベル10でもレベル100でも【火球】の威力は30~50と決まっているという事だ。レベル10では30ダメージだがレベル100なら50ダメージ出せる。だがそこからはどんなにレベルを上げても威力は上がらない。
普通の人にとっては不便な点かもしれないが、俺にとってはそれが利点になる。
数分も経つと周囲に感じていた敵意は無くなった。
「ふう、こんなもんか」
「流石だね。ミストデーモンの位置が正確に把握できるのかい?」
「位置っつーか敵意がわかるんだよ。俺の間合い内なら敵意の位置でだいたい敵の場所がわかるんだ」
にしてもアレがミストデーモンか。行きの馬車で話にあったが、あれは確かにこの霧の中で認識するのは大変だ。
ジミーの怪我の手当てをマリアンヌさんがするのを眺めつつ一応警戒は怠らない。それにしてもマリアンヌさんに怪我がないのは良かった。あの数と視認性の悪さの中でマリアンヌさんを守り通したのは騎士の鑑だな。
「素晴らしい能力だね。なんていう名前なんだい?」
「名前? そういうのは特に決めてなかったな」
「それは勿体ない。せっかくなら良い名前をつけるべきだよ」
「えー」
技名とかそういうの考えるのはちょっと・・・・・・恥ずかしいというか何と言うか
「特に思いつかないかい? それなら僕が考えようか」
「じゃあ、頼む」
「そうだね、自身の領域内を支配する絶対的な権能・・・・・・『絶対領域』というのはどうだい?」
「却下」
「えー、どうしてだい?」
カッコイイと思うんだけどね、としょんぼりするジミーには伝えられない。俺の故郷ではそれは別の意味で使われているという事は。
結局この能力の名前は無難に『敵意レーダー』となった。
「すみません、ジミーさん。私のせいでこんなに怪我を」
「いえ、アナタを守るのが僕の使命ですので。気になさらないでください」
ジミーの治療が終わったあたりで絶た・・・・・・敵意レーダーにまた反応があった。念の為周囲に浮かべたままにしてあった火球をいくつか向かわせる。
「お?」
だがそれらは撃ち落とされてしまった。なるほど。強い敵相手にはこういう事もあるのか。
それなら数を増やすか。
数十個の火球を同時に向かわせる。
「うわ、うわわ! ちょ、待って」
「ん? その声は」
霧の中から聞こえてきのは聞き覚えのある声。
「ジェンドゥか?」
「は? この火球アンタかよ! ちょ、止めろ止めろ!」
火球を止めると霧の中から荒い息を吐いたジェンドゥが出てきた。よく見ると服の端が少し焦げている。
「ごめんごめん、ジェンドゥだと思わなくてさ」
「ふざけんな! 死ぬかと思ったぞ!」
「んー、敵意を感じたから魔物だと思ったんだけどな?」
「敵意? ・・・・・・あー、それはあんな風に火球が浮いてたら敵だと思うだろ」
「それは、確かに」
俺もそんなの見たら狐火か何かだと思うわ。
「ま、何にせよ合流できて良かったよ。いったいどこにいたんだ?」
「あー、急に周りに魔物の気配がめちゃくちゃ増えたから隠れてたんだ。悪かったな助けに行けなくて」
「大丈夫大丈夫。幸い大した怪我はないからな」
ジミーの負った怪我もマリアンヌさんの治癒魔法で既に治療済みだ。
と思ったが何やらマリアンヌさんが難しい顔をしていた。
「どうかした? マリアンヌさん」
「いえ、そうですね。ジェンドゥさん。少し周囲の警戒をお願いします。お二人に話があります」
「? わかった」
ジェンドゥが少し離れる。それを確認してマリアンヌさんが小声で話始めた。
「先程の襲撃ですが、すこし不審な点があります」
「え」
「私が張った結界は本来ならこの辺りのミストデーモンでは破れないモノでした。それにアレだけの群れが一斉に襲ってくるのも普通ではありえません」
「じゃあ」
「ええ。先の襲撃は野生のミストデーモンの襲撃に見せかけた魔王軍の攻撃の可能性があります」
「・・・・・・マジか。じゃあもう俺達の存在はバレてるのか?」
「そこまでは分かりません。先のはただの巡回部隊なのか、それとも私達の足止めをするための先遣部隊なのか、そもそも魔王軍にそのような戦略的な部隊展開があるのかも不明です。しかしここで一度考えるべきでしょう。このまま調査を続けるか、撤退するか」
魔王軍がまだこの霧雨平原にいるなら騎士団長の推測は当たっていたということだ。魔王軍はこの霧雨平原を拠点に何かをしていた。このまま調査を続ければ何かを見つけられるかもしれない。
「私としては調査を続行したいです。しかしもし戦闘になった時に矢面に立つのは御二方ですから、御二方の意見を尊重したく思います」
「僕もこのまま調査を続行したいと思う。せっかく来たんだから何かを得てから帰りたいしね」
二人の視線が俺を促す。
俺は・・・・・・
「俺は帰りたい」
「理由を聞いても?」
「もし魔王軍にバレているなら隠密調査は失敗だろ。魔王軍が俺達の目的に気づいているなら、こうして足止めを繰り返してその間に転移魔法の痕跡を消してしまうかもしれない。それだけならいいがコチラが寡兵であるのをいい事に数で攻めてくるかもしれない。もちろん俺だけならそれでも問題無いが、混戦状態になったときマリアンヌさんと、さらに言えばジミーとジェンドゥちゃんを守り通せるかは保証できない」
「・・・・・・なるほど。キミの意見はわかった」
本音は戦闘になってレベルが下がるのが嫌だからだけど。
「しかし魔王軍にバレているというのは最悪の想定だろう? それに万が一バレているならばそれこそ急いで調査をするべきだ。魔王軍の連絡系統がどれだけ優れているかは分からないが、このダンジョンの転移魔法の痕跡が消されたら、他のダンジョンにある転移魔法の痕跡まで消される可能性が高い。現状唯一と言っていい手がかりをココで逃すワケにはいかない」
だがさすがにジミーもなかなか引き下がらないな。まあ国の存亡がかかっているとも言えるから仕方ない。
「現状唯一の手がかりってのは確かにそうだが、それは文字通り現状の話だろ。魔王軍はこんだけ組織的に動いているんだから指揮してるやつが居るはずだ。それこそ地方を散発的に襲撃している奴とかな。そいつを捕らえて尋問でもすれば何かは得られるだろ。他にも襲撃してる奴らの拠点を探ったりな。要するに情報の足りない今、焦って功を立てる必要は無いって話だ」
「それは希望的観測だよ。仮に各地の魔王軍を捕らえたとして何も情報を引き出せなかったら? また僕達は突破口を失う。そうならないために今目の前にある可能性一つ一つに全力で挑まないと」
「その可能性は命をかけるほどの価値があるのか? 俺にはそうは思えないな。お前は今、この霧のように先の見えない魔王軍との戦いに焦っているだけだ。一度冷静になれよ」
「僕は至って冷静さ。冷静にここは虎口に飛び込むべきだと言っている」
話し合いは完全に平行線だ。けして口を荒らげる事はないが俺達の間にピリリとした空気が流れる。マリアンヌさんが少し慌てるのを感じる。
悪いな。正直言って俺もジミーの立場だったら調査を続行すべきだと思うよ。でも俺にとってはそれよりレベルダウンのリスクの方が嫌なんだ。
しばらくじっと視線を交わしていたが、俺が最終手段の暴力を使うべきか考えていると、ふっとため息とともにジミーが視線を外した。
「ふぅ。僕達の間でリーダーを決めていなかったのは失敗だったね。意見が割れた時、まとめてくれる人がいない」
「そうだな」
「わかった。ここは僕が折れよう。実際、戦闘の時はキミ頼りになるだろうしね。そのキミが危険だというなら、僕達が従わないわけにはいかない」
「わかってくれたか」
よかった。
暴力に訴えずに済んだか。
俺はポケットの中の小石を手放した。
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