第8話 欲望の迷宮・4
「おおいたいた」
暗闇からジェンドゥが現れる。
「・・・・・・ずいぶん遅かったな」
「アンタが早すぎるんだって。ボク置いてさっさと行っちゃうんだもんな。まったく、あれならボクを背負ってくれても良かったんじゃないか」
「ジェンドゥ、お前全部見てたろ」
ジェンドゥがニヤリと笑う。
「どうしてそう思う?」
「来るのが遅すぎる。いくら俺が先行したとしても、そこまで離れてもいない。お前ならもっと早く来れるだろ」
ジェンドゥは参ったとばかりに両手を上げた。
「ま、そのとおり。ちょっと離れて見てたわ。なんせボクはすぐにあの女がサキュバスだって分かったからね。もし万が一アンタが【魅了】にかかってボクに襲いかかってきたら最悪だし。悪く思わんでくれ。そ・れ・よ・り」
ずいと身を乗り出し、顔を覗き込んでくるジェンドゥ。その顔はいつになく真剣だ。
「なんであのサキュバスを逃がした?」
「・・・・・・」
「あのサキュバスを殺せば、アイツがこれから先人間にもたらしたかもしれない被害を止められた。だがアンタが逃がしたせいでこれからもあのサキュバスは人間を襲うだろう。その辺りどう思う?」
正論だ。ぐうの音も出ないほどの。
常識的に考えて俺はサキュバスを殺すべきだった。俺は一時的な情に流されただけだ。
だが誰も彼もが合理的に、正しい事だけして生きられるわけじゃない。
「俺が・・・・・・殺したくなかった。そんだけだよ」
「神の教えはいいのかよ」
「神? 悪いが俺は無宗教なもんでな」
「ははっ。いいね。気に入った」
ジェンドゥは何が面白いのかケラケラと笑っている。
神のことはよく分からんが、俺がサキュバスを殺せなかったのはサキュバスが可愛かったせいもあるだろうな。もしサキュバスの見た目がゴブリンのように人間とはかけ離れて醜かったり、四足の獣だったりしたら、俺はきっとサキュバスを殺せた・・・・・・と思う。たぶん。
サキュバスは見た目が人に近すぎたんだ。ただそれだけで俺はサキュバスを殺せなかった。
見た目というのは本当に重要な武器だ。
ゴキブリを無表情で叩き潰せる人でも、可愛らしい猫に同じことができる人は少ないだろう。つまり、そういうことだ。
「そろそろ行こう。とっとと目標達成して今日は帰る」
土ぼこりを払って立ち上がる。
こんな所で座り込んでいる暇はない。
「アンタの目標って確か・・・・・・」
「半グレメタルを倒してレベルを上げることだ」
下がってしまったレベルを元に戻す。結局今の今までレベルが下がった原因は分からない。だが下がったなら上げればいいだけだ。
「レベルか。そういえばさっき【レベルドレイン】食らってたけど大丈夫?」
あ、そういえばそうじゃん。
「【ステータス】」
──
名前:荼毘龍斗
年齢:16
種族:人間
職業:勇者
レベル:898
特性:【竜頭蛇尾】
──
よかった。下がっていない。
それにコレで一応検証も出来たな。【レベルドレイン】はレベル差が大きいと効かない。やはり死ぬほどレベルの高いサキュバスが現れたとかでもない限り、魔物によってレベルが下がったわけではないようだ。
「大丈夫だったよ」
「そうか。ならいいんだけど・・・・・・」
「なんだよ。じっと見て」
「いや、あらためて気になってさ。呪いが効かない。魅了も効かない。レベルドレインも効かない。オマケにアホみたいな怪力。アンタいったい何者なんだろなって」
「うっ・・・・・・」
確かにこのダンジョンだけでもボロ出しすぎた。あらためて見るとヤバいな俺。これ以上ボロボロする前に早く半グレメタルを見つけなければ。
「それよりジェンドゥの索敵能力で半グレメタルを見つけられないのか?」
「それが出来たら経験値荒稼ぎできんだけどね。残念ながら半グレメタルは索敵に引っかからないんだよ。きっと種族的にそういう特性があるんだろうね。まあ楽は出来ないってこった」
うーん。さすが希少って言われるだけはあるか。
「っと」
足下が暗いせいか、何かにつまづく。
見れば石が地面から少し飛び出している。
「おいおい。何も無いトコロでつまづくなよ。ドジっ子アピールか? 可愛くないぞ」
「いやいや。ここに石が飛び出てるだろ。ったく危ないなぁ」
まあダンジョンだし、ほとんど人の手の入っていない洞窟だから足下は悪い。気をつけないと、今はいいがコレが戦闘中だったら・・・・・・別に俺は問題ないか。
「石? どれの事だ?」
「え? いやいやコレだよ」
ジェンドゥがどれの事か分かっていないようなので石を持ち上げる。
おおっと。思ったより土の下に埋まっていた部分が大きい。地面から飛び出ていた部分は氷山の一角だったようだ。
丸い石の上にリーゼントのように楕円形の石がくっついている。このリーゼント部分が地面に飛び出ていたようだ。
「うえ!? アンタ今どこからそれを?」
「は? いやだから今地面に埋まってた奴じゃん」
「ナンダオラァ」
「いやいや今何も無い所から出てきた様に見えたぞ」
「おいおいジェンドゥ。お前さっきから変だぞ。確かに暗くて足下は見づらいけど」
「ヤンノカコラァ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんか変な声が聞こえる。声、というより鳴き声? それは俺の手の中から聞こえた。
「オラァ! オラァ! ヤンノカコラァ!」
「なあジェンドゥ・・・・・・この辺の石は喋るのか?」
「バッカ。んなワケあるか。どう見てもソイツは半グレメタルじゃねぇか」
半グレメタル。
よく見ればリーゼント部分の下の丸石部分に顔のような模様がある。シミュラクラ現象とかではなく、このヤンキーの威嚇のような鳴き声も丸石から聞こえるので確かに魔物のようだ。
今は俺の手の中で何とか逃げようと暴れている。
「やっぱりボクの索敵でも見つけられないレベルの隠密能力か。道理でまったく見つけられないワケだよ」
俺が見つけられたのは・・・・・・何でだ? つまづいてソコに居るという事が分かっていたから? いやジェンドゥには場所を教えたのに見つけられていなかった。
もしくは俺の勇者としての索敵能力か? いやそれも違うな。俺の索敵は自分の間合い内の敵意と攻撃には敏感だが、半グレメタルは何もしていなかった。俺がつまづいたのは本当に偶然だ。
とすると、レベル差が大きすぎて隠密が効かなかったから、か? そういえばジェンドゥも影が薄いとかいう特性があるとか言っていたが、俺には効いた事がない。それと同じだろう。
「まあ何にせよ見つかって良かったな。さっさと倒してくれよ」
「ああ」
「コラァコラァコラァ」
何だか悲壮な鳴き声だったが見た目が石だからか、特に良心は痛まなかった。軽く力を入れて握り潰すと砕けてしまった。
・・・・・・断面もしっかり石なんだな。どうやって生きてる生物なんだ? さすがファンタジーだ。
「どう?強くなった?」
「・・・・・・いや、特に実感はないけど」
「まあレベル見ればわかるでしょ。どんくらい上がった?」
「それもそうか。【ステータス】」
とはいえ俺のレベルは898だ。ゲームなんかではレベルが上がれば上がるほど、次のレベルには上がりにくくなるものだ。いくら経験値が多いと言っても大して上がらないだろう。
──
名前:荼毘龍斗
年齢:16
種族:人間
職業:勇者
レベル:892
特性:【竜頭蛇尾】
──
「は?」
え、あれ? 見間違いかな?
89・・・・・・2? あれ? 俺さっきまで898だったよな。ん? もしかして記憶違い?
いやいや、ついさっきサキュバスの【レベルドレイン】でレベルが下がっていないか確認したばかりだ。その時は間違いなく898だった。
じゃあなんでレベルが下がってんの?
前回の確認から今回の確認までの間にした事と言えば1つしかない。俺は手の中の半グレメタルの残骸に目を落とす。
──もしかして。
前回レベルが下がったことに気づいたのは魔族の軍勢を大量に倒したときだった。そして今回は半グレメタルを倒した時にレベルが下がった。どちらも大量の経験値を得た後。
もしかして俺は──経験値を得ると逆にレベルが下がるのか。
【竜頭蛇尾】
初めは勢いが良いが、終わりになるにつれて勢いが衰える様。
これは初めはレベル999でめちゃくちゃ強いが、段々と弱くなっていくという特性だったんだ。
「・・・・・・帰る」
「え? あ! おい!」
後ろからジェンドゥの声が聞こえた気がしたが、俺は脇目も振らず走り去った。
「また置いてかれた・・・・・・」
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