第7話 欲望の迷宮・3

「ん?  なにあれ」

 

 カンテラが照らす先に無機質な影が見える。

 長方形の・・・・・・木箱?

 

「もしかして宝箱か?」

 

 ダンジョン内で見つかるという宝箱。一見誰かの忘れ物にしか見えないが、ダンジョン内で生成されたモノらしい。一説にはダンジョン内の濃厚な魔力が凝集してできるとか言われているらしいが、詳しい事は調べてもよく分からなかった。

 

 まあ『なぜ』とか『どのように』なんてのは重要じゃない。重要なのは目の前に宝箱が『ある』という事実だ。

 

「ラッキー!  さっそく開けてみようぜ」

「あ、 まっ!」

 

 俺は昔からこういうくじ引きとかガチャみたいなモノが大好きなんだ。何が出てくるのか分からないというワクワク感は、物欲とはまた別の楽しさがある。

 何か言いかけたジョンドゥの言葉も耳に入らず、ワクワクしながら宝箱を開けた。

 

 その瞬間──視界が真っ白に染まる。

 

「え」

 

 全身に感じる衝撃と熱。キンと遠くなった耳。

 一瞬何が起きたか分からなかった。

 

 戻った視界に黒く煤けて大破した宝箱だったモノが目に入り、(ああ、宝箱が爆発したんだな)と思った。

 

「なに、これ」

「あほ。罠の確認もせずに宝箱開ける奴がいるか。今回はこの程度で済んだからいいものの、もし転移系や即死系の罠だったらどうするつもりだったん?  ま、高い授業料にはなったんじゃないか?」

「けほ、そうだな。次から気をつけよう」

 

 体についた煤を払う。鎧は・・・・・・ちょっとひしゃげてる。でも使えない程じゃないな。これは教訓として甘んじて受け入れよう。

 

 確かに今のは俺が考え無しだった。というかなぜか早く開けたくて堪らなくなってしまった。俺はこんなに堪え性の無い男だっただろうか。反省反省。

 

 気を取り直してダンジョンを進んでいると、再び視界の先に四角いモノが見えた。

 

「また宝箱か」

「おい、今度は勝手に開けるなよ」

「わ、わかってるよ」

 

 ジョンドゥが宝箱をぺたぺた触りながら調べている。斥候の面目躍如という所か。

 ・・・・・・。

 く、まだか。じれったい。そもそも罠とか別によくないか。どうせ俺には効きやしないし。さっきの爆発だってノーダメージだ。早く開けてぇ。中には何が入っているんだろう。すごい能力付きの武器か、それともカッコイイ防具か。特殊な薬品ポーションとかでても面白い。ああ、どういうアイテムが出るのか、考えるだけでもう・・・・・・。

 

「あ!  おい!  何開けようとしてんだアンタ!」

「え?  うわ!」

 

 気づくと俺は宝箱の蓋に手をかけ開ける寸前だった。慌てて離れる。

 え、なに今の、怖。

 

「これが・・・・・・『欲望の肥大化』。正直舐めてたな」

 

 完全に無意識のうちに宝箱を開けようとしていた。俺だけなら開けても問題ないが、今は近くにジョンドゥもいた。もしさっきみたいに宝箱が爆発していたら、確実にジョンドゥも巻き込んでいただろう。

 欲望の迷宮・・・・・・恐ろしい場所だ。

 

「くっ、早くしてくれジョンドゥ・・・・・・!  俺が自分を抑えられなくなる前に・・・・・・!」

「ええいうっさいわ!  黙ってジッとしてろ!」

 

 怒られた。

 しばらく精神統一しながら欲望に耐えているとようやくジョンドゥが宝箱から離れた。

 

「とりあえず罠は無いのはわかった。でもなんか違和感が・・・・・・」

「よっしゃ開けるぜ!」

「だ、まっ!」

 

 これ以上は辛抱堪らん。俺は宝箱に飛びつき蓋を開けて・・・・・・視界が真っ暗になった。

 

 なんだ、何が起きた。

 頭が重い。何かが乗っている・・・・・・いや頭にかじりつかれているのか? 

 引っ張るとガリガリと兜を削りながら取れた。

 それは宝箱の中に猛獣の口があるような見た目だった。外された今も俺を食べるのを諦めていないのか、ガチンガチンと歯噛みしている。

 

「なに、これ」

「あほ。罠はなくてもミミックの可能性があるだろ。潜伏状態のミミックを見つけるのは難しいんだよ。こういうミミックが出るダンジョンでは罠がなくても遠くから軽く攻撃してから開けるんだ。覚えとけ」

「はい・・・・・・すんません」

「それより・・・・・・ケガはないんか?  ミミックって結構力強かったはずだけど。昔から欲をかいた冒険者を何人も引退に追い込んでる厄介な魔物だぞ?  」

「え、ああコイツは、あれだな。生まれたてかなんかじゃないか?  あんまり強くないぞ、ほら」

 

 ミミックにトドメを刺す。

 ジョンドゥは、まあケガないならいいんだけど、みたいな顔をして首を捻っている。

 危ねぇ。思えばさっきの爆発だってピンピンしているのはおかしいよな。ジョンドゥにはもうバレているからいいとしても、どこから誰に見られているかわからないし。気をつけよ。

 

 それからしばらく進み。

 俺たちの目の前には再び宝箱があった。

 

「なあ、宝箱多すぎじゃね?」

「『欲望の迷宮』だからね。人の欲を刺激するモンがたくさんあるの。そんで欲をかいた奴から破滅する。ここはそういう迷宮。アンタもそろそろ学んでジッとしててくれ」

 

 ジョンドゥが宝箱の罠を確認しているのを一歩下がって見守る。

 俺も理性ある人間。流石にもう自制できるようになった。

 いや正確にはここの迷宮に期待するのを辞めたというべきか。なんせ宝箱は二連続でハズレ。金食虫も含めれば四連続ハズレだ。

 ガチャというのは当たりがあるから楽しいのであって、ハズレしか入っていないガチャはタダのゴミ箱だ。そんなモノに俺は惑わされない。

 

「おい!  だから無言で宝箱に手を伸ばすな」

「あ、すまん」

 

 いかんいかん。

 また無意識のうちに動いてしまった。

 

「よし、あとは」

 

 ジョンドゥが宝箱から離れて投げナイフを投擲する。深々と宝箱に突立つナイフ。

 

「ミミックでもなし。もう開けても「おおー!  なんか指輪が入ってるぞ!」

「・・・・・・はやいて」

 

 宝箱の中には髑髏の模様が施されたネックレスが1つ入っていた。 中学2年生の好きそうなデザインだ。そして俺はこういうデザイン、嫌いじゃない。

 さっそく首から下げてみる。カンテラの光を反射して妖しく光る髑髏。なかなか悪くない。

 俺が初めての成果に満足していると、なぜか呆れ顔のジョンドゥが後ろから覗き込んでくる。

 

「なあアンタ。それ呪われてるで」

「え」

「かけられてるのは・・・・・・【脱力】だな。さっきから言ってるだろうに。この迷宮では欲をかいた者から死んでいくって」

「そっかぁ。残念。あれ、なんか外せなくね」

「呪いの装備は解呪しないと外せないぞ」

「え」

 

 そういうのは先に言ってよ。

 いや何か聞く前に付けたのは俺だけどさ。

 というか俺勇者なんだし呪い無効みたいな能力持ってても良くない?

 

「街に戻ったら教会とかで解呪してもらえ。ま、良い授業料だな」

 

 ちぇー、でも何か特に変わった感じはしないな。

 元々のステータスが高すぎてこれぐらいじゃ誤差ってことなのかな?

 これなら別にわざわざ金と手間かけて外さなくてもいいな。カッコイイし。

 

「きゃあああああああ!!」

 

 そんな事を考えているとダンジョン内に突如金切り声が響き渡った

 ジョンドゥと顔を見合わせる。

 

「今のっ!」

「ああ、急ごうって早っ!」

 

 全力で声の方にかけ出す。

 俺の能力をもってすればすぐに着く。

 

「誰か助けてぇ!」

 

 視線の先に足の生えたキノコみたいな魔物に襲われている女冒険者を発見。足を怪我しているのか座り込んでいる。折れた剣を必死に振り回しキノコを近づけまいとしているが、ジリジリと間合いを詰められていた。

 

「おりゃあああっ!」

 

 勢いそのままキノコを殴りつける。キノコはパンと軽い音を立ててチリも残さず消し飛んだ。

 

「あ、え?」

「ご無事ですか?  マドモアゼル」

 

 突然のことに呆然とする女冒険者に手を差し伸べる。

 ふむ、美しい人だ。サラサラの髪に整った顔立ち。ついでに胸も大きい。こんな洞窟の奥で冒険者なんてやってるより、飲食店の看板娘でもやった方が人気が出そうなもんだが。まあ人の生き方にケチをつける気はない。何か冒険者でないといけない理由があるんだろう。

 

 それよりもコレは貴重な出会いだ。冒険者ときたら男も女も筋骨隆々であんまり美人と言える人はいなかった。

 ジョンドゥは・・・・・・ブサイクではないが美人でもない。なんというか人混みに紛れたら分からなくなってしまいそうな地味な顔立ちだ。

 その点この人は今まで会った中でもかなりの上玉だ。王宮での宴会で俺をもてなしてくれた人にも引けをとらない。人助けのついでに仲良くなれんかな。

 

 そんな俺の下心を見透かされているのか、なかなか女冒険者が手をとってくれない。仕方ないので自分から手を掴んで引き上げる。

 

「肩を貸しましょう。こんな危険な場所では治療も出来ませんし、一度ダンジョンを出ます」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 体重を預けてくる女冒険者。

 それと同時に俺の感覚(センサー)に反応が。

 コレは・・・・・・敵意?  しかも女冒険者から?

 

 まさか──これってセクハラ!?

 ケガして動けないのをいい事に体を触ってるって思われている?  いや確かにそういう下心がなかったと言えば嘘になるけど。

 

「・・・・・・」

 

 こっそり女冒険者の顔を覗くと、何やら難しい顔をしている。これは嫌悪感と怪我の治療を天秤にかけているのか。

 

「うぐっ、すみません。一度、休憩させてください」

「あ、はい」

 

 調子の悪そうな女冒険者を座らせる。

 どうしよ、離れてた方がいいんかな。

 

「あー、じゃあ俺は近くに魔物がいないか哨戒を」

「待ってください」

 

 手を握られる。おや?

 

「出来れば傍にいてください」

 

 すがりついてくる女冒険者。その体は僅かに震えている。さっきまで死にかけていたのだから当然か。

 

 隣に座ると女冒険者はしなだれかかるようにして体重を預けてくる。女性らしいたおやかな手が腕を撫でる。鎧ごしだけど。

 

「とてもお強いのですね」

「まぁ、ね」

「アナタが居なければどうなっていたことか、本当にありがとうございます」

「アソコで助けに入んなきゃ男が廃るっていうもんですよ」

「ふふふ、面白いお方」

 

 優しく笑う女冒険者は思わずドキッとするほど美しい。まるで絵画のように、まさしく絵になる。

 だが・・・・・・

 

「あの、お顔を見せて頂けませんか?」

 

 ぎゅっと俺の両手をとる女冒険者。俺の手がその大きな胸に引き寄せられ、当たってしまっているが、女冒険者は気にした様子もない。

 

「私、街に帰ってからしっかりお礼をしたいんです。でもお顔も分からないままではそれも出来ず・・・・・・」

「なあ、アンタさ」

「はい?」

「なんでそんなに敵意向けてくるの?」

 

 女冒険者の笑顔が石のように固まる。

 最初は俺が不用意に体を触ったからセクハラだと疑われたのかと思った。しかし今は明らかに女冒険者の方から俺に触れているのに敵意は変わらず──いや、むしろ殺意と言っていい程に強くなっている。

 こんなモンぶつけられたら勃つもんも勃たんわ。

 

「な、何の話ですか?  よく分かりません。それよりそろそろ移動しま・・・・・・」

「まあ、待ちなって」

 

 握られた手を逆に握り返す。

 女冒険者が剥がそうとするが、俺の力に対抗できるはずもなく、その顔が青ざめる。

 

「別に美人局つつもたせぐらいなら放っといていいんだけどさ」

 

 このダンジョンに現れる魔物を思い返す。

 確かその中には・・・・・・

 

「サキュバス」

「っ!」

「もしもアンタが人間に化けてるサキュバスだったなら、ちょっと面倒だよな」

「クソが!」

 

 女冒険者の見た目が変わっていく。髪の中から山羊のような角が生えてくる。白くきめ細やかな肌は青白く染まり、禍々しい刺青のようなものが浮かび上がる。握った手からは鋭利な爪が生え、実に悪魔らしい。

 

「離せ!  この! 【魅了】!  【レベルドレイン】!  っ~~!  なんで効かねぇんだよ!  クソ!」

 

 正体を表したサキュバスはなりふり構わず逃げようとしているが、俺には微塵も効かない。それだけ圧倒的なレベル差ということだ。

 

 さて、どうしたもんか。

 半狂乱で暴れ回るサキュバスを眺めながら考える。

 俺は──このサキュバスを殺せるのか?

 

 既に散々魔族を殺してきて何を今更と思うかもしれないが、これは今までとは全く違う問題だ。

 

 最初の魔族の軍勢を滅ぼした時は、ゲームのように現実味のない出来事だった。異世界召喚直後でテンションが上がっていたし、魔族の姿は遠くからでよく見えなかった。

 ゴブリンを倒した時は完全に不慮の事故だった。

 それにゴブリンも金食虫もミミックも、言葉を話さない。

 

 だがこのサキュバスは言葉を話せる。意思の疎通が出来るのだ。そんなの人と変わらないだろ。

 俺は──人は殺せない。少なくとも、人であると意識してしまった相手は。

 

 掴んでいたサキュバスの手を離す。

 

「え?」

 

 サキュバスが不信げにコチラを見る。

 

「行けよ」

「・・・・・・ちっ!」

 

 慈悲をかけられた。その事が理解出来たのだろう。サキュバスの顔が屈辱に歪み──それでも命に天秤が傾き暗闇の中に逃げていった。

 

 座り込みながら右手を眺める。その手には未だにサキュバスの手の柔らかさと熱が残っているような気がした。人間と何も変わらない、命の感触だ。

 

「こちとらタダの高校生だぞ・・・・・・くそったれ」

 

 あのサキュバスが俺の命を脅かす程に強かったなら、俺だって死ぬわけにはいかないし全力で戦っただろう。しかし俺は強すぎた。サキュバスの全力の抵抗も俺にとっては子猫がじゃれているのと何も変わらない。そんな相手に殺意なんて出せるわけもない。

 

「はぁ」

 

 重いため息が暗闇に溶けていく。

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