第9話 会議
翌日、俺は陰鬱な気分で目を覚ました。
理由は、一重に昨日判明した俺の特性のせいだ。
勇者として栄誉を浴びるには、戦って魔族を倒さなければならない。しかし魔族を倒せばレベルが下がる。
レベルが下がれば・・・・・・俺なんてタダの一般人だ。国からは使い潰されて元の世界にポイ。いや、そもそも魔王と戦う前にレベルが下がりすぎて負けるかも。負けたらどうなる? そんなのは決まってる。ここは現実。敗北は死だ。
頭に浮かんだ最悪の未来を振り払うように頭を振る。
ネガティブな想像はよそう。
冷静に考えて俺のレベルはまだ892。魔王がどれくらいの強さなのか分からないが、400・・・・・・いや300レベルくらいあれば勝てるだろう。
適度に魔王軍を倒して賞賛を浴びつつ、なるべく早く魔王を倒せば大丈夫だ。たぶん。
〇
朝食に舌鼓を打ちつつ、メイドに今日の予定を聞かされる。
「今日こそは会議に出席するよう固く言いつけられております」
「ん? ああ、そうだな」
周囲に複数の敵意。いやこれは敵意というか俺を逃がさないための警戒か。もうこの世界に来てけっこう経った。そろそろ魔王側に何か動きがあってもおかしくないし、早いこと俺に何とかして欲しいのだろう。
まあこんだけ警戒しても俺が【時間停止】したら意味ないんだが。
ん~。
今日ぐらいは会議に出るか。
俺の力が消耗品とわかった以上、ぶらぶら遊んでレベルを下げるわけにもいかない。
だが何より重要なのは貴族連中に俺の特性を知られる訳にはいかないという事だ。俺の事を内心厄介者だと思っている奴らの事だ。この事を知れば嬉々として俺を戦闘に送り出すだろう。それだけは避けなければ。
○
俺が会議室とやらに入ると中にいた面々がザワついた。
「おお、本当に来た」
「なぜこんなに素直に・・・・・・なにが狙いだ」
「これでようやく話が進みますな」
ずいぶんと信用のない事で。俺が悪いんだけど。
軍議室の中心には円卓が置かれ、その周囲には数人のオッサンがいる。もれなく皆偉そうだ。
さて、俺の席はどこだ? そもそも席とか決まってんのかな。キョロキョロしていると見覚えのあるオッサンと目が合った。
「ようロベ、ロベ・・・・・・ロベっち! 久しぶり、元気してた?」
「勇者殿、吾輩の名はロベール・ペリシエですぞ」
「まあまあ、堅いこと言いなさんなって。でさ、俺の席どこ?」
「好きな場所に座りなされ」
「あ、そう」
ロベっちの隣に座る。
ロベっちがちょっと嫌そうな顔をしているが無視だ。この間ちょっと驚かした事を根に持っているんだろうか。
「ロベっち。俺って会議とかいうの出るの初めてなんだけど、何話すん?」
「主に魔王軍の現在の動向や、勇者殿が居なかったせいで進められなかった催し事などについてですぞ。他にも勇者殿への顔合わせという目的もあります。まあ今日来ているのはほとんどが代理人ですが」
「代理人じゃ顔合わせできねぇじゃん」
「皆多忙ですからな。勇者殿が絶対に会議に出ると分かっていれば来てくれるのではないですかな?」
「そりゃすまんな」
会議を初っ端から二日連続サボったワケだし、どうせ今日も来ないと思われたわけか。まあ当然の反応だ。
という事は今ココに本人が来ているというのは・・・・・・
「ロベっち。暇なの?」
「・・・・・・違いますぞ」
ロベっちの額に青筋が浮かぶ。
「コレはナーロップ王国史上最大の危機。例え国防の要たる勇者殿が居なくとも粛々と会議を進めるべきなのです。それを代理人に任せて本人不在など、彼らには危機感という物が無いのではないかな? いや、そもそもこのような危機に異邦人たる勇者殿の力に頼ろうというのがそもそもの間違いなのです。これまで国防を冒険者などによる傭兵に頼った国は尽く外夷により滅んでいる。いざと言う時に傭兵に頼ればいい、傭兵が代わりに戦ってくれる。そのような当事者意識に掛けた国民がやがて国を弱くする。それは歴史が証明しているのです。これは我らの国の問題。ならば王国民の力だけで解決するべきなのです。このような国防に関わる会議に代理人を立てるなど、既に当事者意識が欠け始めている証拠。ああやはり勇者召喚などすべきではなかった。あの時吾輩がもっと反対しておけば・・・・・・」
あわわわわ。
どうやら溜まってた鬱憤の封を切ってしまったようだ。
だが言っている事は理解できる。
傭兵とは結局ビジネスであり、命をかけて戦う必要は無い。しかも俺は異世界から召喚された最強の勇者。国というシステムに依存せず生きられるぐらいの力がある。国への忠誠心も無いし、何なら今すぐ他の国に移住してもいい。
俺がそうして無いのは・・・・・・召喚してくれた義理みたいなモノだ。
にしてもこの人はこの人で色々考えてんだな。召喚されたあの日に自分ちの騎士団で何とかするとか言ってたが、あれは単にぽっと出の俺に手柄を取られるのが嫌とかいう訳じゃなくて、こういう理由があったわけだ。
まあそれはそれとしてこの人を止めなければ。ほら代理人の人達が凄い肩身狭そうだよ。彼らも大変だ。上司から命令されてココに来たのに、来たら来たで偉い人からこんな事言われるんだもの。
「やはり今からでも冒険者を騎士団へと登用できる制度を設けるべきですな。類まれなる力を持つ彼らを根無し草にしておくのはあまりに勿体ない。領地なり爵位なりを与えて国へ縛りつけて」
「そこまでですロベール辺境伯殿」
さらにヒートアップするロベっちの肩にゴツゴツとした手が置かれる。その先には左目を跨ぐ大きな傷を持つ偉丈夫が立っていた。
「アマディス騎士団長」
「そこから先はまた別の機会に。せっかく勇者殿も来てくださっているのです。今しか出来ない話を致しましょう」
「ふん」
アマディスなる人が顔に似つかわぬ柔和な笑みを浮かべる。ロベっちはまだ満足いってないようだったが、ひとまず従ってくれるようで腕を組んで静かになった。
騎士団長は満足そうに頷くと空いていた席に座った。気づけば円卓の席は全て埋まっている。
「では定刻になりましたので始めましょうか」
騎士団長が音頭をとる。
騎士団長か。要は軍隊の最高責任者みたいなもんか? いかにも強そうな見た目をしているが、話し方は穏やかで物腰柔らかだ。
「まずは勇者様に向けて自己紹介から始めましょうか。私の名前はアマディス・ヴァレス。ナーロップ王国の騎士団長を務めております。以後お見知り置きを」
「はぁ、どうも」
騎士団長が頭を下げたのでコチラもつられて頭を下げる。見た目は百戦錬磨の武人みたいなのに、何と言うか見た目とのギャップが激しい人だ。
その後も時計回りに順々に自己紹介をしていくが9割りがた覚えられていない。何と言うか、外国人の顔って見慣れてないせいか皆同じように見えるんだよね。まあどうせほとんど代理人だったから覚える必要ないのかもしれないが。
半分右から左へと聞き流していると、ようやく自己紹介が1周した。
「さて自己紹介も終えたところで最初の議題、『魔王軍の現在の動向とその対策について』です。メリッサ君、資料を」
秘書らしき眼鏡の女性が資料を配る。そこには周辺の地図と魔族の発見報告が書かれていた。
「魔族の動向についてお話する前に、異邦人である勇者様のためにナーロップ王国の周辺地理について軽くお話しさせていただきます」
メリッサと呼ばれた女性が軽く呪文のようなモノを唱えると巨大な地図が浮かびあがった。そして指示棒のような物で指し示しながら説明を始めた。
ナーロップ王国は東に海、北に山岳地帯、南に現在は魔族の支配域となっている未開拓森林地帯を持つ。三方向を自然の壁に囲まれた天然の城壁のような土地だ。
そして西には中小諸国がいくつか。一つ一つの大きさ的にはナーロップ王国の比ではない。しかしその中小諸国を超えた先にカクム帝国というのがある。その大きさは残念ながら地図が途切れてしまっているので分からないが、ナーロップ帝国と同程度はありそうだ。
「ナーロップ王国にとってカクム帝国は仮想敵国です。しかし戦争の兆候はありません。中小諸国が緩衝地帯となっているからです」
直接国同士が接していれば小さな小競り合いから戦争に発展する可能性があったかもしれない。しかし間には中小諸国がある。ナーロップ王国とカクム帝国が戦争をするにはどこかの国を足がかりにする必要がある。しかしそんな事をすれば仮装敵国だけでなく、他の中小諸国まで敵に回してしまう。流石にそれは分が悪い。だからお互いに喧嘩をふっかけるような事はしない。
そういう危うい均衡の上で平和が成り立っていた。
「しかしそこに魔王が現れました」
魔王はナーロップ王国に宣戦布告をし、未開拓森林地帯に近い村や街を襲い始めた。魔王軍の力は圧倒的で、ナーロップ王国は次第に劣勢となっていた。
そんな中、国王は状況を覆すため、異界から勇者を召喚した。
「以上が勇者様が召喚されるまでの経緯です」
「なるほどねぇ」
仮装敵国との武力均衡と立地による危うい平和。そこに現れた第三勢力魔王軍。魔王軍は当然倒さなければならないが、カクム帝国への備えも怠ってはならない。
そこで勇者様の出番ってわけか。
「メリッサ君ありがとう。では次に現在の魔王軍の動向についてです」
騎士団長が地図に書き込まれた魔王軍の発見報告・被害報告を指示棒で示す。
「現在、魔王軍の攻撃を受けているのはナーロップ王国のみです。これは恐らくナーロップ王国とカクム帝国からの挟撃を避けるために二大大国の片方を集中的に落とそうとしているからと思われます」
なるほど。
下手に中小諸国を倒すと挟撃を受ける。しかし片方だけなら中小諸国が邪魔でもう片方は援軍に来にくい。
また来れたとしても援軍を受け入れるかは別だ。仮装敵国なら借りは作りたくないだろう。それに武装した軍隊を中小諸国が素直に通してくれるかも分からない。
最悪、どさくさ紛れに滅ぼされる可能性もあるしな。ちょうどいい
「なんだ、魔族ってのは案外賢いんだな」
「魔物の知能は低いですが、魔人にまで進化すればその知能は人間と同等。下手をすれば人間を上回る者も居ますから」
「ふーん」
単純な力押しだけでなく、国々の立地や力関係を踏まえた上で戦略をたててきている。確かに賢いが若干引っかかりを覚える。
賢い、というより人間社会に詳しいと言うべきだからか。
ジェンドゥの話では魔族は魔王が現れるまではまとまりがなかった。つまり国という概念を持っていなかったはずだ。それがこんな風に国同士の関係をもとに戦略をたてられるか?
いや既に現実として戦略は立てられている。だったら考えるべきは原因と対策だ。
原因としてパッと思いつくのは2つか。1つは単純に魔人が俺が考えるより賢い。もう1つは・・・・・・
「魔王軍の目撃情報の日付に注目してください」
俺の思考を騎士団長の声が打ち消す。
「最後の目撃情報は3日前。それまでは積極的に行われていた魔王軍の進撃がそれ以降パタリと止んでいます」
「3日前というと・・・・・・勇者殿が召喚された日ですな」
そして俺が【
「1つ聞きたいんだけど、俺が召喚された日の魔王軍の行進って毎回あれぐらいの規模なの?」
「いえ、あれは今までで最大の規模のものです。そもそも、それまでの魔王軍の攻撃は小規模の部隊で地方の村々を軽く襲うようなものばかりで、あのような規模で直接王都に侵攻してくる事はありませんでした」
なるほど。
ん、まてよ。地方に散発的な攻撃・・・・・・。
「もしかして魔王軍の襲撃に対抗して王都から地方に人送ったりしてた?」
「・・・・・・さすが勇者様。そこまでお見通しとは。おっしゃる通り。地方防衛のために王都から騎士団を派遣しており、しばらくの間王都の防衛は手薄でした」
地方を攻撃して王都から騎士を引き離す。その後、手薄になった王都を奇襲する大規模な進軍。
恐らく魔王軍はコレで王都を落とすはずだったのだろう。
そこに勇者(俺)というイレギュラーが現れ、全てをひっくり返してしまった、と。
「要するに今魔王軍はビビってるワケだ」
「そう言って差し支えないかと。おそらく今ごろ躍起になって何が起きたのか調べていると思いますよ」
【裁きの刻】は勇者がレベル800以上で使えるようになる魔法だ。そんな魔法そうそう知られていないだろう。個人が放った魔法である、と分かるのにどれだけかかるのやら。
「つまり今が好機なのです。魔王軍は正体不明の攻撃に怯えて攻勢に出られない。今こそ反撃の時です」
「熱い展開だね~。で、どうやって攻めるん? 魔王はこの広い森のどこにいるか分からないんでしょ?」
森というのは想像以上に動きにくい。木の根や草が移動を妨げるし、視界も悪い。そんな中に魔王軍や野生の魔物もいるんだ。ゲリラ戦なんて仕掛けられたらアウェー戦の人間はひとたまりもないだろう。
「はい。そこでまずは調査からです。先日の大規模侵攻の際、魔族はいくつかのダンジョンから突然大量に現れたことは判明しています。それまでは特に魔物の数に異常は見られなかったのにです」
騎士団長が地図に3つほど印をつける。
「おそらくこのダンジョンに転移門を作り未開拓森林地帯から移動してきたのでしょう。つまりここの転移門を調べ、転移先を逆探知することで魔王軍の基地を発見できる可能性があります。つきましては・・・・・・」
騎士団長の視線がコチラを捉える。
「勇者様に調査隊の護衛をお願いしたく」
「え、俺!? いや俺魔法とか転移門とかよく分からんのだけど」
俺が魔法を扱えるのは勇者としての補助を受けられるからだ。理屈とか原理とかは何も理解していない。
「調査は専門の者が行います。勇者様には護衛だけしてもらえれば」
「でも俺がいない間にまた進軍されたら」
「いえ、あの攻撃の正体が判明するまではいくら軍勢を送っても我らの経験値になるだけなので、魔王軍は攻撃してこないでしょう」
「ほら、俺は力が強すぎるから仲間を巻き込んじゃうかも」
「本任務は少数精鋭で行うので心配はありません。大規模な調査隊を送ると魔王軍に勘づかれて転移門を破壊される可能性がありますので」
「あ~」
柔和な笑みで、しかして理路整然と俺を調査に行かせようとしてくる騎士団長。
俺が渋っているのは当然調査に行けば戦うことになる可能性があるからだ。戦えば経験値が入る。経験値が入れば・・・・・・レベルが下がる。
しかも調査とかいう地味な作戦。いや大事なのはわかるけど、それ俺じゃなくてもよくね?
ちょっとぐらいならと思うかもしれないが、そういう慢心から来る積み重ねがやがて大きなレベルダウンとなるのだ。
くそ、こうなったら・・・・・・
「あ~何かな~気分が乗んないっていうか~」
騎士団長が苦虫をかみ潰したような顔をする。結局の所、俺には誰も力で逆らうことは出来ないのだ。その俺がやりたくないと言えば、それはやらないという宣言に等しい。
すまんな、魔王の居場所が分かったらちゃんと働くから。ここはちょっくらナーロップ王国の力って奴を見せてもら・・・・・・
「ゴホン。話は変わりますが・・・・・・」
なんだ? ロベっちが急に話の流れをぶった斬る。騎士団長も不審げだ。
「現在、民の間に不安が広まっているのです。先日の魔王軍の軍勢と、それを消し飛ばしたあの光は何か、と」
まあ確かに。この間街に出た時も色々な憶測が飛び交っていた。その中には妙な陰謀論めいたものもあった。魔王軍でさえ混乱しているのだ。国民の混乱も相当だろう。
「吾輩はこの現状を非常に憂いております。民を守るのが貴族の勤め。一刻も早く民の不安を解消したいと」
ロベっちは大仰な身振りで、まるで演説でもするかのように喋る。さすが大貴族というべきか、よく通る声だ。これだけ自信満々に言われると、言ってる内容は胡散臭くても『確かに~』と思ってしまう。
「そこで現在水面下で勇者殿を盛大に持て成す式典を計画しております」
ほぅ。
持て成す・・・・・・式典とな。
「詳しく」
「勇者殿の力と威光を内外に広く知らしめるのです。まず王城前広場にて国王陛下より直々に勇者殿の戦果を述べていただきます。その後、王都を一周するパレードを行い国民達に勇者殿の勇姿を披露いたします。夜は貴族達や有力者を集め歓迎パーティーです。必ずや勇者殿を満足させてみせましょう」
「ほう」
ずいぶんと気前がいい。
確かにそういうのは好きだ。きっと俺の自尊心を満たしてくれるだろう。
「ですが1つ問題がありまして」
「ん?」
「先の調査任務ですが、これは勇者殿の顔が知られていないからこそ出来る任務なのです。もし勇者殿の顔が魔王軍に知られれば警戒されてしまいますからな」
「という事は」
「調査任務を終えるまでは歓迎式典を執り行うことが出来ないのです」
・・・・・・っ!
やられた。
もしやこの男、分かっているのか。
俺がチヤホヤされたい、目立ちたい、承認欲求に飢えた獣だということに。
「現在、一刻も早く歓迎式典を行えるよう準備を急いでおります。勇者殿はそれまでの間、無聊を慰める程度のお気持ちで構いません。どうか調査任務への同行をお願いしたくあります」
にこやかな笑みを浮かべ、腰を低くして頼みこんでいるように見えるが、俺の目には目の前で人参を振るロベっちの姿が見えた。
くそっ。俺の負けだ。
俺の命の次に大切な承認欲求を人質に取られたんじゃ勝ち目は無い。
それに一応調査だし、戦闘になりそうになったら避ければいいしな。
「いいだろう。その口車に乗ってやろう。ロベっち、いや、ロベ、ロベ・・・・・・? ロベ卿!」
「ロベール・ペリシエですぞ」
いつまでも名前を覚えられず不機嫌そうなロベ卿は無視する。野郎の名前は覚えるのは苦手なんだ。
それよりも調査任務についてだ。やるからにはしっかりやって俺の輝かしい功績の一つにしなければ。
「騎士団長さんよ。その調査ってのはいつやるんだ?」
「明日ですね」
「明日!? 急すぎないか!?」
「魔族がいつコチラの動きに勘づいて転移門を破壊するとも分かりませんから。本当は今日にでも行って欲しいところですが、コチラも準備がありますので」
まあ確かにやるなら早いほうがいいだろうけど。俺に予定があったらどうするつもりなんだ。まあそんなモノないんだが。
「勇者殿には3つある候補地の1つ、『霧雨平原』に行ってもらいます」
騎士団長が地図に○を付けた場所の1つを示す。地図からもそれが広いダンジョンという事がわかる。
「当日は冒険者に扮して行動するため、目立たない一般的な装備を用意しておきます。また、冒険者協会へ採取任務という名目で協力を要請しているので一般の冒険者も参加しますが、彼らには本任務の詳細を明かさないようお願いします。こちら、その他注意事項です。後ほどご確認下さい」
メリッサさんから紙を渡される。
けっこう長いな。まあ後で読めたら読もう。読めたら。
「では次の議題に移りましょう。次は・・・・・・」
○
「ふう」
会議が終わり人のはけた会議室にて、アマディスのため息がやけに大きく聞こえる。
会議室に居るのはアマディスともう一人、立ち姿からも威厳を漂わせる辺境伯、ロベール・ペリシエだ。
「おやおや。騎士団長ともあろう方がため息とは。少し気が抜けすぎではないですかな? 常在戦場。常に戦いの中に身を置くぐらいの気でいないと」
「いえ、戦ならたった今終えたばかりなのですから、今ぐらいは気を抜かねば、すぐに潰れてしまいますよ」
「ふっ、戦か。確かに首輪のついていない魔獣に丸腰で挑むようなものですからな」
今日の会議でほとんどが代理人だったのは、龍斗が来るか分からなかったせいではない。
真実は、龍斗を恐れていたからだ。
世界を滅ぼせるだけの力を持ちながら、子供のように言う事を聞かない無法者。そんな人物に対して真正面から話ができる胆力を持つ人は、そう多くない。
「しかしよかったのですかな。あのような話をして」
「む? 歓迎式典の話ですかな? どうせあれは、じきに勇者に話す予定の内容。それが少し早まっただけで」
「いえ、そうではなく。ロベール辺境伯は勇者殿が活躍するのをよく思っていなかったと記憶しておりますが」
「活躍? このような使いっ走りで? ハッハッハ。騎士団長ともなると冗談もお上手ですな。これはただ、真っ昼間からどこで何をしているか分からない勇者に監視と申し訳程度の仕事を与えただけですよ」
夕焼けに紅く染まった会議室でロベールが悪どい笑みを浮かべる。
「魔王を討つのは我らナーロップ王国の民。勇者にはせいぜい、そこまでの道の露払いをしてもらうとしましょう」
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