第11話 霧雨平原・2

 霧雨平原。

 名前の通り霧雨が常に降り続ける平原型のダンジョンだ。それは霧雨平原の『ルール』でもある。

 もちろんただの霧雨ではない。霧雨はダンジョンの深部に進むほど濃くなり、最深部では自分の手足すら見えないほどの濃密な霧となる。

 また他にも火属性の弱体化などの効果もあるとか。

 

「以上が霧雨平原の概要ですよ。はぐれやすいので気をつけてくださいね」

 

 馬車に揺られながらマリアンヌさんから霧雨平原の概要を聞く。

 

 なるほどね。どうして魔王軍がここを出兵の中継地点に選んだのかわかる気がする。

 広大な平地に、霧雨で視界の悪い場所。人間に気づかれないよう魔族を集めるのには適している。

 

「魔物は水属性や土属性が多いね。特にミストデーモンには注意だ。奴らは霧に紛れていつの間にか近づいている上に物理攻撃の効き目が薄い」

「へー」

 

 マリアンヌさんとジミーと共に会話などしつつ霧雨平原へと進む。

 

 だが気になる事が1つ。

 

「・・・・・・」

 

 先程から馬車の隅でコチラを伺っているジェンドゥ。マリアンヌさんとジミーは特に気づいてないようだが、俺にはわかる。

 ジェンドゥから発され続けている敵意に。

 

 まいったなあ。脅かしたのが良くなかったか。おかげで心象最悪だよ。

 これから共に冒険する仲だというのに、これは良くない。何とか関係修復に努めよう。

 

「やあやあジェンドゥちゃん。車酔いとか大丈夫?」

「ちっ、別に」

「そう。・・・・・・あ、なんか食う? さっき露店で買ってきた串焼きあるんだけど」

「いらない」

「そう。じゃあ一人で食うか」

 

 串焼きを頬張りながらジョンドゥの隣に座る。するとジョンドゥが体一人分距離を空けた。

 

「にが・・・・・・なんの肉だよこれ。・・・・・・ねぇジョンドゥちゃん。ホントにいらない?」

「いらないって言ってるだろ。まずかったからって人に押し付けようとすんな」

 

 ぐうの音も出ない正論にしぶしぶ串焼きを食べる。町の人はこぞって買ってたから旨いと思ったんだが。普段王宮の旨い飯に慣らされた俺のロイヤル胃袋は下々の食事は受けつけないということか。

 

「ジェンドゥちゃんはこういう依頼慣れてるの?」

「・・・・・・」

「俺は実を言うとあんま経験ないんだよね。慣れてるならなんか気をつけるべきこととか教えてくれない?」

「・・・・・・だったらまずその馴れ馴れしい態度を改めれば。あと呼び方。敬意とよそよそしさを持ってジェンドゥさんと呼べ」

 

 うう、なんて刺々しさ。

 まるでトゲのついたマントを纏っているかのように心を開いてくれない。

 そりゃそうだよな。俺は一方的にジェンドゥの事を知っているが、ジェンドゥは俺の事を知らないんだもんな。女の子が初対面の男に馴れ馴れしくされても怖いだけか。

 

 しょんぼりしているとマリアンヌさんと目が合った。どうやら俺がジェンドゥと会話したことでジェンドゥに気がついたようだ。俺が視線で助けを求めると、マリアンヌさんが頷いた。

 

「あーちょっと風にでも当たってくるかなー」

 

 俺が至極自然な動作でジェンドゥの隣を離れると代わりにマリアンヌさんがジェンドゥの隣に座った。

 

「ごめんね。私の連れデリカシーなくて」

 

 悪かったな。

 

 〇

 

 馬車を数日乗り継ぎ霧雨平原最寄りの街まで来た。その間寝ても醒めてもジェンドゥの敵意に晒され続けていたのでちょっとゲンナリしている。だが休む暇もない。探索に必要な物資を補給したらすぐに出発だ。

 

 街を出てすぐに異変に気づく。

 視線の先、地平線の先の様子がおかしい。周囲の景色と比べて不自然にえぐれている。それも一部分ではない。俺たちの行く手を横切るように一直線にえぐれており、その果ては見えない。

 

「なあジミー、あの辺、なんか変じゃないか」

「ああ、あれはアレだよ」

「アレ?」

 

 ジミーはジェンドゥをチラリと見ると耳元に口をよせた。

 

 (先日の大侵攻を薙ぎ払ったアレさ。悪いがこれについては緘口令が敷かれている。彼女の前で話さないようにね)

 (・・・・・・ああ。アレね。わかった)

 

 アレってのは俺の【裁きの刻ジャッジメント・デイ】のことだ。

 緘口令が敷かれているのは万が一にも魔王軍に知られるのを防ぐためだろう。今魔王軍の侵攻が無いのは【裁きの時】が知られていないからだ。人の口に戸は立てられない。どこから情報が漏れるか分からないのならば少しでも情報を知るものが少ないに越したことはない。

 

「うわーひでぇなこりゃ」

 

 近づくとその惨状がより鮮明になる。それまで豊かに茂っていた草木が、ある地点を境に数メートルの規模で抉られ荒地と化している。それも視界の続く限りずっと。我が事ながらだいぶ容赦なくやったもんだ。

 

 迂回する事も出来ないのでマリアンヌさんを抱えて荒地の下まで降りた。

 と、先に降りてきていたジェンドゥが何やらしゃがみこみ地面を撫でている。

 

「どうした? ジェンドゥちゃん」

「ちゃんはやめて。・・・・・・ここの地面、なんか変じゃない?」

 

 言われて俺も地面を観察すると確かに様子が変だ。普通の荒地ならもっと石やら土がゴロゴロしていると思うが、ここはなんというかのっぺりしていると言うか、滑らかだ。

 

「確かにな。それがどうしたのか?」

「どうかしたって・・・・・・気になるでしょ? ボクが前に来た時は普通の草原が広がってた。なのにある日一夜にしてこうなってた。なあ、アンタらならここで何があったか知ってるんじゃないか?」

 

 もちろん知っている。これだけ滑らかなのは俺の魔法によってできたものだからだ。だが・・・・・・

 俺はマリアンヌさんとジミーと目を合わせ────二人とも首を横に振った。

 

「知らないってさ」

「・・・・・・そう。なら、いい」

 

 ジェンドゥはしばらくじっと俺たちを見た後、話は終わりとばかりに歩き出した。俺達もその後に続いた。

 

 〇

 

 数kmに及ぶ魔法跡地を横断すると数メートルの崖がきりたっていた。俺は降りた時と同じようにマリアンヌさんを抱えてひとっ飛びで頂点まで登る。

 

「ありがとうございますリュートさん」

「いえいえ。このぐらいお安い御用ってね」

 

 もとはと言えばこれ作ったの俺だし。

 

「にしてもこんなのあると交通の便が悪くなるな」

「そうですね~。誰かが埋め立てたりしてくれないものでしょうか?」

「さて、そろそろ行きますか」

 

 何か言いたげな目のマリアンヌさんから視線をそらす。

 その視線の先に白っぽいモヤが・・・・・・いや、霧が立ち込めていた。

 

「あれ、もしかしてコレが」

「ああ【霧雨平原】。僕達の目的地だ」 

 

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